旅立ちの朝
旅立ちの日の早朝、アザレアは再び、あの丘を訪れていた。
眼下に広がるエルピスの町並みを眺めながら、彼女は静かに物思いにふけっていた。
「私が命を懸けて守った町、か...」
失われた記憶の奥底に、何か大切なものが眠っているような気がした。
その時、背後から足音が近づいてきた。振り返ると、そこにはローレンスが立っていた。手には、簡素だが、美しく彩られた花束が握られていた。
「君だったか...。ちょうど、会いたいと思っていたところだ。俺も、旅に同行することにしたんだ。それを伝えなければと思っていた。」
アザレアはローレンスを静かに見つめる。
「カトレアさんにはすでに、話した。伝えるのが直前になって悪いな」
ローレンスは昨日と打って変わって、静かに凛とした表情を浮かべている。
「そう。」
アザレアは淡泊に返事をして、再度、町を眺め始めた。
すると、ローレンスは静かに歩き出し、ニゲラの墓石の前に立った。
そして、アザレアのほうを向いて、問いかけた。
「ところで、ニゲラさんのことは、何か思い出したか?」
アザレアは首を横に振った。
ローレンスは墓石に向き直り、花束を手向けた。
「俺は幼い頃、ニゲラさんにとても世話になったんだ。とても優しく接してくれた。君の話だって何度も聞いたさ。」
アザレアは遠くを見つめていた。
「ちょうど、夕方ごろになると、ニゲラさんは毎日、君の宿を訪れていた。君の目覚めを、相当、心待ちにしていたんだろう」
ローレンスは墓石を見つめながら、過去に思いをはせる。
「そうなんだ。」
アザレアが静かに言う。
草木が風に揺られる音が、やさしく響いている。
「私は、彼のことを愛していたと思う?」
アザレアはローレンスになんとなく、問いかけた。
「それは、君にしかわからないことだろう。でも、ニゲラさんは君を愛していた。それは事実だ。」
ローレンスは真面目に答えると、墓石に、静かに祈った。
「しばらくこの町を離れます。どうか、この町を見守っていてください」
アザレアはローレンスを見つめる。
祈り終えると、ローレンスはアザレアのほうを向き、改まって言った。
「今日から、よろしく頼む。」
ローレンスはお辞儀をし、丘を去っていった。
ローレンスが去った後、一人残ったアザレアは、墓石の前に座りこみ、ニゲラの墓石に語りかけた。
「私、ようやく目覚めたの。あなたは私を愛してくれていた人?なの?...でも、ごめんなさい。あなたのことは、ほとんど何も、思い出せない。」
アザレアは立ち上がると、町を眺めながら言った。
「以前の私が、あなたにちゃんと伝えたかどうかは分からないけれど...。おそらく、これだけは、今も昔も、変わらない感想だったんじゃないかな。」
アザレアは、微笑みながら丘から歩き出した。
そして、心の中でニゲラに語りかけた。
「ニゲラ。あなたの故郷はとても美しいのね。」
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