記憶の丘
アザレアはベッドに腰掛け、窓から差し込む月光をぼんやりと眺めていた。
レスターの老いた姿、そして、その姿を見た時に溢れた涙。なぜ、あんなにも悲しくなったのか。なぜ、あんなにも心が痛んだのか。
失われた記憶の奥底に、いったい何があるのかとアザレアは自問自答した。
考えが堂々巡りを始めた時、部屋の扉がノックされた。
「アザレア、少し散歩でもどう?」。
ドアを開けると、カトレアが優しく微笑んでいた。
その手には、美しい花束が握られている。アザレアは不思議に思ったが、今は深く追求しないことにした。
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カトレアに連れられ、二人は夜の街へと繰り出した。静かな夜風が、アザレアの頬を撫でる。
カトレアは何も言わず、穏やかな表情でアザレアを先導する。
昼とは異なる、月夜に照らされた、美しい街並みが穏やかな時の流れを感じさせる。
やがて、二人は町外れの小高い丘にたどり着いた。
「着いたわ。」
カトレアがそう言うと、二人は丘の上から街を見下ろした。
その瞬間、アザレアは息を呑んだ。
目の前に広がる光景は、70年間の眠りから目覚める直前に見た、あの光景と全く同じだった。
すると、カトレア静かに語った。
「言っていなかったわね...。ここは、エルピスという町。あなたが命を懸けて救った、ニゲラの故郷よ。あの日から私たちはずっとここで過ごしたの。」
ふと、アザレアは丘の一角に佇む、墓石に気づいた。
そこには、「ニゲラ」の名前が刻まれていた。
カトレアは墓石に近づき、やさしく砂埃を払うと、持ってきた花束を手向けた。
「ニゲラは、あなたを深く愛していた...。そして、町を救うために、あなたを犠牲にしたことを、生涯、後悔していたわ。」
カトレアはニゲラの苦悩を語る。
「...でもね、ニゲラはあなたの行動を否定することは決してなかったわ。それは、彼自身があなたに救いを求めた結果だったからよ。愛する人がやってくれたことを無下にはできなかったの。」
カトレアはゆっくりと、言葉を噛みしめるように、ひとつひとつ、説明する。
「ニゲラは、罪滅ぼしのつもりか、あなたの功績を町の人々に伝え続けていた。けれど、彼が亡くなってから、もう20年...、人々から、かつての厄災の記憶は薄れ始めているわ」
そのとき、アザレアは、ゆっくりと墓石に近づき、そこに刻まれた言葉を見つめた。
""" 親愛なるアザレアの目覚めを心から願う """
突然、アザレアの中にこみ上げてくる悲しみ。
アザレアの目からは、涙が溢れ出した。
カトレアは優しくアザレアを抱きしめた。
「全てを思い出すことはできないと思う...、けれど、私は、この記憶を心にしまったままではいけない気がする...」
アザレアは、決意を新たにした。
しかし、心の奥底には、拭いきれない不安が残っていた。
「先生、私は、思い出せるのかな?...私を愛してくれた人は、本当にいたのかな?...」
カトレアは、アザレアの背中を優しくさすりながら言った。
「あなたなら、きっとできるわ。それと、ここにあなたを愛している人がいるわ。」
アザレアはカトレアの胸の中で嗚咽を上げることしかできなかった。
「ニゲラは、あなたとの旅の記憶を胸に、先に旅立ってしまった。けれど、共有できない思い出のままでは、ニゲラも寂しく思うはずよ。」
カトレアは静かに、続ける。
「だから、私たちは旅に出る。あなたがニゲラ、そして、私たちとたどった旅路の記憶をたどるの。」
少しあたたかい、やさしい夜風が、二人を包んだ。
EP7、"記憶の丘"を最後まで読んでいただきありがとうございます!
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