失われた時間と、老兵の憂鬱
カトレアはどこか寂しげな表情でカフェの扉を開けた。
その背中には、アザレアへの心配と、失われた時間への哀愁が漂っていた。
「…カトレア」
カトレアがカフェを出た瞬間、聞き慣れたしがら声が彼女を呼び止めた。
声の主はレスターだった。彼はカフェの陰に隠れていたようで、少し気まずそうに目を逸らしながら近づいてきた。
「レスター…?ここで、何を?」
カトレアはレスターの様子に疑問を抱きながら尋ねた。
「いや、その…別に、盗み聞きをしていたわけじゃない。ただ、ちょっと、心配だったもんでな…」
レスターは慌てて言い訳をしたが、その目は泳いでいた。
「…そう。それで、何か用かしら?」
カトレアはレスターの言い訳を軽く受け流し、問い返した。
「ああ。その…昨日は、本当にすまなかった。あんな風に、取り乱して…」
レスターは深々と頭を下げ、昨日の横暴を詫びた。
「気にしないで。あなたは、アザレアのことを、本当に心配しているのね」
カトレアはレスターの謝罪を優しく受け止めた。
「…ああ。あいつが、ニゲラのことを忘れてしまったなんて、どうも、信じられなくてな…」
レスターは悔しそうに唇を噛み締めた。
「そうね。気持ちは分かるわ。でも、今は、アザレアを責めても仕方がない。彼女自身が、一番苦しんでいるのだから」
「分かっている。分かっているんだ。でも、どうしても、信じたくなくてな…」
「…レスター」
カトレアは、拳を握りしめうつむくレスターの肩に、やさしく手を添えた。
「…カトレア。あんたはこれからどうするんだ?」
レスターはカトレアを見上げ、尋ねた。
「…まだ、分からないわ。でも、私は最善を尽くすつもりよ。アザレアが、記憶を取り戻せるなら...」
カトレアは静かに答えた。
「…旅を、もう一度するのか?」
「…分からないわ。でも、もし、それが、アザレアの記憶を取り戻すための最善の方法なら、私は…」
カトレアは言葉を濁した。
「…そうか。しかし、俺はもう、随分と老いてしまった。昔みたいに、お前たちの前衛を張るのは、難しい。今じゃ、少し動くだけで、関節が悲鳴を上げる始末だ」
レスターは自嘲気味に笑った。
カトレアはレスターの言葉に、どう声をかけていいか分からなかった。
「…70年、あれから70年も経ったんだ。あんたら、エルフや魔女に言わせれば、ほんのひと時かもしれんが、俺にとっては長すぎた…ニゲラだって...もう...」
レスターは宙を見つめながら言う。
「カトレア...。もし、あんたが旅に出るなら、俺もできる限りのことはするつもりだ。アザレアのためにも、ニゲラのためにも…」
レスターは力強く言った。
「…ありがとう、レスター」
カトレアの穏やかな表情でレスターを見つめた。
「ああ...。それに、旅は良いもんだ...。新しい発見や出会いが、記憶を呼び覚ますこともあるだろう。それに、じっとしていても、何も始まらないからな!」
レスターは、そう言って、明るく笑いとばした。
「…よし!それじゃあ、俺は町で情報収集でもしてくる。何か、役に立つ情報が見つかるかもしれないからな!」
レスターは、そう言い残すと、ご機嫌な様子で、カトレアのもとを去っていった。
しかし、小さく、丸まった背中に、かつての兵士の威厳は感じられなかった。
時折、足を引きずるように歩いている姿が、時の流れを強調しているようだった。
―― …ありがとう、レスター
カトレアは、レスターの背中を見送りながら、心の中で呟いた。
その表情は、感謝と、少しの哀愁で満たされていた。
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