目覚めと失われた記憶
「来ないで!いやだ!死にたくない!誰か助けて!」
「娘がまだここにいるんだ!頼むから!止まってくれ!」
必死に叫ぶ声が町中から聞こえてくる。家屋の瓦礫に押しつぶされ動けなくなった者、強風でとばされて意識を失った者。
空を覆う、どす黒い強大な魔力渦が轟音をたてながら、町を飲み込みこもうとしていた。
それは、人々の絶望と悲鳴を朝笑うかのように、さらにその力を増していく。町は壊滅的な被害を受け始めているところだった。
丘の上で、町が飲み込まれる様子を見ていたアザレア一行は、ただ、町が飲み込まれる様子を呆然と見ていることしかできなかった。
「これはいかん!魔力渦がここに来る前に逃げるぞ!」
レスターが、必死の形相で叫ぶ。しかし、ニゲラは、その場から一歩も動けずにいた。
「なんで…なんで僕の町が…誰か!!誰か!!」
ニゲラの悲痛な叫びが、轟音にかき消される。もはや、止める手立てはないと誰もがあきらめていた。
しかし、アザレアは、静かに、しかし、強い決意を秘めた碧眼で、どす黒い強大な渦を見据えていた。
「私が止めないと。」
アザレアはゆっくりと魔力渦に向かって歩みを進めた。しかし、カトレアがそれを制止した。
「アザレア。行ってはいけない。」
しかし、師の制止をよそに、手を払いのけ、アザレアは歩みを進めた。
「アザレア!!」
カトレアの声が轟音にかき消される。
「先生。立派な弟子になれなくてごめんね。」
アザレアは、ゆっくりと手をかざし、その身に、邪悪な魔力を吸い込み始めた。四肢を引き裂くような激痛が全身を駆け巡る。強大な魔力が急速に窄み、アザレアの体に取り込まれていく。アザレアの意識は遠のき、走馬灯のようにアザレアの脳裏を旅路の記憶がよぎる。
―― 楽しい旅だったな...
「アザレア!死ぬな!アザレア!」
必死に叫ぶ、ニゲラの嗚咽まじりの声がかすかに聞こえる。
―― ごめんね。ニゲラ。でも、守れたね。あなたの町。
アザレアの意識は、闇へと落ちていった。
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瞼をゆっくりと持ち上げると、ぼやけた視界に、見慣れない天井が映った。夢の残像が、まだ、心の奥底で揺らめいている。
―― 私は...一体...
夢と現実の狭間を彷徨っているような不思議な感覚の中、アザレアは、ゆっくりと体を起こし、周囲を見渡した。
そこは、簡素な作りの、小さな部屋だった。木製のベッド、古びた机、そして、壊れたままの時計。見慣れない風景が広がっている。
ベッドの横には誰かが椅子に腰かけ、本を開いたままうたた寝をしている。
「先生?...」
カトレアがうたた寝から目を覚ました。
「アザレア?...起きたのかアザレア!」
そう言うと、カトレアは急いで部屋を飛び出してしまった。
いつもと違うカトレアの様子にアザレアは困惑した。依然としてアザレアは自分の状況を把握できないままだった。
しかし、突然、瞼が重くなる。眠気に耐えかねたアザレアはもう一度ベッドに倒れこんだ。
―― 一体何が起きたんだろう...
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ゆっくりと瞼を開いたアザレアを、温かい眼差しが迎えた。
カトレアとレスターが、アザレアの顔を心配そうに覗き込んでいた。
「アザレア、気分は悪くない?」
カトレアが優しくアザレアの頬に触れた。
アザレアは、頭がぼんやりとしていたがうなずいた。
「アザレア。あなたは、70年前の魔力災害の日からずっと、深い眠りについていたの」
カトレアが、静かに説明する。しかし、アザレアは、その言葉の意味を理解できなかった。
「魔力災害…?私、何も覚えていない。」
アザレアの言葉に、カトレアとレスターが顔を見合わせる。
すると、レスターが恐る恐る問いかけた。
「…俺のことは分かるか?」
レスターの問いかけに、アザレアは首を横にふった。
「あなた、誰?知らない人。」
レスターは焦りを隠せない様子でアザレアに詰め寄る。
「まさかだが...ニゲラのことは覚えているだろう?」
しかし、カトレアがレスターを制止した。
「レスター、落ち着きなさい。アザレアは、おそらく、記憶を失っているわ。」
カトレアが、レスターを諭す。レスターは、唇を噛み締め、苦悶の表情で部屋を飛び出してしまった。
「先生…?彼は、誰?それと、ニゲラと言っていたわ。」
アザレアがカトレアに問いかける。
「レスターとニゲラは......いいえ、いいのよ。今日は、ゆっくり休みなさい。明日の朝、また迎えにくるわ。そしたら、一緒にお茶でもしましょう。」
カトレアは、そう言い残し、どこか寂し気な表情で部屋を後にした。
アザレアは一人、部屋に残された。
窓の外はどんよりとした重い空気の中、雨が煙る。
70年前の魔力災害、レスターというドワーフ、そしてニゲラ…。
一瞬の出来事でアザレアは混乱し、疲労した。
―― 一体、何があったの…?
アザレアはもう一度、眠りについた。
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