処刑が回避できないので傾国の悪女になるぞ~祖国が中々滅びてくれません、なんで?~
「おめでとうございます、ドマ伯爵令嬢!先の事業は大成功でしたね!」
「ご令嬢のお心の美しさは我が国のご令嬢たちにとっても羨望の……まさに淑女の鑑!」
「特に海戦勃発前に海賊たちを説得し撤退させたカームデルグ領での一見は芝居になれば劇場のチケットが瞬時に完売するほどで!」
「「「「「徳の高い伯爵令嬢のいらっしゃるパニッシュ王国に栄光あれ!!」」」」
…………………んんっ??
貴族のささやかなお屋敷の、サロンにて口々にこちらに向かい賞賛の言葉を口にしてくるのは財政界の大物方他国の大貴族、有力な商人と様々だ。
彼らに共通点があるとすれば「全員男性」であることだが、この世の人間の半分は男なので別にそれを共通点としなくてもいいだろう。……嘘です、故意に男性オンリーなのだ。
私は彼らに傅かれ、彼らがせっせと貢いできた贈り物に囲まれて「……また失敗したのか」と落胆した。
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さて、とある恋愛小説をご存じだろうか。
「星の乙女と夜の王」というありきたりなタイトルの、王道ファンタジー。
平民の可愛らしいお嬢さんが森の中で怪我をしている王子様を助けて熱心に看病し、彼は自分の身分を隠したまま彼女と恋をする。いろいろあって彼は彼女の元から去り、彼女は彼が王子であることを知らないまま、彼を探そうと王都に出ていき、そこでとある伯爵家のメイドになる。
伯爵家の名はドマ。悪名高き一族だが、世間知らずの主人公は紹介状もなく仕事先を見つけるために必死で、誰もが嫌がる「わがままな伯爵令嬢」の世話係となった。
わがままな伯爵令嬢、その作品の「悪役」リリス・ドマは美しい容姿をしていたが、とにもかくにもわがままだった。自分の思い通りにならなければメイドに物を投げつける、ひっかく、罵声を浴びせるという始末。それでも主人公は献身的に彼女に尽くし、そうした彼女の姿は伯爵の目にとまって、平民でありながら主人公は「伯爵令嬢付きの侍女」に出世した。
そういうわけで、主人公はリリスの婚約者である王子と再会する。
ここからはもうわかるだろう。
リリスからすれば「泥棒猫」以外のなにものでもない。リリスは主人公を加害した。自分の侍女を辞めさせなかったのは、主人公の身が軽くなれば王子がすぐに保護すると焦ったからだろうと書かれていた。
そしてリリスはある日のパーティーで王子に婚約破棄を突きつけられて、主人公に掴みかかろうとして階段から転落。半身不随になり、塔に閉じ込められ、そして二人の結婚式を塔から眺めさせられて、翌日に処刑された。
まぁ、よくある悪役令嬢の末期である。
ただ、平凡なタイトルのわりに成人指定されており、凌辱やら調教、なんなら蟲姦シーンまである。その性的消費対象は主人公だけではなくリリスや、どういう需要かわからないが王子の身にまで及んでおり、作者は何を考えているんだと私はスマホをブン投げたものだ。
そう、私、現在リリス・ドマとなっている私は遥か昔に、日本という国でその物語を読んでいた。
遥か昔という表現の意味は簡単だ。
リリス・ドマとしてもうかれこれ、99回は処刑エンドを繰り返している。
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最初の頃は「よし!回避しよう!」「幸せになろう!」「チート無双しよう!」などとあれこれ燃えていたものだ。
けれど、まぁ、なにをどうしても、部分や展開がどう異なったとしても、結局、どのみち、リリス・ドマは「20歳の誕生日の翌日に処刑される」と、この結末が変えられない。
そうしてめでたく100回目。
100万回いきたキャッツほどではないが、中々しんどい100回目。おぎゃあと始まり、ようこそリリスワールドで20年×99回。1980年。キリスト爆誕からジョン・レノンが没するまでの長い時間を生きたわけだ。
100回目のオギャアの時に、私は決意した。
もう、どうせ処刑されるのなら、祖国を道づれにしてやるぞ、と。
何をどうしても処刑される。
他国へ逃げても、顔を変えても、なにがどうあっても、祖国の処刑台で首を吊って死ぬ。または首を切られて死ぬ。毒杯の時もあった。
もう、明らかな国の殺意を強く感じる。
そうして私は思ったのだ。
ここまで、99回も執拗に私を殺そうとしてくる国。ここまでくると執着心。偏愛の一種なんじゃなかろうかと、私は祖国というものに「そんなに私が好きなのか」と疑問さえ抱き始めた。私をこんなに苦しめて、私をこんなに何度も何度も殺す祖国。これはもう仕方ない。私が滅ぼして差し上げるくらいはしてやろうと、99回も殺されたので思えてきた。
そうして私はこの100回目の人生20歳の今までずっと、祖国をどうしてやるのが一番いいのかと考えて考えて、そして決意した。
傾国の美女になるぞ、と。
国を傾けるほどの美しい女。
国が滅びるのに理由は色々あるだろうが、私は一番、それが面白いと思った。
執拗に念入りに私を殺してくる祖国なのだから、私という人間によって共倒れになるのは本望だろう。
私を99回も殺した国なのだから、私が国を亡ぼすほど美しい女になれば、きっと満足していただけるだろう。
そして、私は傾いたそのままそっと手を伸ばして倒してやろうとそう決めた。
……のだが。
なかなかどうしてうまくいかない。
99回、1980年分の経験値があるというのに、祖国は中々傾かない。私があちこちの貴族に愛人を作って散財しても、国の経済は傾くどころか活性化する。ファッションリーダーになってしまったのがよくないのかもしれない。フランツ王国のモードも私と私のおかかえのデザイナーの3歩後ろをついてくる。
傾国の美女になるために化粧品革命をしたのもよくなかったかもしれない。
医療技術を独占してやろうと有望な医者やその卵たちを囲った時に、予算の平均がわからないからとりあえず困らないだけ使ってよしと言ったのもよくなかったかもしれない。
国を亡ぼすのは私だからと、周辺の盗賊団や麻薬カルテル、ついでに我が国を敵視してる国のお偉いさんをこっそり毒殺し続けたのもよくなかっただろうか。
いや、どれも私が傾国の美女になるために必要なことなので、間違いではなかったはずだ。
「うーん……今回も、私の負けというわけですか」
トントントン、と処刑台に上がりながら私は独り言を呟く。
今回の罪状は越権行為。
伯爵家の未婚の娘でありながら、内政に深く干渉しすぎたと、まぁ、そんな理由。理由なんて毎回あってないようなものなので、私はただ「しくじった」程度の感想しかない。
国を傾けるにはまだまだ悪意と美しさが足りなかったのだろう。
*
さて、と、落ちた女の首をひょいっと拾い上げて、全てがピタリ、と制止した場所で、一人の男が目を細めた。その姿は異形である。ひとならざる存在であることは一目みればわかるが、この場にこの男を視認できる者はいない。つい先ほどまで世界は騒がしく動いていたが、処刑台に上がった女の首が落ちた時に世界は停止した。もう見るものがいないからだと言わんばかりの急な終幕。
男は恐怖も何も浮かんでいない生首を持ち上げて首を傾げた。
「随分と思い焦がれたものだ」
発した声音は男が思う以上に「不思議だ」という感情が込められていた。
この男、この国をつくった創造主である。この世界のすべての国がそうであるように、国には国主という神がいた。もちろん人間は認識しておらず、彼らは自分たちが国を興したのだと思い込んでいる。けれど何もない混沌の海に土を落として国を作るのは人間には不可能なこと。
そうしてこの国を作ったこの男は、リリス・ドマという娘を「殺す」とそう決めていた。長い歴史の中で生きていると都合が悪い者がいる。そういう物はそっと悪意に寄せて葬るのが正しいのだが、それはそれとして、このリリス・ドマという娘、死なないのだ。
いや、死ぬには死ぬ。死ぬのだが、死なない。どういうことかと言えば、この娘が死ぬと国の歴史がぴたりと止まる。
男が何度も試してそれがどうにも覆らない。
そうして気付いたのは、この娘は国と、ようするに自分と心中したいと思っているらしかった。
気付いて男は、なんと傲慢な娘かと驚いた。
けれど娘がせっせせっせと繰り返す。100度目の人生をもう1000回程繰り返している。
当人は100回生きているつもりだが、実際はもう1000回同じ100回目を生きている。
男は気付いた。
リリス・ドマという娘が自分を道連れにしようとしているのだと気付いた。
それは無理だろうと男は思っている。
国を亡ぼすことのできるのは、それなりの強い星の元に生まれていなければならず、そもそもこの娘にそれはない。だというのに、性懲りもなく何度も何度も100回目を繰り返すリリス・ドマという娘。
そんなに心中したいのかと、さすがに1000回も願われれば男もまんざらでなくなってくるから奇妙なものだ。
ひょいっと、男は時間を戻す。
そうして100回目の人生の1001回目が始められていくのだった。
純愛っすね。