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半身サイボーグ

作者: ものずき爺

ゴールを過ぎると、速水俊貴はガッツポーズの腕を振り上げた。実況中継のアナウンサーが興奮気味に捲し立てる。「やりました。我が国始まって以来の快挙です。オリンピックの陸上短距離で初のメダルです。それも何といきなり金メダルです。速水選手、喜びのウイニング・ランです。日の丸の国旗をマントの様になびかせ、ゆっくりトラックを一周しています。」海外のメディアも一斉に速水の優勝を報じている。ウイニング・ランが終わるとインタビューが始まった。「自信はありました。それだけのきついトレーニングをして来ましたから。10秒は二度切ってますし、後はそれをコンマ一秒詰めるだけで世界と渡り合えるとおもってましたからね。」「それが実現出来た訳ですね、おめでとうございます。」

「ありがとうございます。」「速水俊貴選手でした。」スタンドから沢山の拍手が送られた。

控え室に戻るとドーピング検査の係員が、医務室で検査を受ける様伝えに来た。

ドーピング検査はもう慣れっこだ。悪い事は何もやってない。検尿の時、係員が俺の一物を見て普通の大きさに安心するのが解る。俺だって別にこの大きさで不満を言われた事はない。

控え室に戻ると、コーチの安岡勉が待っていてくれた。安岡勉は速水俊貴が東洋体育大学に入学した時からずっと一緒にやって来たコーチだ。もう40歳になるが20歳の時に10秒フラットで走り、10秒を切るのは時間の問題と思われていた。それが海外の大会の決勝でゴール直前にアキレス腱を切り、何度か復活しかけたが結局果たせなかった。米国でトレーナーの勉強をした後日本に戻り、母校の東洋体育大学の陸上競技部でコーチをする事となった。そんな折に高校時代はラグビーをやっていたと云う速水俊貴が入部して来た。安岡は体幹のしっかりした速水を見て、絶対に物に成ると確信した。速水に夢を託した安岡は二人三脚で指導して来た。今日の速水の金メダルは自分の事の様に嬉しかった。

「オリンピックが終わったら盛大に祝勝会をやるからな。


千葉県の外房にある東洋体育大学、鯛海駅から海の方へ歩いて20分程の距離の海沿いに建つ。その中間を横切る国道沿いに鯛海グランドホテルは有る。海岸までは1キロメートル弱の距離だ。ホテルと海の間に妨げるものはないので二階の客室からでも海は見える。

今日の祝勝会には速水の他に女子柔道で金メダルの坂下薫、女子レスリング金メダルの山川杏奈の三人が主賓で呼ばれている。坂下薫はまだ19歳でお酒が飲めないのを残念がっている。大学の理事や各競技の監督の祝辞の後、主賓を代表して四年生の山川杏奈が挨拶をした。その挨拶の中で山川は「羨ましいのは速水君で、陸連から五千万円の褒奨金がでるようで、レスリングや柔道は元々強いから勝ってもいくらも貰えない。弱かった競技が羨ましい。」と言って参加者を笑わせた。会が終わりに近づいて来た頃、コーチの安岡が速水に「俺は酒を呑んでないから車で家まで送ろうか。」と言って来た。「ありがとうございます。でも今日はアパートではなくて車で実家の方に帰るので、私もノンアルしか飲んでないんです。」「そうか、気を付けて帰れよ。」「はい。」


実家は千種市に有る。鯛海市からだと一般道で房総半島を横切って行く事になる。まだ夜の8時を少し回ったくらいだから、10時頃には家に着くだろう。海岸沿いの道から山の中に入って行くと、途端に車の量が少なくなった。ヘッドライトを上向きにして走る。前が遠くまで見通せるせいかついスピードを上げてしまう。カーブの多い道から直線の長い道に出て、更にスピードを上げると行き成りタヌキか何かの小動物が飛び出して来た。思わずハンドルを左に切ると、せり出す山すそに乗り上げ、たまらず横転して運転席側を下に10メートルほど横滑りして止まった。しばらくすると反対車線から来た一台の車が、事故の有った場所を通り抜けようとしていた。車は事故に気が付くと車を停めて、運転手が現場に近付いて来た。横転した車の運転手は酷い惨状だった。運転席側の窓が割れ、そこから飛び出した運転手の上半身がアスファルトに擦れ、ほぼ削り取られていた。首に手を充てるとかすかに脈が触れた。車に戻って同乗者につげる。「桜庭博士、どうしましょうか、まだ脈は微かにありますが。」「それでは研究所に連れて帰ろう。」「判りました、博士も手伝って貰えますか。」後部トランクから毛布を出すと速水の身体を包み、後部座席に横たえると事故車をそのままにして車を発進させた。桜庭純一郎博士と助手の山際春樹は、この事故現場からほど近い長沢町の山間部に建つ、神経伝達研究所の所長とその助手であった。千種市にある大学で、脳から伝達される指令のメカニズムについて講演を行なった帰りである。今、秘かに研究しているのは半身不随者に機械を埋め込み、脳と人工の脳の神経を繋げ健常者と同じ動きが出来る、半サイボーグ化の研究であった。研究はほぼ終わっており、後は臨床試験を待つだけになっていたが、生身の人間をそう簡単に実験に使う訳にはいかず、研究は棚上げされた儘になっていたのだ。


桜庭博士達が立ち去った後に、速水が起こした事故現場を通り掛かった者が、横転した車を見つけた。車に近付いてみたが人の気配はない。少し迷ったが、急ぐ用事はないので警察に通報した。自分の車に戻り、車の中でラジオを聞きながら警察が来るのを待った。待つ事30分、警察に通報した事を後悔し始めた頃、ようやく警察車両の赤い緊急灯が見えた。警察から質問を受けたが、ただ通りかかっただけだと説明し、外房の友人宅に遊びに行った帰りで、千種市の手前の大戸市まで帰る途中だと告げた。自宅の住所と電話番号を控えてもらい、ようやく解放してもらった。

警察に依る現場検証で、車検証から運転していたのは速水俊貴ではないかと予測された。ハンドルに残された指紋と道路上の血痕から詳細を調べる事となった。

数日後、指紋と血痕から採った血液型及びDNA鑑定の結果、事故に遭ったのが速水俊貴でほぼ間違いないだろう思われた。しかし、本人の行方がようとして知れなかった。

大学や実家の方に問い合わせても、全く判らなかった。

速水俊貴の行方不明から三年が経った。オリンピックのゴールドメダリストが行方不明になった事件は様々な憶測を呼んだが、何一つ真実に近付くものはなかった。

その頃、神経伝達研究所では速水が順調に回復していた。ほぼ死んだ状態で頭から腰にかけて半身が喪失しており、脳の半分、眼球、耳、腕から肺に至るまで右側の人体を全てロボットに置き換え、その上を本人の皮膚から増殖させた皮膚で被う。ロボット部分の神経と脳に繋がる生身の神経を特殊な技術で継なぎ、人間と同じ動きを可能にした。

「大分回復したようだね。右側の人工的な部位は、視力、聴力、反射神経など一般的な人間の数倍の力を持っているからね。」「博士、まだ何か右と左のバランスが悪くて、本当の自分の身体に違和感が有りますね。」「それは無理はないよ。能力が全然違うからね。左側を鍛えて少しでも右側に近づけながら、慣れて行くしかないからね。」「それに上半身に比べて下半身が弱いから、下半身も鍛えないとね。まあ、オリンピック選手だけあって、下半身も並み以上なのは間違いないが。」「あとどのくらいリハビリが必要ですか。」「今のスケジュールでやって、最低半年かな。」「わかりました、頑張ります。」

「速水君、もうそろそろ退院してもよさそうだね。」年が明けて一月に入ったある日、博士の助手の山際が声をかけて来た。「そうですか、ありがとう御座います。」「財布とか運転免許証とかはそのまま取ってあるので、後は復帰するのに必要な博士の診断書などを用意するから、今日一日ゆっくりして、明日の朝千種駅まで送って行きますから。」「ありがとう御座います。」「それから、その体を維持する為の注意事項が有るので、博士の秘書の戸村さんの所に後で行って下さい。急がないので昼食後で構いませんから。」「わかりました」

昼食が終わって桜庭博士の部屋に向かった。秘書の戸村の部屋は博士の執務室の隣りに一室を充てがわれていた。戸村は名前を沙知といい、当初この研究所は桜庭と山際の二人だけでやっていたが、サイボーグの研究を始めると俄に忙しくなり急遽採用されたものである。美人である。ショートカットが活発な印象を与え、実際に仕事の手際もよい。身長は160センチ、胸は普通だがスラリとした体型である。今は研究所のスタッフも、ドクターやIC担当などを含め15人いるが、28歳という年齢の割に上手く束ねている。

「戸村さん、今後の生活への注意事項が有るとか。」「ええ、一番重要なのは一年毎に必ず身体の点検に来て頂きたいのです。バッテリーの交換とロボット部分の関節の可動検査です。」「成る程、解りました。」「来られないと身体が動かなくなりますから、必ず来て下さいね。去年の12月に交換してますから、最初の交換は今年の12月です。」「二つ目は、運動能力も知能も一般の人より相当優れてますので、今後どんな職業に就くにしても余り目立たないで下さい。」「どうしてですか。」「人間のサイボーグ化が、医学的にも国としても認められてません。速水さんは秘密裡にサイボーグ化されたのです。」「そう言う事情なら了解です。」「三つ目は大した事はないのですが、その少し恥ずかしい話しなのですが、貴方の男性自身の神経が手術の時に半分近く喪失してまして、感覚が鈍くなっているのです。」「どういう事。」「何と言いますか、絶頂感がなかなか来ないと言いますか。」「つまり、長持ちするって事。」「まあ、そう云う事です。」「解りました。心に留めておきます。」「最後になりますがスマホでこのQRコードを読み取って下さい。速水さんのサイボーグ部分の状態が全て判ります。バッテリー、接続状況、可動部の状態などすべてわかります。毎日チェックして異常があったら必ず連絡して下さい。以上です。」

「それから、今日の夕食は17時からで速水さんの送別会になると思います。」「ありがとうございます。」

17時ピッタリに食堂に行くと、桜庭博士以下スタッフ全員で迎えてくれた。最初に博士から簡単な挨拶があった。

「速水君を事故現場から連れて来た時は、正直復活させるのは難しいとおもった。取り敢えず生命維持装置に繋いで様子を観ようと思った処、ニュースで彼がオリンピックのゴールドメダリストだと判った。それで人体実験を待つだけのサイボーグ化をやってみようと決断した訳だ。今日、送り出す事が出来て本当に良かったと思っている。おめでとうと言わせて貰います。」「ありがとうございます。」と速水が応える。その後、山際の乾杯の音頭で乾杯したあと食事をしながらの会話が弾んだ。20時を過ぎた頃合いを見計らって速水のお礼の挨拶の後、お開きとなった。

「今迄、本当にありがとう御座いました。今後も皆さんの力をお借りしながら、社会復帰に全力で取り組んで行きたいと思います。」皆からの温かい拍手が沸き起こった。

送別会の翌朝、桜庭博士と秘書の戸村に挨拶をし、助手の山際に車で千種駅まで送って貰う事になった。研究所を出発して山道を下って行くと、消毒臭が薄くなって来て病院の様な所に居た事を実感した。「俺以外にも患者さんは居たのですか。」「速水君ほどではないけれど、神経が切れて接続が難しい人とか、一部の皮膚感覚が無い人とか数人が入院しているよ。まあ、殆どの人が回復して帰るけどね。速水君は例外みたいなものだから、特別室で秘密裡に治療してた訳なんだよ。」「酷かったんでしょうね。」「酷かったなんてもんじゃないよ、何しろ上半身の半分が失くなっている上、下半身だってあちこち傷だらけだったからね。」山際は事故現場で微かに脈があるのを診て、咄嗟にサイボーグの人体実験に使えると判断した。桜庭も山際の考えにすぐに同意してくれたのを、今でも覚えている。「さあ、駅に着いたよ。ここから自宅までは一人で帰って下さい。何も問題がなければ、次に会うのは半年後だね。」「ありがとう御座いました、皆さんに宜しくと伝えて下さい。」


家までは徒歩で20分ほどかかるが、久し振りなので家で歩く事にした。四月に入ってすぐの早朝という事もあって、駅に向かう通勤の人や集団登校する子供たちと何度もすれ違った。この時刻に駅から住宅に向かう人は殆ど無かった。家に着くと四年ぶりという事もあって、いきなりドアを開けるのがためらわれた。家は俊貴の妹が産まれた時に新築で建てた家だ。2LDKの庭付き一戸建てで、車二台が駐められるカーポートも付いている。インターホンを押そうか少し迷ったが、ドアの把手を引いてみるとカギが掛かっておらず其の儘ひらいた。「ただいま。」大きな声で帰宅を告げると、部屋の奥から母の貴子が顔を出した。俊貴の顔をみて一瞬身体が固まったように見えたが直ぐに「俊貴、生きてたのかい、四年もの間連絡も何もくれないで。」「ごめんよ母さん、連絡出来る状況じゃなくて。」「父さんはもう会社に行ったの。」「ついさっき出たばかりだけど、会わなかったみたいだね。」「とにかく上がりなさい。」居間に上がるとテーブルに付いて事情を話し始めた。家に車で帰る途中、小動物を避けて車が横転した事は覚えているが、その先に全く記憶がない事。気が付いて物事の判断が出来る様になった時には、もう事故から一年が経過していた事。普通に身体を動かせるようになるまで、更に二年が経過した事。そうしてもう一年かけて身体が完全になるまでリハビリを繰り返した事を説明した。また、治療をしていた研究所では、極秘の治療だった為に連絡出来なかった事をつけ加えた。貴子はある程度理解してくれたようで涙を浮かべながら聞いてくれた。一段落すると貴子は父の俊幸と娘で俊貴の妹の幸子に連絡した。俊幸は車で30分くらいの大戸市に有る工業団地内の製鉄会社で働いている。又、妹の幸子は茨城県のつしま学園都市にある大学の事務をやっていた。また、幸子も兄の俊貴同様に脚が速く、100メートルハードルの強化選手でも有り、練習の都合でつしま市のマンションで一人住まいをしていた。夜の7時頃、同じ位の時刻に父の俊幸と妹の幸子がほぼ同時に帰って来た。幸子は俊貴の顔を見るなり「生きていたのね。」と言って泣き出した。いきなりの帰宅で何の用意もして無かったが、夕食は鶏肉を使った水炊き風の鍋にした。俊貴は母に一度話した事情を父と妹に再度話して聞かせた。父の俊幸は「本当ならオリンピックの金メダリストとして、華やかな一時を過ごせる筈だったのにな。」と言って残念がった。そして「でも、死亡認定とかしなくて良かったよ。一度死亡届けとか出すと、取り消しの手続きとか面倒だろうからね。」と言って苦笑いするのだった。

食事が終わってお茶にすると母が「そういえば俊貴の五千万だけど、税金を引かれて三千万と少しだけどまるまるとって有るからね。」「今の俺には海外遠征もないし、必要ないから皆で分けてくれて良いよ。仕事が見つかるまで、暫く家に居るつもりだしね。」「そうかい、お金に困ってる訳じゃないけど、家のローンも残ってるしそうさせてもらうよ。」「それで良いよ、幸子だって海外遠征とか有るだろうし。」「ありがとう、兄さん助かるわ。」「明日から就職活動だ、やっぱりスポーツ関係がいいな。」


「悪いね、呼び出したりして。」

速水は二ヶ月程、家でゴロゴロしながら求人誌などを見ていたが、思った程簡単には仕事が見つからなかった。それで、思い出したように学生時代に仲の良かった岩本に電話をしてみた。

「そんな事より生きていた事の方が驚きだよ。スマホの着信を見た時には目を疑ったよ。」「電話でも少し話したけど、事故を起こして一年以上眠ったままだったからね。その後もリハビリやら何やらで連絡出来る状態ではなかったからね。」「事故現場だけが残ってただろ、様々な憶測がとんで正にミステリーだったよ。」当時はオリンピックのゴールドメダリストの行方不明と言う事も有って、テレビに週刊誌、スポーツ紙などもこぞって取り上げていたが、一年が過ぎた辺りから興味が薄れていったせいか殆ど取り上げられなくなって行った。もう今では忘れられた存在だ。

「岩本は希望通りプロ野球に入ったとばかり思ってたよ。」岩本は速水と関東体育大学の同級生で名前を聡史という。大学時代は野球部で四年の時はキャプテンをやるくらい信望もあった。プロ野球に行くと皆が思うくらい上手かったが、ドラフト会議ではどからも指名されなかった。「プロに行きたかったけど、何処からもお呼びがかからなかったから、きっぱり諦めたよ。」「岩本レベルでも駄目なのか、プロは厳しいな。」「仕方なくという訳ではないけれど、アルバイトをやっていた出版社から声が掛かって、そこに勤める事にしたんだ。」出版なら書籍から雑誌まで手広くやっている向学舎で、スポーツ専門誌の「月刊アスリート」を発刊する事になり、運良くそこの記者として採用されたのだった。

「でっ、相談っていうのは何なんだ。」「いや、岩本がプロ野球をやってたなら、どこかで入団テストでもやってないかと思ってさ、昔、足が速くて代走専門で入団した人がいただろ。」「そういえば、そんな事もあったな。」


と呟き、続けて「待てよ、確か千種市が本拠地の海勢シーウルブズが入団テストの募集要項を発表してたな。」「えっ、それは有り難いな。「7月から書類選考で、そこを通れば9月に実技テストだったと思う。」「そうか、ありがとう。スマホで調べて応募してみるよ。」


映像を送らないといけないので、岩本が休みの日にお願いして動画を撮って貰う事にした。「悪いね、取り敢えず50メートル走とトスバッティングを撮ってもらおうかな。」「事故の後だけど走れそうなのか。」「大丈夫だと思う、リハビリの時散々走らされたからね。」「バッティングの方は、確か中学校の時に野球部だったよね。」「うん、自分で言うのも何だけど、結構いい線行ってたと思うよ。」

「まず、50メートル走からだな。」公園に隣接した市営グランドは貸し切り以外は無料で利用出来る。使用許可を取りに行ったら午後の3時以降は誰も使っていないと言う事で15時半から一時間だけ借りる事にした。

「それでは、ゴーの掛け声でスタートしてくれ。」岩本はデジカメを動画モードに片手で持ち、もう片手にはストップウォッチを持ってゴーのサインを送った。左下にストップウォッチが入る様にして、走る姿を撮影する。ゴールして時計を見ると、なんと5秒7。岩本は思わず「凄いな、金メダリストは違うね。」と呟いていた。「もう一度行くからな。」今度は5秒8、少し落ちたが兎に角速い。「まだ25歳じゃ、オリンピックを目指した方が良いんじゃないか。」「いや、どんなに早く走っても10秒は切れないよ。」「そんなものかなぁ。」「それじゃあ、トスバッティングと行くか。本当は俺が投げた球を打った方が良いんだけど、撮影が出来ないからね。」「そうだね、じゃあトスしてみて。」「よし、行くぞ。」バットの出はスムーズで、10球全てがホームラン性の当たりを見せた。「申し分ないな、良い映像が撮れたよ。」「ありがとう、後はこの映像を送って結果待ちだ。」「もし合格したら取材に行くからな、金メダリストの転身とかで特集でも組ませて貰うかもね。」「それじゃあ、夕飯でも食べに行こう。岩本は車で来てくれたみたいだから、食事だけで勘弁してくれ。」「気を使うなよ、合格したら一杯やりに行こう。」

一ヶ月後、スマホに着信が有った。電話に出ると書類選考は合格したので、九月の第一月曜日に千種市美しが浜に有る、シーサイドスタジアムに午前10時までに来て下さい、と言う連絡だった。メールで来ると思っていたので、電話にはびっくりした。誰かのいたずらの可能性も有るのかなと思っていたら、翌日にはメールで詳細が送られて来ており、一安心だった。岩本に連絡すると岩本は「球団に許可を貰って取材に行くかもしれない。」と言って、更に「もう、速水が生きている事を秘密にしておく必要はないだろ。」と言って大騒ぎになるかなと笑った。


当日、試験会場では80人近くの受験者が揃っていた。四年以上世間と隔絶した生活を送っていたので、見知った顔は無かったが一様に若く、速水は自分が最年長でさないかと思った。実際に募集年齢が25歳までとなっていたので、年齢制限ぎりぎりの応募だった。

身長、体重、握力、背筋力と流れる様に基礎検査が進んで行った。全員の基礎検査が終わった時には、既に11時を回っていた。

終わった足でグランドに出て、50メートル走と遠投を二回づつ行なう。テストは淡々と進んで行った。全員のテストが終わった後一か所に集められ、二次試験に進む合格者は一時間後に発表するので、めいめい食事をするなどして、一時間後に又ここに集合して欲しい旨告げられた。尚、例年だと25人位が二次試験に進んでいるとの事だった。速水は握力、右54.0左48.0、背筋力168.0、50M走5秒7、5秒6、遠投98.5m、101.0mの記録で結果を待つ事となった。昼食は駅まで行くのが面倒なので、来る途中のハンバーガーショップで二種類のハンバーガーを買っておいた。スタジアムの観客席の一角と休憩室が開放されていたので、自販機で缶コーヒーを買い観客席の方で食べる事にした。ハンバーガーを食べ終えて、缶コーヒーを飲んでいると岩本が近寄って来た。

「来てたのか、気が付かなかった。」「邪魔になると悪いので、遠くから有力そうな人だけ望遠で撮らせてもらった。」「そうか、有力な人も何人かいるのかな。」「甲子園に行った選手とかもいるけど、記録を見せて貰うと速水は間違いなく二次に進めるよ。」「そうか、それは嬉しいな、岩本が言うんじゃ確かだね。」「二次も頑張れよ、じゃあ又な。」

一次試験の合格者は22人だった。二次に残った合格者は投手志望と野手志望に分かれてのテストてなった。投手志望が野手志望に投げる形で行われる。投手一人に対し一人で三打席立ち、打者一人で三人の投手と当たるから合計九打席でテストする。投手も同様に三打席づつ三人の打者と対戦する。

速水の打順が回って来た。最初の投手は甲子園に出た投手で、卒業時ドラフトにかからず就職したが、諦め切れずテストを受けに来た。これまで二人の打者に一ヒット、一内野ゴロ、四三振と有力だ。左のボックスに入った速水は相手の最初の投球、アンドロイド部分の右目のセンサーがボールと判定し、見送った。二球目、センサーは外角低めに逃げるスライダー、ギリギリのストライクコース、落ち際わを捉えて左中間にヒット。二打席目初球、センサーは外角低めのストレートと判定、右手のアンドロイド部に指令を送る。思い切り振り抜いてフェンスを越えホームラン。三打席目初球、二球目とギリギリをつくがセンサーはボールと判定、しかし審判が二球目のフォークをストライクと判定。三球目も同じ球で来たのを掬い上げ、バックスクリーンに入るホームラン。二人目、三人目もアンドロイド部の眼球センサーと右義手の餌食となって、全打席ヒットとホームラン。スカウト部長の鎌田が、打席の終わった速水に近付き「金メダリストの速水君だろ、生きていたのか。脚が速かったからひょっとしたらと思ったけど、本当に速水君とはね。」「リハビリの甲斐あって、何とかここまで出来る様になりました。」鎌田も現役時代は一流の投手で鎌田貢と云えば球児の憧れの的だった。肩を壊して引退したあとはスカウトぶに配属され、一流選手を見つける眼は称賛される程確かなものだった。「期待して結果を待っててくれ、後日一週間以内に通知が行くと思うから。」

そして、四日後の金曜日には合格の通知が来た。


合格通知で指定された日に海勢シーウルブズの球団事務所に行くと、もう一人の合格者も来ていた。速水が最初に当たった投手で名前を香坂真司と言う。岩手県から甲子園に出場しベストフォーまで行った。球種が多彩で速球も速い。高校時代に148キロを投げたが、実業団に入って筋肉が付き三ヶ月後には152キロを投げている。それでプロテストを受ける気になったようだ。ユニフォームのサイズを測り背番号を決める。香坂は55番を希望し、速水は空いている番号で一番若い23番を希望した。年内は自主的にトレーニングをして新年は二軍の練習に参加する事となった。一通りの説明を受け事務所を出ると、スポーツ紙の記者が数人待っていた。甲子園球児とオリンピックの金メダリストの合格に、記者達はプロ野球でやって行く自信とかを聞いて来て、二人とも胸を張って自身を語った。しかし、岩本の「月間アスリート」で速水については特集で、事故から現在に到るまでの経過が掲載されており、最早新鮮味はなかった。

速水は岩本に連絡して背番号が決まった旨を伝え、一杯やろうと連絡した。岩本は会社も住まいも都内に在るので、中間の船丘駅で待ち合わせる事にした。

呑み会の当日、駅の改札口の前で待っていると、岩本が女性二人を伴って現れた。

「お待たせ、こちらは俺の婚約者の桂木由香さん、同じ会社の書籍部で働いてます。」由香は微笑んで「始めまして。」と軽く挨拶した。「そして彼女は由香の友人の林田早苗さん、扶桑銀行に勤めてます。」「初めまして、今日は速水さんに会えると言うので楽しみにしてました。」桂木由香は小柄ながら胸は大きそうで、ショートカットが活発な印象を与える美人だった。一方の林田早苗も容姿端麗だが美人というよりは可愛らしい顔立ちで、背は160センチ近く有り窓口にいたら担当して欲しくなる容貌だ。

「岩本の結婚はいつ頃になるの。」「月刊アスリートはあらゆるスポーツを扱うからオフがないんだよね。」「でも、大出版社だから休みくらい取れるだろう。」「それが、創刊三年目で軌道に乗って来たばかりだから、そうもいかないんだよ。」「でも速水さんの特集がちょっとしたスクープになったから、上司も話しを聞いてくれるかもしれないわね。」由香が口を挟む。「来シーズン速水が大活躍してくれれば、速水担当は俺しかいないから評価を上げて貰えるかもね。」「俺次第って言うのもプレッシャーだな。」「まあ、今年は無理でも来年の末には式を挙げたいと考えてる。」「嬉しいわ、速水さん早苗も今独り身だから宜しくお願いします。」「やだ、由香ったら。私以前に速水さんにお会いしてるんですよ。」「へえ、何処でだろう。」「神奈川県の山下スタジアムで学生選手権があったでしょう。」「ああ、あったね、俺が一年生でいきなり100と200で優勝した時だ。」「そうです、私は一級上で二年の時100メートルハードルで決勝に残ったんです。」「それでその時、グランドですれ違っただけなんですけど、一瞬目が合ってドキっとしたのを覚えてます。」由香が話しを継いで「その時、素敵な人と思ったんですって。」早苗も「だから行方不明になった時には、本当に悲しかった。」「一年近く意識不明だったからね、事故の時に桜庭博士が通り掛からなかったら、俺は間違いなく死んでただろうね。」みんなは「恐ろしい事だね。」と呟いていた。


「俺は由香を家で送るから、速水は早苗さんを送ってやってくれるかな。」「解った、そうするよ。」早苗は「住まいはここ船丘なんで歩いて帰れるんですけど、マンションの近くは暗いのでお願いします。」と送られる事を拒まなかった。

「少し休んでいって下さい。」「綺麗なマンションですね。」「親がセキュリティがしっかりしている方が良いと言って、買ってくれたんです。」エレベーターホールの前でもう一回キーを挿し込まないと、ホールに入れない程セキュリティがしっかりしている。

部屋に入ると2LDKの、一人住まいにしてはかなり広い。中もきちんと整頓されており、女性の部屋らしく仄かに森の様な爽やかな芳香が漂う。部屋に着くなり浴室に湯を入れて来たのか、早苗は少し上気した様な顔でリビングに戻って来た。「初めてお会いしてはしたない様ですが、もう遅いので泊まって行って下さい。」「その気になっても良いんですか。」「速水さんと食事をすると由香から聞いた時から、そうなったら良いなと思ってました。」「こんな可愛い女性から、そんな風に思って貰えるなんて嬉しいです。」「お風呂が沸いたみたいなので、先に入って下さい。」風呂に入って身体を良く洗い湯船に浸かっていると、早苗がタオルで前を隠し入って来た。隠し切れない乳房は適度な大きさで、張りがある。恥ずかしそうに身体を洗った後、速水の方に背中を向けて湯船に入って来た。浴槽を跨ぐ時に、早苗の秘めた部分が一瞬だけ見えた。湯船の中で後ろから早苗を抱き締め、片手を乳房にもう片方を秘めた部分に手をやると、湯の中でも秘部が潤っているのが判る。

乳首を軽く右左とつまみ、秘部の敏感な粒を優しく撫でてやると「アッ」と息を詰めた。早苗は尻に当たる速水の男の部分を、後ろ手に握りしめ擦りはじめる。早苗は気が行きそうになったのか「もう駄目、ベッドに連れてって。」と辛そうに叫んだ。軽く身体を拭いてやると早苗を抱きかかえ寝室に運んだ。寝室に運ぶなり早苗の下肢を広げ、充分に潤っている秘部の敏感な粒を舌でころがす。早苗は今度は少し大きな声で「アアァッ」と叫ぶと身体を反らせた。速水は早苗の脚を開いて身体をつないだ。挿入した瞬間、早苗はもう一度身体を反らせた。速水ゆっくり抜き差しをくり返した。早苗は絶頂感が近づいて来ているのに、速水はなかやか射精感が来ない。これが戸村沙知が言っていた、神経の喪失の結果なのかと理解した。早苗は大きく身体を反らせると「ウウッ」と息を詰め、速水の男の部分を強く締め付け絶頂に達した。速水はまだ放出しておらず、身体を繋いだまま、早苗の唇を求め舌を絡ませた。暫くすると早苗が腰を動かし始めたので、速水は早苗の脚を高く掲げ、秘部を露わにして烈しく抜き差しを繰り返した。早苗が再び気をやると速水もようやく放出した。二人で抱き合った儘しばらくまどろんでいると、早苗が浴室に立つのがわかったが、速水はそのまま寝入ってしまった。翌朝、速水が眼を醒ますと早苗はおらず、テーブルの上に朝食とメモがあった。メモには「会社に行きます。朝食を用意して有ります、コーヒーを温めて食べて下さい。スペアキーを置いて行きますので戸締まりをして帰って下さい。キーは持っていて下さい。」と書いてあった。速水は少し押し付けがましいとも思ったが、嬉しくも有った。


神経伝達研究所に身体のメンテナンスに行かなければならない。バスの便が悪く車を使うしかないが、タクシーだと結構費用がかかる。手術後の定期検診と偽って両親に相談をして自家用車を買おうとしたが、大きな事故を起こした後なので猛反対された。父は金の心配はいらないから、タクシーで行く様に勧められた。

タクシーで走っていると、長沢町に入る手前で速水の事故現場付近を通った。「この辺は何か動物が飛び出して来ますか。」タクシーの運転手に聞いてみた。「この辺は色々いるよ。狸に、アライグマ、ハクビシンに野ウサギ、よく車に轢かれるのは狸かな。」速水は一人納得した。

研究所に着いてタクシーを降りる。12月に入ったばかりだが、山の上のせいか少し肌寒い。空を見上げると抜けるような青さが目に入った。入口に入り真っ直ぐ秘書の戸村の部屋に行く。「あら、速水さん、忘れないで来たんですね。」「当たり前ですよ、忘れたりしたらこの身体が動かなくなりますからね。」「それもそうね。桜庭博士を呼びますね。」「お願いします。」暫く待つと戸村が山際を伴って戻って来た。「博士が手術室で待ってます。案内します。」歩きながら山際は「プロテスト雑誌で読みましたけど目立ち過ぎですよ。9打数9安打はやり過ぎです。目立つとあらぬ疑いをかけられ、検査されたらたまりませんからね、気を付けて下さい。」「球が見える上にコースまで予測出来るので、ついやり過ぎてしまいました。気をつけます。」手術室の控え室で来ると「この部屋で手術着に着替えたら、部屋に来て下さい、下着は全部脱いで下さいね。」着替えて手術室に入り、手術台の上で仰向けになる。博士が入って来ると「速水君、久し振りだね、これからバッテリー交換と関節部の稼動テストをするからね。神経のない所だから麻酔はかけないよ。」そう言いながらメンテナンスを始めた。バッテリー、関節部の潤滑油の注入口、人工頭脳からの神経系統への伝達部など、全ての中枢部が右肩後ろの5CM四方の開閉窓の中に入っている。外からは古傷痕くらいにしか見えない。バッテリーを交換し潤滑油を注入した後、神経系統の伝達試験の全てを終えるまで二時間近くかかった。「お疲れ様でした。全て順調です。次はまた一年後ですね。」「ありがとう御座いました。」手術室から出て秘書の戸村の部屋に戻り、タクシーを呼んでもらった。タクシーを待つ間、戸村と無駄話をしながら食事に誘ってみたが、あっさりと躱された。


新年が過ぎて本格的に練習が始まり、一月後半に二月からのキャンプのメンバーが発表された。速水は一軍メンバーに選ばれ台湾の台中でのキャンプインとなったが、もう一人のテスト生、香坂は二軍スタートとなった。

キャンプでの速水は、バッティングで柵越えを連発し、スポーツ紙の記者の注目を集めた。球団の監督やコーチ陣も、速水が野球は中学校以来と云う事で守備のないDHかなと考えていたが、なんと守備のセンスも抜群で足の速さも有り、外野のセンターが適任という事になった。

敵地での開幕戦、速水は一番でスタメン入りした。相手は去年の優勝チーム阪南アストロズ、先発投手は昨年も開幕投手を務めた左腕の速球派の山下真司。速水は左バッターボックスに入る。第一球目は外角低目一杯に入るストレート。速水の右目義眼のセンサーがストライクを判定、右手が指令を受けてスムーズにバットが出る。「カキーン」乾いた音と共にボールが伸びてセンターバックスクリーンに飛び込む。先頭打者ホームランだ。速水はゆっくりダイヤモンドを一周、監督、コーチほか選手全員から手痛い祝福を受ける。投手戦の様相で三回まで進み、三回の表ツーアウトランナー無しで速水の打順、センサーが二球目までボールと判定。三球目内角低目にスライダーが食い込んで来る。スイングをリードする右手がスムーズに出る。落ち際を捉えて二打席連続のホームラン。仲間達も唖然とした顔でスタンド入りする球を見送る。三回の裏、阪南アストロズが反撃に出る。先頭打者が二塁打で出ると次も続けて二塁打。二塁ランナーが生還して一点差、次の打者の送りバントでワンアウト、ランナー三塁。一番バッターに戻って打者は二巡目に入る。初球を見逃した後の二球目、ストレートが高目に浮いたところを叩かれ、センターに大きな飛球。タッチアップには充分な距離。速水は早目にフェンスぎりぎりまで戻ると猛ダッシュで前に走り、捕球するやいなや剛腕の義手で一直線にキャッチャーへストライク返球。ホームでアウトにすると三塁側から大歓声が挙がる。一瞬にしてスリーアウト。一点差の儘六回の表、先頭打者の速水はフォークを掬い上げる様に捉えて三打席連続ホームラン。敵も味方も呆れ返って速水を見る。八回の裏海勢シーウルブズの先発宮入が連打を浴びる。三連打で一点差、ランナーを二、三塁に残してリリーフの高山に交代。内野ゴロの間に一点入り遂に同点、しかしその後連続三振で後続を絶ち最終回へ。最終回、先頭打者が四球で出塁すると次の打者は速水、狙い澄ましたように初級を叩き四打席連続ホームラン。またしても二点差で高山がリードを守り切り、海勢の勝利でゲームセット。

お立ち台で速水は、「今日は球が良く見えていた。野球は素人の自分を入団させてくれた球団に感謝している。」と伝えて喝采を浴びた。

翌日のスポーツ紙やTVのスポーツニュースは速水一辺倒で金メダリストの奇跡の復活わ報じた。


海勢シーウルブズは投手陣が弱い。速水など打者が点を取ってもそれ以上に点を取られる。万年下位に甘んじていたシーウルブズだが、今シーズンは交流戦終了時点で三位に付けている。今日は二位のパイオニアアトラスとのホームでの一戦。一回の表アトラスにいきなり二点を先行される。その裏、先頭打者の速水、初球、二球目とも速水の右眼センサーはボールの判定、しかし主審の判定はストライク。ぎりぎり入っていると判断したようだ。三球目もセンサーはボールと判断、主審の判定もボール、ツーストライクワンボールからの四球目センサーは又してもボールと判断、しかし判定はストライク。速水の初めての三振となった。二回の表にはアトラスに大量五点を奪われ、速水はアンドロイド部に頼るのを止めた。アンドロイド部ではストライクゾーンに来た球は全部ヒットにしてしまうので、全打席をアンドロイド部に頼るとほぼ10割に近い打率になってしまう。その為、負け試合は左眼の肉眼でボールを見て、人間の脳の部分で反応してバットコントロールをする。自然にヒットは減り周りの疑いを招かない様にしている。八回の表、敗戦処理にテスト登板として同期入団の香坂がマウンドに上がった。二軍で好成績を挙げ今日一軍入りしたばかりだ。監督、コーチの期待通り残り二回をきっちり三人ずつで打ち取る見事なピッチングを披露した。

次の登板から香坂は、先発に回される事となった。香坂の先発入りでシーウルブズは成績を徐々に上げて行ったが、トップを独走していた阪南アストロズを捉え切れず、二位でシーズンを終えた。クライマックスシリーズの初戦、先発は宮入で必勝を期す。一回の表を0点に抑えその裏、先頭打者の速水がパイオニアアトラスのエース林の二球目をライト線に運び、俊足を飛ばして三塁打。二番打者が四球を選びノーアウト一、三塁、三番打者のショートゴロでダブルプレイの間に速水が還って一点先制。1対0のまま七回まで進み七回の表、宮入がツーアウトから四球を出し、次の打者にツーランホームランを浴びて1対2と逆転される。次の打者を抑えてその裏、先頭打者がヒットで出塁、次打者の送りバントでワンアウト二塁、一番に返って速水の打席、初球を見逃した後の二球目内角高目に入って来た速球を引っ張り、ライトポールぎりぎりに飛び込むホームラン。再びシーウルブズが逆転、八、九回を高山が抑え初戦を勝利。次戦の先発は香坂に決まった。一回の表を三者三振と上々のスタート。その裏、速水が先頭打者ホームランですかさず援護、次の打者もヒットで出塁すると五連打で四点、あっという間に5対0とリード。速水は同点に追い付かれるまではと、左側の人体部分でのバッティングに切り替える。香坂は快調に打者を打ち取り完封勝利。お立ち台で歓びを語った。


クライマックスシリーズのファイナルステージは首位の阪南アストロズとの一戦。しかしながら投手力の差は如何ともしがたく、香坂が二勝したものの他の投手がことごとく打ち込まれ、日本シリーズの出場はならなかった。

シーズンオフに入り岩本と一杯やる事にした。前回と同様船丘駅前で待ち合わせ、香坂も誘って三人で飲む。今日は女性がいないので気楽な店で飲む事にした。「香坂君か、後半戦は大活躍だったね。」香坂は交流戦後一軍に合流し、後半だけで10勝を挙げる活躍を見せた。「僕が投げると速水さんが、必ずホームランを打ってくれるんですよ。」「同期入団だから力が入るのかな。」速水は笑って応えた。「今度、香坂君の特集を組ませて貰おうかな。」「願ってもない事です。何時でも取材に来て下さい。」「もう契約更改は済んだのかい。」「僕は済みました。」速水が「俺もすんだよ。年末年始はゆっくりしたいから、向こうの言い値で一発更改だよ。」「そう言えばスポーツ紙にも出ていたな、確か10倍の1億3千万だったかな。」「速水さんは二冠を取って大活躍でしたからね。」速水は打率3.98、本塁打48本で二冠を取った。打率はプロ野球始まって以来の4割打者誕生かと騒がれたが、僅かに届かなかった。「ホームランは打ったけど、ランナーのいないソロホームランばかりだったからね。打点を稼げなかったね。」と残念がった。「僕も大幅増で8千万で契約しました。思い切ってプロテストを受けて良かったです。」「しかし、何で香坂君はドラフトに掛からなかったんだろう。」「球もそこまで速く無かったし、体幹が出来て無くてコントロールも悪かったですからね。」香坂はドラフトにかからず、失意のあまり社会人野球にも入らずに就職したが、トレーニングは欠かさなかった。「でも欠かさずトレーニングを続けてたら、球も速くなってコントロールも良くなりました。」「それでプロテストを受ける気になった訳か、シーウルブズは拾いものをした訳だ。その辺の事情も含めて特集しようかな。」「ありがとう御座います。」

駅前まで歩いて来ると速水が「電話をしてから帰るので先に帰ってくれ。」「早苗さんか。」「うん、そうだよ。ちょっと電話してみる。」「それじゃあ、お疲れ。」三人は駅前で別れた。

「早苗さん、今何をしてる。」「何もしてないわ、テレビも面白くないし、もう寝ようかなと思っていたところ。」「今から寄っても良いかな。」「嬉しい、大歓迎よ。」「今、船丘駅前だから直ぐに行くよ。」「待ってるわ。」

ほろ酔い気分で歩きながら、早苗のマンションを目指す。もうそろそろ12月に入ろうかと言うのに、寒さは全く感じない。マンションに着くと預かっていた鍵で部屋を目指す。インターホンを押すと直ぐにドアが開いた。「今日は、岩本と船丘駅前で軽く飲んでたんだ。」「そうだったの、何か飲む。」「何もいらない、早く早苗さんが欲しい。」「嬉しいわ。」

二人で寝室に入ると、服を脱ぐのももどかしく唇を合わせた。裸になりベッドに倒れ込むと、唇を合わせながら速水は早苗の秘めた部分に指を這わせる。既に充分潤っており敏感な粒を柔らかく擦り上げた。「アアッ」と声を上げると早苗は身体を入れ替え、速水の男の部分に口を被せた。早苗の秘めた部分が速水の目の前に露わになり、舌で敏感な粒をなぞり始める。早苗は盛んに男の部分を咥えたまま顔を上下に動かしていたが、くぐもった声で大きく声を挙げると顔を離してしまった。速水は身体を抜くと、目の前に有る早苗の濡れた秘部に男の部分を、後ろから突き入れた。早苗はひときわ大きな声を放つ。後背位で抜き差しを繰り返す内、早苗の秘部が速水の男の部分を強く締め付け「アッアッアー」と背を反らせ突っ伏してしまった。速水はまだ放出しておらず早苗を仰向けにし、両足を持ち上げて開かせ再度秘部に突き入れた。暫くすると早苗は感極まって「お願い、早く行って」と言ったきり絶頂に達してしまった。速水も早苗の絶頂に併せてようやく放出した。


「父さん、俺この家を出て一人で住もうかと思ってるんだけど、どうかな。」「何か都合の悪い事でもあるのか。」夕食時の事で有った。速水はここの処の活躍で顔が売れて来ており、電車でサインを求められる事が多くなって来た。「球場まで電車で行くには、顔が売れ過ぎて来てしまって大変なんだ。」「好きにしなさい。俊貴も有名人になって来て、これからもっと大変になるから良いんじゃないかな。」「ありがとう、それから車も買おうと思う。」母の貴子が「心配だわ、また事故を起こさないか。」「大丈夫、安全運転で行くから。それにオートブレーキ装置を付けるから安心して。」「気をつけてね、まあ、電車に乗るのも大変だろうから仕方ないわね。」「1月には引っ越そうと思う。」

12月の初旬、納車が間に合わないので、身体の定期メンテナンスにはタクシーで行く事にした。神経伝達研究所に着いて、秘書の戸村の部屋を訪ねた。戸村沙知は速水の顔を見るなり「久し振りですね。メンテナンスは一年に一度と言っても、本当に一年に一度しか顔を出さないんですね。たまには様子伺いに顔を出すものですよ。」「申し訳ない、気にはしてるのですが、シーズン中はなかなか顔を出すのが難しくて、気をつけます。」「嫌味で言ってる訳ではないので、気にしないで下さいね。プロ野球のシーズンについては、十分承知してますから。」と言いながら戸村は話しを続ける。「ところで、桜庭博士と山際は愛知県の方に難しい手術が有って出張中で、今日遅くには戻るのですが、研究所には顔を出さずに帰宅するそうです。」「それは困ったな。」「明日の午後1時にもう一度来て頂けると有り難いのですけれど。」「タクシーで来ているから一度、家に帰るのは面倒臭いな。」「速水さんが入院してた病室なら空いてますけど、泊まって行きます。」「個室だったしシャワールームも有ったから、そうさせてもらおうかな。」「夕食は此処の食堂で食べますか。」「そうさせて貰おうかな。」「下着はどうしますか。入院者用の紙パンツを用意しておきますか。」「お願いします。下着はシャワーの時に洗っておけば、明朝には乾いてるだろうから。」「それでは、そう言う事で。食事は料理長に頼んでおきます。」「ありがとう。」

食事のため食堂に行くと、終了時間ぎりぎりだったせいか誰も居なかった。給仕用のラックの中に一人分だけ食事が載っている。取り出してテーブルまで運び、給湯器で湯呑みにお茶を注ぎ食べ始める。暫く箸を進めていると料理長が顔を見せた。手には色紙を持っていて「速水さん、サインを頂けますか。」「喜んで、息子さんですか。」「ええ、今度高校に上がるんですけど、海勢のファンで特に速水さんの大ファンなんです。高校でも野球部に入ると言ってました。」色紙にサインを書いて渡すと「ごゆっくり。」と言って厨房に戻って行った。食事を終え部屋に戻り、さあどうしようかと考えていると部屋をノックする音がした。「どうぞ。」「下着と入院着ですけどパジャマ替わりに使って下さい。」と言って戸村が入って来た。「戸村さん、こんな時間まで仕事ですか。」「今日は博士も山際さんもいないので、私が泊まりなんです。」「大変ですね。ところで戸村さん、俺に癒して貰いたいとかおもったりしませんよね。」半分、冗談のつもりで速水は言ってみた。「私、そんなに軽い人間じゃ有りませんよ。」と言って暫く黙っていたが「でも、私も一年以上ご無沙汰だからお相手してもらおうかな。」「えっ本当に、言ってみるもんだね。嬉しいです。」「夜の9時に消灯ですから、その後そっと忍んで来ます。」戸村は秘密めかした笑いを残して部屋を出て行った。

戸村は9時を15分ばかり過ぎた頃にやって来た。妙に色っぽい笑みをたたえている。「おまたせ」緊張を隠す為かわざと軽く振る舞う。速水は無言で戸村の身体を引き寄せると、軽く唇をあわせる。舌を絡めながら戸村の服をゆっくり脱がせ、下着に手をかける。戸村は身体を離し自分で下着を取る。その間に速水も素早く服を脱ぎ全裸になる。男の部分は既に漲っている。戸村はチラッとそれを見ながらベッドに入る。速水も続けてベッドに入るとすぐに舌を絡ませる。乳房を柔らかく揉み上げ固くなった乳首を軽くつまむ。戸村が息を詰める。片手を秘部に移し陰唇をなぞる。秘部は十分に潤っており、じらすように感じる粒を避ける様に陰唇を撫で回す。戸村は焦れた様に腰を揺する。「意地悪しないで。」戸村がうめく。感じる粒に指を這わせると、戸村は感極まったように「アアアー」と声をあげると、速水の男の部分を掴み擦り始めた。戸村も負けじと感じる粒を柔らかく擦り続けた。戸村は背を反らせて大きな咆哮をあげると、一度目の頂点に達してしまった。速水は戸村の秘部に男の部分を充てがうと、一気に貫いた。戸村は脚を大きく開くと、速水の抜き差しに併せる様に腰を使い、「ウッウッウッ」と声を上げ続ける。戸村は何回も頂点に達し、速水が放出すると一際大きな声を発し、絶頂感にぐったりしてしまった。戸村は暫く快感に浸っていたが、起き上がると「充分に癒されたわ。」と笑って身支度を整えると、部屋を後にした。

翌朝、食堂で朝食を食べていると山際がやって来た。「どうしたの速水さん、こんなに早くから。」「昨日、身体のメンテナンスに来たのですけれど、博士も山際さんも出張中でいなかったから、出直すのも面倒で空いている病室に泊まらせてもらいました。」「そう云う事ですか、それは悪い事をしました。」「いえ、確認しなかった俺が悪いんです。」「それにしても速水さん、大活躍でしたね。でも、あまり目立ち過ぎると、日常生活が変わって予期せぬ事が起こったりしますから、程々にして下さいね。」「解りました。」「速水さんが朝から居るのなら、博士も9時半には顔を出すと言ってたから、博士にお願いしてメンテナンスは午前中にして貰いますか。」「それだと有り難いです。」「用意が出来たら呼びますから、ここでコーヒーでも飲んでて下さい。」暫く待つと戸村が「速水さん、メンテナンスの準備が出来ましたので、手術室の方に移動します。」と言って来た。速水が少しどぎまぎしてるのに、戸村は昨日の痴態などなかった事の様に平然としていた。女性の方がこう言う事には強いのかもしれない。

メンテナンスは二時間程で終わった。「関節部の摩耗もないし順調だよ。まあ、無理をしない程度二頑張りなさい。」「有難うございます。」戸村の所に戻るとタクシーを呼んでもらった。戸村はすました顔で「わかりました。」とだけ答えた。


キャンプが始まった。今シーズンは香坂も一軍スタートとなった。速水は相変わらず柵越えを連発して、周囲をうならせた。キャンプ終盤、速水は監督の高木に呼ばれた。「今シーズンは、三番を打ってもらおうと思っているからそのつもりで。」今年のドラフトで明海大学出身の富田を獲っている。俊足で出塁率の高い好打者だ。富田が出塁すれば、なんでもこなす器用な二番の中村が進塁打を放ち、速水で還すという算段だ。キャンプは順調に進み、後は開幕を待つだけだ。台湾でのキャンプを打ち上げ、オープン戦も終わりいよいよ開幕となった。速水は同じ千種市内ながら、球場とは降車駅の違う松原駅近くの賃貸マンションに入居していた。開幕の前日には早苗と心行くまで愛し合い、早苗も満足して帰って行った。

開幕戦は、ホームで青北ビートルズとの三連戦だ。青北は昨年は海勢と順位が入れ替わったが、元々Aクラスの常連で力は有る。海勢の先発はエースの宮入、初回は無難に三者凡退に打ち取った。その裏、先頭の富田がショートの内野安打で出塁、二番の中村がバントの構えからしぶとく一、二塁間を抜いてノーアウト一、三塁とした。続くは三番の速水、初球の落ちる球を、右眼の義眼センサーはボールと判定、二球目外角低めのストレートを、ストライクと判定するや右義手に伝達、思い切り振り抜いて鮮やかにスリーランホームラン。続く四番バッターの浜田も何と連続ホームラン。早々と四点を先制。この後、青北のエース田上は立ち直って後続を抑えた。速水はこの後、同点になる迄はサイボーグに頼るまいと決めた。海勢は四対三まで青北に詰め寄られたが、辛くも逃げ切った。

二戦目の先発には香坂が立った。速水はここても目立たない為に、香坂が踏ん張ってくれる事を期待して、五回まではサイボーグに頼らない事にした。案の定、香坂は五回まで一点も与えない好投を見せた。速水は六回の裏、初めてサイボーグに頼りツーランホームランを放つ。香坂にはこの二点で充分で、そのまま得点を与えず完封で勝利した。

速水は目立たない為に、試合の流れでサイボーグに頼る、頼らないを決めるようになっていた。第三戦は今シーズンから、今まで抑えだった浜村が先発に回り、今日が初先発となった。速水は様子を見る事にして、サイボーグに頼らない方を選択していた。浜村は一、二回を無難に抑えたが、三回に青北の下位打線に掴まった。連打で三点を取られた後、ようやくチェンジとなった。四回の表を抑えその裏、速水がサイボーグに切り替え、スリーランホームランで同点とした。同点のまま七回まで進み、浜村がまたしても連打を浴びる。二点を勝ち越されランナーを二塁に残したところで、抑えの高山に交代する。高山は後続を断ち切り、その裏ツーアウト、ランナー二塁で速水、フェンス直撃の二塁打でランナーが還り一点差。しかし後続が凡退で一点差のまま最終回へ。高山は九回を三者凡退に切って取る。九回の裏、ワンアウトから富田がヒットで出塁。中村の一塁線の当たりを一塁手が上手く捕り、一塁ベースを踏んで二塁に投げたが富田の足が速く間に合わず、二塁はセーフ。次の打者は速水、初球のスライダーを捉え、逆転のツーランホームランがサヨナラとなった。ホームに還って来た速水はベンチの選手から、手痛い祝福を受けた。

開幕三連戦を三連勝とした海勢は、その後も順調に勝ち星を伸ばして行った。

残り10試合というところで、海勢はパイオニアアトラスに勝てば、何と22年振りに優勝が決まるという所まで来ていた。今日の試合はアウェーで先発はエースの宮入。三回まで無難に打ち取っていた宮入だが、打者が一巡した所で捕まった。ワンアウトを取った後、二塁打の三連打で二対〇尚もランナー二塁でパイオニアの四番バッター馬場にツーランホームラン、四対〇となってピッチャー交代。中継ぎに間宮が出て来て何とか抑え込む。七回に進みトップバッターで速水、サイボーグに頼らず打った打席でソロホームラン。しかし、その後もチャンスはなく四対一で敗戦、優勝は翌日に持ち越しとなった。

翌日の先発は香坂、初回ツーアウトで速水の打席、初球のストレートを見逃したアドの二球目、バックスクリーンに豪快に打ち込む。サイボーグの真骨頂だ。一対〇のまま四回の表、ランナー一塁で速水、ツーボールからの三球目、ライトフェンス直撃のツーベースヒット、一塁ランナーの中村が一気に還って二対〇となる。その後も香坂は軽快なピッチングを続け、速水も様子を見ながらサイボーグに頼らない。結局二対〇で香坂が完封勝利し、海勢は22年振りの優勝を果たした。

ホームで胴上げされたパイオニアの選手達は口惜しそうに見つめるだけとなった。

優勝が決まって、二軍の有望選手が一軍に上がって来た。数人のレギュラーが、クライマックスシリーズの為に休養に入ったが、速水はホームラン王争いをしており、休養に入れなかった。速水にとってはホームラン王を取ると三冠王になるが、速水にとっては三冠王より早苗と過ごしたかった。

最終的にはホームラン52本で、打率、打点王と合わせて、二年目にして三冠王となる快挙を達成した。


殆ど休みも無いまま、クライマックスシリーズに入った。ファーストステージは、今シーズン三着に甘んじた阪南アストロズが、二連勝でパイオニアを降しファイナルステージへと上がって来た。

ファイナルステージは、海勢が一勝のアドバンテージを貰いながら、最終の第七戦までもつれ込んだ。阪南のピッチャーは大リーグから移籍して来て、今期13勝を上げたフェルナンデス。対する海勢はこれも今期絶好調の香坂。初回ツーアウトの後、速水がステージ5号目となるホームランを、サイボーグの右腕が豪快に右翼スタンドに放り込む。香坂もテンポ良く相手打者を打ち取って行く。様子を見ていた速水は、七回にサイボーグに切り替え、再びソロホームランを放つ。香坂がハイタッチで速水を迎え入れる。

最終回、香坂のストレートが甘く入ったところを、阪南の四番打者、杉浦にホームランを打たれるが、後続を抑え二対一の完投勝利で日本シリーズ進出を果たす。

日本シリーズは初戦を香坂、二戦目を宮入、四戦目を香坂で勝利し日本一に王手をかけたが五、六戦目を落として逆王手を掛けられ最終戦に日本一を掛ける事となった。

七戦目、阪南の投手はエースの山下、対する海勢は香坂、この二人の対戦は当然の事の様に投手戦となった。速水は早い回でホームランを打ち、香坂を楽にしてやる事も考えたが、試合を面白くする意味でもサイボーグに頼らない事にした。阪南の山下も見事なピッチングだが、それ以上に香坂は凄かった。ノーヒットピッチングに四死球もなく、パーフェクトなピッチングを続けていた。七回裏、速水は一瞬サイボーグに頼ろうか迷ったが、人間の速水のままにした。香坂のパーフェクトピッチングは続き、〇対〇の儘九回の表、阪南の七、八、九番打者を難無く抑える。九回の裏、ツーアウトととなり速水が最後の打者。初球の外角高目のストレートをサイボーグの右眼センサーが捉え、右腕に指示を出す。鋭く振り抜き左中間スタンドに放り込む。サヨナラホームラン、真っ先に香坂が飛び出し、ホームベースを踏む速水を迎える。

日本シリーズ進出を、香坂の完全試合が華を添える形でクライマックスシリーズは終わった。


日本シリーズはリーグ一位の毎日エンゼルスとの対戦となった。強力打線を軸に今シーズンは、圧倒的な強さを見せた。ホームでの戦いを一勝一敗で終えた後、アウェーでの戦いを二勝一敗と勝ち越した。ホームに戻り初戦を宮入に託したが、五回までに大量失点し、五分に戻された。最終戦は毎日がスティーブ、今季大リーグから移籍して来ていきなり15勝を挙げている。海勢は今季の絶好調の香坂。当然の事ながら投手戦が予想された。ところが蓋を開けてみると、とんでもない乱打戦となり、双方選手を出し尽くす総力戦となった。三回までは、スティーブ、香坂ともに上々の滑り出しを見せた。ところが打者が二巡目に入る四回、香坂が先に捕まる。無難にワンアウトを取った後、今迄の疲れが出たか急に制球を乱し、二つのフォアボールの後、二者に続けて長打を打たれ、あっと言う間に三点を取られる。尚も二塁にランナーを残して、六番打者にツーランホームランを打たれ降板となった。二番手の投手がここは踏ん張ってスリーアウトにこぎ着けた。その裏、今度は海勢が猛攻を見せる。一番、二番の連続ヒットの後速水の打順、速水は今日は香坂の登板で様子見かと思っていたが、香坂の降板で早目にサイボーグへの切り替えとなった。速水はスティーブの渾身のストレートを、左中間スタンドに叩き込んだ。更に浜田がツーベースヒットで続き、五番がセンターフライに倒れた後の六番打者のヒットで浜田が還り四対五と1点差まで来た。その後も取れば取られるの打ち合いとなり最終回を12対16の4点差で迎えた。海勢は投手総出陣で高山を残すのみとなった。高山は最終回を打者三人で斬って取り、最後の打線に期待となった。下位打線で直ぐにツーアウトになりこれまでと思われたが、九番打者がしぶとくフォアボールを選ぶと一番に返り、富田が内野安打で続く。更に二番の中村がライト前のヒットで一人が還り、尚もランナーが一、三塁で速水。ツーボールの後の三球目を義腕が鋭く振り抜き、スリーランホームランで土壇場で同点に追い付く。

延長戦に入ると行き成り高山がアクシデントに見舞われる。ワンアウトを取った処で人差し指の爪が割れ登板不可能となった。投手が居なくなり監督、コーチが相談するなかで、速水がピッチャーを買って出た。監督も速水にピッチャーをやらせる決断をした。速水の投球は、義眼センサーが相手打者の僅かな動きを解析し、義腕に打者の狙い玉を外す司令を出して討ち取るものだった。案の定、残りの打者を凡打と三振に斬って取り、監督、コーチを安心させた。ところが又してもアクシデントが速水を襲う。最初のバッターを打ち取った時に、折れたバットが速水のサイボーグ部の右肩を直撃した。一瞬折れた部分の尖った先が肩に刺さった様に見えたが、速水が咄嗟に抜き取った。当然、痛みもないし出血もない。一塁手と捕手が心配して近寄って来た。「大丈夫か、刺さった様に見えたけど。」捕手の吉原が心配そうに覗き込んだ。「大丈夫、ユニフォームを掠っただけだから。ほら、血も出てないし。」「そうか、投げられそうか。」「投げられるよ。」速水は笑って腕をぐるぐる回して見せた。」「良かった、もう投げられそうな選手はいないからな。」

ゲームが再開された。速水はこの時、自分の身体が重大な事態に陥っている事は解らなかった。速水は後続の打者を連続三振にしとめた。海勢の攻撃も三者凡退に終わり、いよいよ延長の最終12回、速水は毎日の攻撃を三者凡退に打ち取った。海勢最後の攻撃、ワンアウトで速水、初球をフルスイング打球はバックスクリーンの上段に吸い込まれる。スタンドは割れんばかりの歓声、ホームを踏んだ速水を祝福の嵐が包む。ホームスタジアムからほど近いホテルでの祝賀のビール掛けも、速水が中心だった。祝賀会がお開きになると速水は、ホテルには泊まらずタクシーで自宅マンションに帰った。何となく疲れが溜まっているようで、シャワーを浴びるとぐっすりと寝てしまった。


翌朝、スマホにアラーム音が鳴っているのに気が付いて目が醒めた。誰かのメールかなと思いスマホを見ると、サイボーグ部の異常を報せるアラームだった。状況を見ると電極部の損傷で補助バッテリーが働いており、残りが二時間しかないとの警告だった。速水は急いで神経伝達研究所に電話をした。秘書の戸村が出ると直ぐに山際に繋いでくれた。山際は「バッテリーが切れると脳への伝達がなくなり、脳死状態になるので急いで研究所まで来て下さい。」と緊張した口調で話した。「しかし、警告は12時間前から出るのですが、気が付きませんでしたか。」「祝賀会が有って呑んでたし、帰ったら直ぐに寝てしまってね。」「そうでしたか、此処までどの位でこられますか。」「1時間40分くらいですか。」「それでは急いで下さい。」

速水は駐車場に向かった。空を見上げると、秋なのにどんよりした曇り空で、昨日までの快晴が嘘のようだった。

道路は混んでいた。スマホでナビを開くと、最短ルートでも二時間半と出た。暗い気持ちになる。抜け道を探すにも、抜け道に出るでの国道が軽い渋滞でのろのろと進む。研究所に繋がる県道に入った時には、残り15分を切っていた。速水はスマホに示すバッテリーの残量が無くなる二時間が経った時、突然意識を失った。車は路肩の方に進み、自動ブレーキシステムが働いて停車した。速水はもうピクリとも動かない。奇しくも反対車線ながら、速水が事故を起こした場所と寸分違わぬ場所で事切れることとなった。













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