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聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした②


 一夜明け、目を覚ました少女を国王陛下は呼び出しました。

 年齢が近い事、身分の高さ、そして、ゆくゆくは王族の仲間入りをするわたくしは彼女の世話役を申しつかっております。それを説明しても、彼女はぽかんとしておりました。しっくり来ないと言っていたのは、まだ事情が飲み込めていないからでしょう。とにかく身支度をさせて、わたくしは彼女と共に謁見の間へと向かいます。

 謁見の間には国王陛下と王妃陛下、それから二人の王子がおりました。宰相や大臣も揃っております。その雰囲気に、彼女が身を堅くしたのが分かりました。重鎮の皆様が揃っておいでですからね、無理はないでしょう。

 がちがちに緊張する彼女の背を押し、陛下の御前へと向かいます。わたくしが跪いたのを見て慌てて真似る彼女の、なんと拙い事か。でもそれも仕方がありません。彼女は、異世界の住人なのですから。


「面を上げよ」


 陛下の声にわたくしが従うと、彼女もそれに倣います。予め、わたくしを真似るよう伝えておいて良かったと、内心で安心しました。


「直接の問答を許す。そなた、名はなんと申す?」

「あたし……いえ、私、ですか?」

「そうだ。名は?」

「私は、香月(こうづき)深雪(みゆき)と言います。あっ、深雪、が名前です」

「ミユキ、というのか。不思議な名だ」


 陛下はご自身の髭を撫でられました。思案なさっている時の仕草です。


「貴殿は今どういう状況なのか、把握されているか?」

「レイア様に少し伺いました。ここはパントライトという国で、私は女神様から遣わされた存在である、と」

「そうだな。その通りで間違いない。して、ミユキよ。貴殿が女神様より賜った命は何だ?」

「めい?」


 ひとつ呟いて、ミユキは瞬きます。どうしたのでしょう。


「めいって……何の事ですか……?」

「命は命だ。女神様に、なにか申しつかっているのではないか?」

「申しつかって……?」


 怪訝そうに眉間に皺を寄せたミユキは考え込むように俯くと、少ししてからはっとしてこちらを向きます。その瞳は揺れていて、困惑の色が濃かったのを覚えています。


「レイア様。あたし、向こうで眩しい光に包まれて、それで目が覚めたらこちらで……何の事だか分からないんですが」

「女神様にお会いしたのではないの?」

「ええと、その……女神様っていうのがなんなのか、さっぱり……」


 わたくしは呆れてしまいました。妃教育を受けていたというのに、それが態度に出てしまいます。


「わたくしが説明した時に何も言わなかったのはなぜ?」

「ええと、その、比喩みたいなものだと思って……! 本当に女神様が遣わしたって事になってるだなんて思わなかったんです……!」


 わたくし達は小声で話しておりましたが、室内が静まり返っていたこともありその場の全員に内容が伝わってしまいました。ざわざわと大臣達が囁き合って、静けさはどこかへ消えてしまっています。

 それがミユキの焦りを大きくしてしまったのでしょう。目に涙を浮かべる彼女は、体を縮こませておろおろと周囲の様子を窺っていました。

 わたくしから見れば、その仕草はあまりにも淑女と掛け離れた無様なものでした。

 でも、そんなミユキを熱の籠った目で見る者もいたのです。

 それは他ならぬわたくしの婚約者、第一王子のロイド殿下でした。


「殿下?」


 その面差しにどこか不安を覚えます。殿下の視線はミユキに釘付けだったのです。殿下のそんな様子は、婚約者となってからの十年で初めて見るものでした。

 驚くわたくしの前で、殿下はこちらへと歩みを進めます。ええ、まっすぐ、ミユキに向かって。

 

「聖女は召喚時の衝撃で混乱しており、女神様からの勅旨を思い出せずにいるのだな」

「えっ?」


 そう言うと、殿下はミユキの手を取ります。

 それはとても珍しい光景でした。ロイド殿下は第一王子ということもあり、女性とは距離を保つよう心掛けておられたのです。

 それなのに、殿下はミユキの手を取られたのです。これにわたくしは大変驚きました。思わず目を見張りまじまじとその様子を窺ってしまいます。

 ロイド殿下はどこかうっとりとしてミユキを見つめておりました。喜びを湛えたような表情はこれまでわたくしですら見たこともないもの。両陛下も、そんな殿下をぽかんと見ております。


「無理をしなくていい。養生をするうちに思い出すだろう。元より王家は聖女を保護するのが役目だ、その点は心配しなくとも良い」

「は、はあ……」

「聖女様にはしばらく休んで頂き、少しずつこちらの生活に慣れて頂こう。レイア、引き続き聖女様の世話を頼む」

「……はい、殿下」

「陛下、それで宜しいですか」


 捲し立てる殿下に、呼ばれたためでしょう、国王陛下がはっとして咳払いをなさいました。

 お気持ちは分かります。こんな様子の殿下は見た事がございませんもの。


「まあ、いいだろう」


 陛下は様子を見る事にしたようです。それに異存はございません。


「ロイド。聖女様に纏わる事柄はお前に一任する」

「御意に」


 こうして聖女ミユキ様とロイド殿下、そしてわたくしの生活が始まったのです。


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