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短編(単発・企画)

ダ・ヴィンチの啓示〜天が照らす残穢〜

作者: ディスマン
掲載日:2024/03/30

公式企画に挑むのは初です。


本当は、私が連載している「アンフェール」という推理小説のネタの一つだったのですが、今回のために全く別の謎を4日かけて考案しました。しんどい。

ぜひ、私の「メッセージ」がテーマの推理小説をご鑑賞ください。そして他の方々の推理小説も楽しんでいってください。


【この小説に登場する建築物・美術作品・文献・場所は全て実在します】

 私は、国立西洋美術館に来て中世の西洋画を見るのが好きだった。


 現代アートも嫌いなわけではないが、芸術家本人の技術と熱い想いがわかりやすく込められているのは、どちらかといえば西洋画だと思う。

 現代アートは絵の上手さや描画技術よりも、着想やアイデアに価値があるとされている。発想力によって、絵が上手くない人でも独創的な作品が作り出せるし、評価もされる。だから、現代では芸術の定義がかなり曖昧で、不透明となっている。決して悪いとは言わないが、先人たちの築き上げてきたものが時代によって変えられることに対して、少し寂しく感じる自分がいる。

 その点、西洋画は素晴らしい。特に宗教画は圧倒されるものがあった。文献や言伝でしか残っていないのに、あんなに宗教の世界を忠実かつ想像力豊かに描けるのは、絵心が多少ある私から見ても素直に尊敬する。





 土曜日の夕方、人気の少なくなってきた東京国立近代美術館前で、三人の男女が駄弁っていた。


「いやあ、日本人の近代アートも見応えあったな。あ、そういやもうすぐダ・ヴィンチの特別展が始まるんだっけ?」


 ワクワクした面持ちで話しているのは、美術鑑賞仲間の富澤(とみざわ)勇翔(ゆうひ)だ。彼はフリージャーナリストで、世間に蔓延る噂話を調査して新聞社や出版社に売り込みをしている。国内に限らず、時には世界各国にも取材に行くため情報はかなり広い。

 まだ5年とキャリアは浅いが、だからと言って噂が真実でも、それを弱みとして握るような悪人ではないのは確かだ。その点では、彼は真摯(しんし)な記者とも言えるだろう。


「そうそう! モナ・リザが最後に来日したのだって1974年が最初で最後よ? こんなチャンス滅多にないわ」


 モナ・リザを誰よりも楽しみにしているのは、同じく鑑賞仲間の如月(きさらぎ)(うい)だ。こっちは富澤とはまたジャンルが違い、風景画をメインに撮っているプロの写真家である。

 普通の写真家と少し違うのは、彼女は天体の明るさとの組み合わせにこだわりを持っている。そのため、美しい写真を撮るのが上手く21歳の若さでありながら今人気急上昇中の売れっ子だ。


「西洋画で、しかも宗教や神話関連となればお前の方が詳しいだろ?」

「アタシは風景画ばっかだから、アンタの解説聞くのが楽しみだわ。ねぇ大光寺(だいこうじ)さん?」

「あまり期待をしないでくれ。私はあくまで芸術学が専門で、宗教とかはその関連ついでに知っているだけさ。それに、意外と日本神話だって詳しいよ?」


 そして、私こと大光寺信利(だいこうじのぶとし)も彼らとは芸術鑑賞では長い付き合いとなる。東京藝術大学の芸術学教授である私は、彼らよりは一応芸術に触れる機会が多いし知識も深い。そんな私と彼らとのきっかけは、なんてことはなかった。昔、私が諸橋(もろはし)近代美術館でダリの作品を鑑賞していた時、彼の有名な絵画『記憶の固執』の時計に(あり)が群がっていることについて二人が考察している姿を見つけた。つい学者の血が騒いでしまい、乱入して蟻の解説をしてしまったのが出会いの始まりだった。

 ダリにとっての蟻は、「腐敗」という概念を象徴している。 このイメージは、ダリが5歳のときに目撃した、昆虫が蟻に食べられるという出来事からきている。死体に群がる蟻、つまり死そのものを表しているのだ。こんなことを熱心に説いたのを今でも覚えている。


「確かにな。まあどっちにしろ見ない理由はない」

「そうね。美術館に一切行かないような人でもモナ・リザとか最後の晩餐は見たいでしょ」

「言えてるな。開催は来週だっけ?」

「ああ。来週までは、各々仕事に勤しむことだな」

「そうね。じゃあ、また来週!」

「お前らもな。集合時間に遅れるなよ?」


 本日の美術鑑賞を終えて、来週に国立西洋美術館で行われるダ・ヴィンチ展での再会を約束し、それぞれ帰路についた。

 地下鉄に向けて歩いていく大光寺の足取りは軽かった。来週はダ・ヴィンチ展なのだ。フランスのルーヴル美術館に行くしかなかった今までとは違い、来週はそれが日本に来るのだ。それに、あの二人と楽しみ楽しませるためにも、しっかり予習せねばならない。大光寺は、明日は書斎の本を読みまくる日にしようと決めた。






―――――――――――――――――――――

ダ・ヴィンチ展 開催前日


 月が太陽を追い出し、空を支配した午前0時。

 一人の男が、冷たい足の地面を必死に()いつくばっていた。腹部を刺されたのだろう、這った後に赤い尾が引いていた。辺りには、血が掛かったガラス片が散乱している。地面に自分の血で殴り書き、遂には体を引き摺る力もなくなり、仰向けに体を投げた。

 もう、指一本も動かない気がした。実際に、気力も体力も残っていなかった。


「頼むから・・・辿り着いてくれよ。・・・お前らなら、心配ないか・・・・・。」


 失血で意識と鼓動が薄れていく男の顔は、苦痛ではなく何かを託し終えたような、安らかな表情だった。



―――――――――――――――――――――

ダ・ヴィンチ展当日


 上野駅の公園前で待ち合わせしていた大光寺は、スマホの時計を確認しながら先に二人を待っていた。待ち合わせ時刻の9時頃、如月が改札を通ってくるのが見えたので手を振る。私に気づいた如月も元気に手を振り返してきた。


「おはよう!」

「おはよう」

「あれ? 富澤さんはまだなの?」

「ああ。開館前から並ばないと結構待つって言ってあるのにな」

「どうしよう・・・先に正門で待つ?」

「うーん、そうしようか。後で来たなら電話でも寄越すだろう」



 結局、待ち合わせ時間に来なかった富澤を後にして美術館正門で順番待ちをすることにした。

 国立西洋美術館は上野駅を上野公園側の改札から出て、公園に入ってすぐ右側に見えてくる。到着はすぐだったが、やはりダ・ヴィンチ展が目当ての人だかりができていた。もっと時間を早めておくべきだったかと考えていると、何やら雰囲気がおかしい。

 大光寺は西洋美術館に何度も来ているし、門前で並んだこともある。故に、この人だかりはそれとは違うと勘づいた。

 人の合間を縫っていくと、最前列から中の様子が見えた。美術館敷地に(そび)え立つロダンの彫刻『地獄の門』から血痕が延びており、その先に男性の遺体があるのが見えた。どうやら殺人事件が発生したようだ。

 また、その男性の顔が仰向けで見えやすかったので目を凝らしてみると、驚くことにその男は富澤だった。青白い肌であるのがここからでも分かる。

 今日待ち合わせしていたはずなのに、なぜ彼は殺されたのだ・・・?

 そして、なぜ美術館の敷地内に居るのだ?

 私が実は薄情者なのかもしれないと思えるほどに、私の脳は感情よりも謎に対する疑問が先行していた。

「富澤・・・!?」

 如月も気づいて思わず声を上げた。すると、その声を拾った門の警官がこちらに近づいてきた。

「あの、すみません。貴方達は富澤勇翔さんとご関係ある方ですか?」

 警察は私たちに用があるそうだ。富澤との関係性を聞いてきた。

「は、はい。鑑賞仲間の如月と大光寺です」

 如月が代わりに質問に答えた。私も一応、警官に反応を返す。

「どうも・・・」

「・・・・・・申し訳ありませんが、ちょっと現場に来てくれませんか?」

「え?」

  私達の名前を聞くと、警官はなぜか私達を現場内に招き入れた。何も分からない状態で、成すがままに案内された先には、横たわる富澤の死体とスーツを着た一人の男性がいた。男性がこちらに近づいてきて、手帳を見せながら自己紹介を始めた。


「大光寺さんと如月さんですね。私は、捜査一課の一之瀬和彦(いちのせかずひこ)です。貴方がたは、本日の9時に富澤勇翔さんと上野駅前で待ち合わせの予定でしたね?目的は、ここのダ・ヴィンチ展を一緒に見るため」

「そうです。でも、なんで知ってるんですか?」

「彼の持ち物にあった手帳に、今日の予定が書かれてありました」

 一ノ瀬が二人に富澤の手帳を開いて見せてきた。その内容は「9時、上野公園前 大光寺 如月 ダ・ヴィンチ」と、確かに富澤の字で書かれていた。予定を単語で書くのが彼の癖だったから、間違いない。

「そして、これは我々から折り入ってのお願いなのですが、捜査に協力してくれませんか」

「え?・・・重要参考人とか容疑者ではなく、協力を?」

「はい。その理由がこちらです」

 一ノ瀬は大光寺らを富澤の傍まで連れていき、床に書かれたあるものを見せた。

「血文字?」

「はい。彼の血で書かれたものなのは確かです。右手の人差し指に血液と床の砂が付着してました」

 そこには富澤の血で「大光寺信利と如月憂の導きよあれ」と書かれていた。富澤は最後に、私達にメッセージを残して死んだのだ。私の無念を晴らしてくれ、と伝言を置いて逝ったのだ。

 富澤の最後の声のように、血文字から彼の声が聞こえてくるような感じがした。美術鑑賞という繋がりでしかなかったはずなのに、親友を失ってしまったかのような悲しさが今になってこみ上げてきた。

「この血文字のおかげで、貴方たちは容疑者ではないと判断されました。ご友人のためにも、協力をお願いいたします」

 一ノ瀬が頭を下げてきた。だが、そんなことをするまでもなく彼らの腹は決まっていた。


「頭を上げてください一ノ瀬さん。そんなことしなくても、当然協力しますよ」

「命をかけた美術仲間のご指名だもの。無碍(むげ)にはできないわ」


 快く引き受けた大光寺と如月に、一ノ瀬は感謝の意を述べた。そうと決まれば、心を切り替えて富澤の命を奪った事件を解決に導かなければならない。

 大光寺は、早速一ノ瀬に遺留品や死亡推定時刻を尋ねた。

「まず、富澤の遺留品とかに何か変なものはありましたか?」

「いや。財布も時計も奪われていないし、手帳もあの予定が最後に書かれたページでした。以降のページには何も・・・」

「死亡したのはいつですか?」

「鑑識によると、死亡推定時刻は今日の午前0時過ぎですね」

 遺留品はない。そうなると、富澤自身から事件の鍵は出てこないことになる。財布が無事の時点で強盗目的ではないのは確かなようだが、この場所のおかげでもう一つの路線も消えることになる。

怨恨(えんこん)もないだろう」

「何で?」

「富澤に恨みがあったとして、なんで美術館で殺す必要がある?」

「確かに・・・」

 富澤が怨恨で殺されるなら、場所はどこでもよかったはずだ。なのに、犯人は富澤をわざわざ美術館で殺している。そもそも、富澤は何で深夜にここに来たんだ?

「深夜なら美術館には警備員程度しかいないはず・・・。なのに富澤は警備に見つかっていない。無理矢理侵入したとして警報も鳴っていない。つまり、犯人が中に招き入れた可能性が高い」

「では、犯人は内部の人間の・・・?」

「いや、そうとは限らないです。深夜の美術館で部外者を殺したら、真っ先に美術館関係者が疑われる。富澤を外から招き入れといて、そんなリスキーな選択をするか?」

 ・・・ダメだ。今の私たちには判断材料が圧倒的に足りない。まずは、犯人を探すことしかできない。富澤がなぜここに来たのか・・・。その答えは、犯人から直接聞き出すことにしよう。


 大光寺は、ふと目に入った富澤の血痕を目で追った。その先には、美術館前から見えた地獄の門が建っている。禍々(まがまが)しくも美しい彫刻が、自分に『私は事件の目撃者だ』とでも言っているような気さえした。

 大光寺が門を見上げていると、如月と一ノ瀬が話しかけてきた。

「門なんてじっと見て・・・この門と富澤に何か関係があるの?」

「血痕は確かにこれから続いてますが、この彫刻と関係あるとは・・・」

「何が関係しているか知らないが、わざわざ富澤が地獄の門からあそこまで血痕を引いたんだ。何かあるはずだ」

「何故、彼が意図的に引いたものだと?」

 大光寺は自分の分析を二人に言った。

「私はそこまで詳しくないが、これだけの出血なら、なるべく安静にしようとして動かないのが普通だ。痛みもあることだし、尚更(なおさら)体が強張(こわば)るだろう。そんな状態で(わざ)と自分の血で跡を作ったということは、この門に何か彼の意思が隠されていると考えられる」

「なるほど。・・・・・・そもそも、ロダンって人が有名なのは知ってますが、地獄の門って何ですか?」

 次は一ノ瀬が、地獄の門について疑問を投げかけた。大光寺は一ノ瀬に、地獄の門が一体何なのかを解説した。

「この地獄の門は、ロダンという彫刻家が作ったものだがモデルが存在する。それが、ダンテという詩人の『神曲(しんきょく)』だ。神曲は地獄(じごく)編・煉獄(れんごく)編・天国(てんごく)編の三部作で構成されていて、これはその地獄編。ダンテが地獄へ行く時に潜った門を再現したものだ」

「へえ〜」

 一ノ瀬と如月が大光寺の解説に関心する。如月も芸術鑑賞は好きだが、彼女は現代アートが好みなので、こういった中世や近世とかのレトロな芸術には疎かった。

「地獄の門に目を向けたかった富澤の狙い・・・。とすれば、アレだな」

「アレって?」

 如月が、大光寺の指す"アレ"とは何かを問いかけた。それは、地獄の門と深い関係がある彫像のことだった。

「地獄の門にはスピンオフが存在する。考える人って言えば分かるかな?」

「え! 考える人の元ネタってこと!?」

 如月が驚愕する。考える人と地獄の門に接点があるなんて思わなかったようだ。

「考える人なんて言われているが、実は彼は考えているわけじゃない」

「考える人なのに考えていないんですか?」

「ええ。この門のどこかに彼がいますので、探してみてください」

 一ノ瀬と如月が地獄の門を隅から隅まで見ている。少しして、数歩離れて見ていた如月が、門の頂点に座り込んで思考に(ふけ)る姿をした男がいるのに気づいた。

「あ、いたわ!あそこよ、門の一番上」

「おお、確かにいますね」

 如月が指を指して一ノ瀬に場所を示す。一ノ瀬も門を見上げて、門の上にいる男の姿を視認した。

「正解。で、あの男はどう見える?」

「どうって・・・う〜ん、考えているというより・・・」

「・・・・・・こっちを見下ろしている、という感じですか?」

「そうそれ!」

 一ノ瀬の言う通り、考える人は低い位置で見るから考えているように解釈される。本当は、門の上から下を見つめているのだ。

「考える男は、実際は地獄に堕ちる人を見つめているんだ。もしかしたら、富澤から犯人への当てつけかもな。お前は地獄に堕ちるんだぞって・・・」

 富澤がそんな意味を込めたのかは分からない。でも、もしそうだとすればアイツも中々やる男だと関心する。


 いや、そんな感傷に浸っている暇はない。大光寺は意識を門に戻した。

「で、この地獄の門で心当たりがあるのはそれくらいだが、他に何かあったかな?」

 大光寺が悩みながら門の彫刻を見ていると、如月が「あっ」と声を漏らした。

「どうした如月?」

「門の横にも、男と女の人がいます」

「何? あーそういえばあったな」

 門に集中していて忘れていたが、地獄の門の横には、それぞれ男女の彫像が建っている。向かって左にはアダムという男の、右にはエヴァという女の像がある。これは、旧約聖書で有名な原初の人類アダムとイヴの彫像なのだ。

 この像にも何かあるのかもしれない。そう思い、アダムに近づいたがどの角度から見てもメッセージとか何か書いてあるわけでもない。反対側のエヴァを調べている如月を見てみるが、こっちを見て首を横に振っている。怪しいものは何もなかったようだ。

 やはり、門にまだ何かあるのか、それともやっぱりアダムとエヴァに?

 そうして思考を巡ら二人を少し遠くから見ていた一ノ瀬が、ある事に気づいた。

「・・・・・・ん?」

「どうしました?」

 如月が、何かに気付いたであろう一ノ瀬の元へ行く。


「いえ、ただのこじつけかもしれませんが・・・・・・あの彫像二つと考える人を結ぶと、()()()になるなと思いまして・・・」


「三角形?」


 三角形という言葉自体に心当たりはないが、何かが大光寺の思考に引っかかった。

アダムとエヴァ・・・

地獄の門・・・

ダンテ・・・





「・・・なるほど、これは確かに」

「大光寺、どうしたの?」

 如月が話しかけるが、大光寺はそれどころではなかった。一ノ瀬の言葉で、三つの彫刻を結ぶ完全な線ができた。それと同時に、次に行くべき場所も示された。

「地獄は、ダンテの詩では創造主が造ったとされている。そして、アダムとエヴァは創造主が作った最初の人類。この共通点は?」

「あ、神様!」

「そうだ。そして、一ノ瀬さんが言っていた三角形。これはキリストと聖霊と唯一神の三位一体を表している」

「なるほど・・・でも、だから何なの?」

 大光寺の推理で、三つの彫刻が表す意味は分かった。しかし、それと事件に何の関わりがあるのかはピンとこなかった。

 如月の疑問に大光寺が付け加える。

「こんな時期に事件が起きたこと自体が、次に行く場所を示しているんだ」

「ダ・ヴィンチ展のことね」

「ああ。私の考えが正しければ、ダ・ヴィンチ展に隠された何か秘密を知ってしまったから、富澤は消されたと考えられる。彼はジャーナリストだから、秘密を知ってしまってもおかしくない立場だ」

「それで・・・」

 二人の考えに、一ノ瀬が待ったをかけた。

「ちょっと待ってください。ダ・ヴィンチが関係するのは分かりましたが、何を調べればいいんですか? 作品を一つ一つ調べるわけにもいかないでしょう」

 確かに、出来なくもないがかなりの時間が掛かる。それに、もし芸術や宗教絡みの手掛かりだった時に、それが分かる人間はここの警察には一人もいない。つまり、時間のコストが高すぎる。

 だが、ダ・ヴィンチに繋がる証拠はもう一つある。

「すみません、ちょっとガラスの破片を集めてくれませんか?」

「ガラスって、この散らばってるやつをですか?」

「はい。血がついているものだけで構いません」

 他の警官も使って、富澤の周りに散らばっている血がついたガラスだけを一箇所に集めた。そしてそれぞれを比較して、血の断面が組み合わさるものを繋げていく。

「まさか、ガラスにも血文字が・・・?」

「ああ。ダ・ヴィンチは暗号が好きでね。左手で文字を書いていたし、しかもそれを反転させて書いていた。鏡に映すと字が読める"鏡文字"という暗号さ。だから富澤は、ガラスに字を書いたんだ」

 全てのガラスをくっつけて、写真を撮る。それをアプリで左右反転させると、アルファベットで書かれたメッセージが浮かび上がった。しかし・・・

「・・・読めないな」

「英語なら読めるが、これはヨーロッパ圏の別の言語だな」

 それは英語ではなく、別の言語で書かれていた。恐らくはダ・ヴィンチに因んでイタリア語なのだろうが、私には読めなかった。すると、如月が急に言葉を紡ぎ出した。


「私はキリストによって救われ天に昇る。そして、愚者は地獄に呑まれるが、光を見た者は神のおわす天を垣間見る」


 如月がイタリア語を翻訳した。彼女がイタリア語を読めるなんて初めて知った。目を点にして如月を見ていると、彼女は私を見て「イタリアで写真を撮る仕事があったから勉強したの」と笑って答えた。なるほど、それなら読めて当然か。

「でも、結局は何を調べればいいのかしら」

「確かに、これだけじゃ絞れませんよね」

「いや、多分これだ」

 大光寺が、ダ・ヴィンチ展の作品リストから、ある一つの絵画を探して見せた。


「洗礼者聖ヨハネ?」

「本当にこれなんですか?」

「キリストだけじゃ分からなかったが、光を見た者でピンときた。光は神、神はキリストと同位とされている。よって、その光を見つけ洗礼を授けた者である聖ヨハネが、このメッセージが示すものだ」


「さあ行こう」と大光寺は立ち上がり、国立西洋美術館内へ歩いていった。残りの二人も大光寺の後を着いていく。入口のすぐ右を突き当たりまで進み、その横にある地下のフロアへと続く階段を降りていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

国立西洋美術館 地下一階


 特別展示室の内装は、白を基調とした様相だった。床は黒い大理石風、壁はルーブル美術館をモチーフにしているのだろう、フランスらしくもシンプルな内装様式だった。

 そこには、ダ・ヴィンチの作品はもちろん、彼が一時期所属していた工房の師匠ヴェロッキオの作品や、彼と同時期に活動していたラファエロなど巨匠の作品も展示されていた。本当ならじっくり鑑賞したいところだが、今はそんな場合ではない。またいつかのお楽しみにとっておき、さっそく洗礼者聖ヨハネの絵画まで歩いていく。


「ねえ、ガラスの文字とダ・ヴィンチは関係あるけど、やっぱり三角形はこじつけじゃないの? だって、ダ・ヴィンチよりずっと前からあの作品と西洋美術館はあるのよ」

「いや、関係なくはないんだ」

「どういうこと?」

「この美術館を設計したル・コルビュジエは、世界文化遺産を建てた偉大な建築家だ。彼は、人体の寸法と黄金比から作った建造物の基準寸法の数列を考案した。そのモデルが、あのダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図だったんだ」

 ル・コルビュジエは、黄金比を使った数学的に美しい建築物を造ることで有名だ。その元となったのが、人体の黄金比を書いたダ・ヴィンチの人体図だったのだ。

 黄金比が創り出した空間を突き進み、遂にメッセージが示す絵の前に到着した。上から明るい間接照明に照らし出されたその絵は、素人でも分かるくらいに不思議な魔力を放っていた。



「あったぞ、これだ」

「これがダ・ヴィンチの・・・」

「洗礼者聖ヨハネ・・・」



 暗い背景に、茶髪の長い巻き毛と毛皮を巻いた輪郭のない体と顔。その顔ですら中性的で微笑んでおり、左手には(あし)でできた十字架を持ち、右手の人差し指は上を指している。繊細さが際立つ、ダ・ヴィンチ最後の宗教画に相応しいのも納得だと感じた。


「富澤は、どうしてここに私たちを?」

「それはまだ分からない。だが、いずれ辿り着いてみせるさ」

 絵画の前まで近づき、絵を観察する。聖ヨハネはキリストに洗礼を授けたが、最後は斬首されてしまう悲哀の物語の持ち主でもある。首だけになったヨハネが描かれた絵画も多く存在している。

 この聖ヨハネの場合は、恐らくこうだろう。大光寺は、絵の額縁の上に手を伸ばした。

「そこに手を伸ばして何かあるの?」

「富澤からのメッセージだ。聖ヨハネは光を見た者、そして右手の人差し指は天国を表している。つまり・・・」

「絵の上に何かがあると・・・」

 大光寺が絵の上を探ると、指に何かがカサリと当たった。それを掴んで持ってくると、今度は小さく巻かれた紙だった。広げてみると、そこにはまた暗号と、円形に放射線が描かれたシンボルらしきものが書かれていた。



N35.699986

E139.746891



「これは何だ・・・?」

「大光寺さんも分からないですか?」

「こんな数字で表せる美術も宗教も記憶にはないですね」

 せっかく見つけたのに、いきなり謎に行き詰まってしまった。この数字は何を表しているのか。それにこの頭文字は何の略なのか。少なくとも美術界でこの一文字で表せるようなものはないはずだ。キリスト教にも記憶上は確か存在しない。

「芸術にも宗教にも関係ないのか」

 大光寺が考えている側で、如月が閃いた。


「・・・・・・もしかして、緯度と経度とかかしら?」


「緯度と経度?・・・・・・あ、このイ二シャルは北緯と東経ですか!」

 なるほど、シンプルに緯度と経度か。その発想は目から鱗だった。

「その可能性が高そうだな。ちょっと調べてみてくれ」

 如月が緯度経度検索サイトで数字を打ち込む。検索ボタンを押すと、地図がある地点を指した。そこは、飯田橋駅から遠くない路地を進んで行き着く先を示していた。


「東京大神宮?」

 それは、伊勢神宮の遥拝殿(ようはいでん)である東京大神宮だった。


「東京大神宮と、このマークに何の関係があるんでしょうか・・・?」

「・・・いや、関係はあるさ。急ぐぞ」

 大光寺が早歩きで美術館を出ていく。二人もそれを追っかけて、駅前に止められたパトカーに乗り込んだ。

「東京大神宮へ行ってください」

「だから大光寺、このマークは何なの?」

「それは、天照大神(あまてらすおおみかみ)だよ」

「あの日本神話の最高神?」

「ああ。だから神道が根強い日本では、太陽は神と国の象徴の一つとされてきた」

「でもそんな所に何があるんですか?」


「さあ。だが、富澤が殺されるきっかけがあるのは確かだ」





――――――――――――――――――――

東京大神宮


 パトカーから降りて、本殿へと歩いていく。初詣では人がかなり集まって混み合うが、今日は誰もいなかった。神主や巫女すら見当たらない。ポケットに手を入れ、手頃な小銭を賽銭箱に投げ入れた大光寺はこれ幸いと本殿に上がり、奥に鎮座する御神体へと近づいていく。

「この中だ」

「この中って・・・」

「光を見た者。祠を開かなきゃ、神の後光は拝めない」

 小さな扉を開いてみれば、そこにあったのは木札でも鏡でもなかった。白い大理石に彫られた、日本らしくない素材を使った女性の彫像が入っていたのだ。その右手には、石ではなく紙でできた小さい扇子が持たされていた。

 しかし、その服装や顔立ちは見覚えがないものではなかった。




()()()()()?」




 本来、御神体が納められている中にあったのは、大理石を彫って造られた天照大神の偶像だった。

「なんでアマテラスが大理石に彫られてるの?」

 分からない・・・。日本の、しかも古来の神の像なら御神木か銅で造られるのが一般的だ。それでも、明治時代から存在する東京大神宮に白い彫像があること自体が不可解なのだ。


 だが、さらに理解できないことが大光寺たちを襲った。





カチャリ・・・




「その像から下がってください」

「・・・・・・一ノ瀬さん?」

 振り返ると、一ノ瀬が如月の頭に銃口を突きつけていた。あんなに頭を下げてまで富澤の事件に協力して欲しかった一ノ瀬が、如月を盾に私を脅している。


「有難うございました。ここまで案内してくれて」

「・・・・・・やはり、アンタ()は」

「え? 貴方達って・・・」


  その言葉を皮切りに、社の外から二人の男が入ってきた。一人はスーツを着ており、もう一人は神主の衣装を身に纏っていた。彼らを見て、大光寺の予想が確信に変わった。


「・・・なるほど。アンタ達は美術品専門の密売組織といったところか」

「え? 密売組織?」

 大光寺の推理を聞いて、一ノ瀬がほくそ笑む。

「はい。私達は世界中の各美術館の密売人と繋がって、まだ表に出ていない美術品や闇に葬られた歴史的価値のある品を売買しています。これが警察官より儲かるんで重宝されるんですよ」

 密売の中には歴史的価値がある。ただの絵画なら殺しまではいかない。つまり、富澤は闇に葬られなければならないほどの秘密が隠された美術品を突き止めて、その秘密に触れてしまったのだ。


「それで秘密を知った富澤が殺された、と」

「国立西洋美術館にいる私の仲間が、彼の取材に応じる罠を張りました。まんまと引っ掛かった彼は途中で罠に勘づき、遂には私達が品のやり取りをするための暗号も隠してしまった。結局は口封じで殺すしかありませんでしたが、暗号も品の場所も分からなくなってしまった。で、手帳を見たら利用できそうな人たちが丁度来ると書いていたので、遠慮なく利用させてもらいましたよ。でも、まさか富澤さんが先に秘密を解いたとは驚きでした」

 銃を向けながら後ろに下がり、如月を盾にする。

「しかし、今回の取引品に隠された秘密は先方も私たちも分からないものでしてね。どうやら日本のとある秘密というところまでは突き止めたらしいのです。その秘密を握れば、日本の陰で好きなように政府を脅せるカードになると思いまして」

 だから一ノ瀬は今回のダ・ヴィンチ展を利用して、秘密の鍵を握るブツを密売し、その秘密を暴こうとしていたのか。

「本当はモナリザに隠してあると事前に聞いていたのですが、逃げる途中で彼がどこかに隠してしまいましてね。それで、貴方が見つけるまで分からなかったのです」

 やはり、一ノ瀬は富澤殺しの主犯だった。大光寺はずっと引っ掛かっていたのだ。何故、富澤は夜中に美術館に入れたのか。それは、内部の人間から秘密裏に真相を聞き出すためだったのだ。

 しかし、それは罠で富澤は暗号の在りかを見つけ、それを隠して殺された。そして、最後に私たちに託したのだ。



「さて、目的のものも見つけたことですし人質として着いてきてもらいますよ」

「くっ・・・!」

 如月の顔が恐怖に歪んでいる。このまま指示に従えば、悪いようにはしないかもしれない。しかし、忘れるな。私は富澤のためにここに到達したのだ。自分の命惜しさにここに立っているのではない!



 大光寺の決意が起こしたのか、彼の脳にある閃きが走った。白いアマテラスの像を見て、目線が数秒固まる。今まで私を導いてきた作品と作者が、私に啓示を授けてくれたような衝撃が頭に響いた。人の欲と血に(けが)された彼らが、私に罪人を裁けと使命を与えているようだった。

 そのために、まずはこの現状を打破しなければならない。彼らを油断させるためにも、大光寺はある策に出た。




「なるほど、そりゃあイタリア語で富澤が書いたわけだ」

「・・・何ですと?」

 一ノ瀬が大光寺の一言に、訝しげに疑問符を立てた。

「ダ・ヴィンチと日本に接点はない。だから、ダ・ヴィンチ関連で富澤が追われていたなら、外国人に分からないように日本語とか、漢字を使った当て字でメッセージを残したはずだ。だが、言語はイタリア語。これは、犯人が日本人であることの証拠だった」

 日本人が犯人なら、メッセージを日本語で書いたらバレてしまう。だから富澤は、犯人の中にいないイタリアの言語で遺したのだ。もちろん、その国の密売人とやりとりするのだから外国語はできるのだろう。しかし、わざわざイタリア語やフランス語でメールをするとは思えない。少なくとも英語でのやり取りでなければ、手広く品を扱いづらいはずだ。

 だから、富澤は英語でもなく特定の国に絞った言葉を使ったのだ。

「それに、この彫像だっけ? あげるよ。好きにしな。これはあくまで謎のきっかけに過ぎないんだから」

「何だと・・・!?」

 一ノ瀬たちは大光寺の言葉に食いついた。これが目的の美術品だと思っていたのに、まだ先があると言うのだ。

「謎の答えは、もう一歩先にあったんだ」

「どういう意味です?」

「天とか神をキーワードにした富澤のメッセージ。私も西洋美術館でキリストや聖書の神を思い浮かべた。だが、日本における天は高天原と呼ばれる古事記に記された神の土地。天国とはまた違う」

「・・・つまり?」

 一ノ瀬が続きを催促する。

「そもそも日本神話は、実在の人物や場所を神や怪物などに置き換えて書かれたものだ。例えば、八岐大蛇(やまたのおろち)は八つに分かれた川がモデルとされている。これと同じで、高天原も実在する場所として日本各地に候補が点在する」

 スケールがデカくなってきた大光寺の推理に、一ノ瀬たちだけでなく如月も息を呑んだ。

「天皇陛下の祖が降臨した天孫降臨の地は、宮崎県の高千穂とされている。なのに、なぜその地に皇居や朝廷のような建築物が建てられなかった?」

 言われてみれば確かにそうだ。そんな日本の神話的にも重要な場所に、なぜ天皇家の建造物が建てられてこなかったのだ。

「それは、天皇家のルーツは高千穂でも朝廷のあった京都でもない。この東京にあったからだ」

「嘘だ! そんな証拠があるか!」

「ああ。この像はその裏付けや証拠じゃないさ。書いてあっただろ? 光をを見た者は・・・」

 ハッとした一ノ瀬たちは、本殿の天井を見上げた。天とは、ここに辿り着いた者たちに見上げさせて垣間見る天井だという考察に行き着いたからだ。



 だが、天井にそれらしきものは何も見当たらなかった。

 大光寺から目を逸らしてしまったことに気づき、慌てて目線を戻しても遅かった。一ノ瀬の顔に大光寺の助走をつけた拳がめり込んだ。鼻血を飛ばしながら倒れた一ノ瀬から、すかさず銃を奪い取る。解放された如月と共に距離を取り、銃口を三人に向けたまま下がる。

「う、嘘をついたのか!?」

 立ち上がった一ノ瀬は、血走った目でこちらを睨みつけた。

「嘘はついたさ。最後ら辺だけな」

「クソ・・・だが、ここから私たちをどうするという?」

「は?」

「警察を殴り銃も奪ったんです。誰が貴方に味方しますか?」

「・・・バカだなアンタは」

「何?」

 そんな会話をしている最中、東京大神宮に警察がなだれ込んできた。彼らは大光寺に目もくれず、真っ先に一ノ瀬ら三人を取り押さえにかかった。

「な、なんだ?」

「一ノ瀬警部、殺人及び密売の容疑で逮捕します」

「何だと!?」

 床に拘束された一ノ瀬が大光寺を見上げる。彼はポケットから、通話状態のままのスマホを見せた。ここでの会話は、全て警察に垂れ流しされていたのだ。

「お前、一体いつ・・・!」



 大光寺は、ポケットから小銭を取り出すとチャリンチャリンと手の上で投げた。

「神社に来たなら、賽銭の一つでもしないとバチが当たる。当然の結果だよ」



「・・・あの時か!」

 大光寺はここに来た時、賽銭箱に小銭を投げ入れてから本殿に入った。その時に、小銭を出すと同時にポケットの中で警察にコールを出していたのだ。

 この行動は、一ノ瀬をマークしていた証拠でもある。

「だが、いつ私が怪しいと・・・!」

「まあ、最初からきな臭い匂いはしていましたよ。場所は特殊だが所詮は殺人事件だ。なのに、あんなにも見ず知らずの私たちに協力を頼んできた。だから、その時点で何かしら事情があるとは踏んでいた。美術館内に行く時に警官を誰も引き連れてこなかったから、何か腹に一物抱えているとは思っていたよ。そして、ここに来る時にも他の警官に連絡を回さなかった。そこで私は、完全に黒だと確信したよ」

 大光寺と如月が、抑えられている一ノ瀬に近づいた。

「富澤もダンテも言っていただろ。愚者は地獄に呑まれるって。確かにアンタは(まばゆ)い光を見てここに来たんだろう。だが、それは見えて当然だったんだ」

 




「地獄の底では、上しか見ることはできないのだから」


――――――――――――――――――――

 一ノ瀬達を乗せたパトカーが去っていく。犯人が捕まり、富澤の事件はこれで幕を閉じた。じきに、組織の他メンバーも発見次第、摘発されていくだろう。だが、事件は終わったが謎は終わっていなかった。


「如月、行こう」

「・・・え? 行こうって、もう事件は終わったでしょ」

「いや、まだ完全には終わっていない」

「は?」

「富澤の忘れ形見だ」


 二人はまだ解き明かしていないものがあった。それは、富澤が見つけた秘密だ。ここまでの推理なら、恐らく天皇や神に関わる秘密だろう。しかし、大光寺は一ノ瀬たちに最後だけ嘘をついていた。謎へと続くメッセージは、最後まで明かされていなかったのだ。

 本殿の御神体を手に取り、右手の扇子を取り外す。それを広げると、紙の部分に小さな文が書かれていた。



"天地は神と人が交わり生誕した。

神域へと至る境界を潜り抜け

陰陽を分つ水を遡り

永遠に()せぬ陽光が人の世を照らす"




「これ、どーゆー意味?」

 如月には何のことかさっぱり分からなかった。だが、大光寺は違かった。

「・・・・・・心当たりがある」

「え? アンタ西洋美術が専門じゃ・・・」

「好みではあるが苦手とは言ってないぞ?」

 すぐさま本殿を出て、署に戻ろうとしていた警官を引き留める。

「すみません!」

「はい、どうしましたか?」

「ちょっと送って欲しいところがあるんです」

「大光寺、どこに行く気なの?」





「渋谷区の代々木だ。そこに全てがある」


――――――――――――――――――――

午後5時 渋谷区代々木


 パトカーから降りて、目的地へと歩いていく。夕方なのに観光客が少なからずいるが、それも無理はない。ここは日本人にとっても大切で有名な場所なのだから。杉林の間と奥ゆかしい神秘を(はら)んだ門を通り抜ける。その時、如月が大光寺に話しかけた。


「大光寺、ここって・・・」

「ああ、明治神宮だ」


 大光寺らが来たのは、明治天皇両陛下を(まつ)る明治神宮だった。最初に構える第一の鳥居を潜り抜け、参道をひたすら歩いていく。



"天地は神と人が交わり生誕した"



 天地、つまり日本神話における日本の始まりは、神と人によって生まれた。古事記にも示されているが、神代には神も人も存在している。天皇家は、今まで神の血を継ぐものと人の子孫が受け継いできた歴史を持っている。神の純血というわけではない。

 だから、日本は神の血と人の血が交わった王によって統べられてきたのだ。

 そのまま進み、左手に見える日本一大きい木造鳥居とされる、第二の鳥居を潜り抜けた。この鳥居が、神と人の世を隔てる最も大きな結界でもあり境界なのだ。



"神域へと至る境界を潜り抜け"



 左側から、水の流れる音が聞こえた。境内に小川が流れているのだ。この小川の源流を辿ると、古い井戸にたどり着く。戦国武将で有名な加藤清正が掘った井戸だ。そこから今も水が湧いているため、小さな川を創造したのだ。また、この井戸は陰呼(いんこ)の場所とも言われ、陰陽を分ける場でもある。



"陰陽を分つ水を遡り"



 最後に、大光寺と如月は終着点に到達した。そこは、土曜日であるにも関わらず人は少なめで、皆が柏手(かしわで)を打ち参拝をしていた。

「ここが最後の場所・・・」

「ああ。ここが富澤が突き止めた秘密の眠る場所だ」

「でも、ただの本殿じゃないの? さっき神宮の看板を見たけど、ここはアマテラスが祀られてるわけじゃないし」

「ああ、()()()()()。ここには、明治天皇と皇后が祀られている。大正天皇までは神だから、ここでは明治天皇は神様として存在しているんだ。でもここにその御神体、つまり遺体そのものがあるわけではない」

「そうなの?」

「明治天皇両陛下の遺体は京都府京都市の桃山丘陵に眠っている。じゃあ、ここには何が眠っているのか」

「え・・・・・・・・まさか」



















「そうだ。ここには()()()()()()()()()()()()()()



"永遠に褪せぬ陽光が人の世を照らす"



 アマテラスは太陽そのものだ。しかし、日本書記や古事記に記されているアマテラスは実在の人物をモデルとした存在である。

 つまり、ここにはアマテラスのモデルとなった女性が眠っているのだ。


「ちょっと待ってよ。なんで天皇じゃなくてアマテラス本人が眠ってるのよ。確かアマテラスは伊勢神宮じゃないの?」

「確かにアマテラスは伊勢神宮の祭神だ。だが、ずっとここにあったわけじゃない。最初は伊勢神宮にあったんだ」

「それがなんでこんな所に・・・」

「・・・ここからは私の推理に過ぎないが、第二次世界大戦が原因だと思う」

「第二次世界大戦が?」

「連合国に敗れた日本はポツダム宣言により無条件降伏、しまいには人間宣言で昭和天皇以降は神ではなくなってしまった。その後、GHQにより武道だったり大和魂だったり、日本を弱体化させ都合のいい国にするためにいろんなものが改変や廃止になった。アメリカから本来の日本の魂を守るために、天皇や政府がカムフラージュとして、当時国民の願いによって建立(こんりゅう)された明治神宮に、アマテラスという日本で最も偉大な神を納めて、国民の願いのために祀ったんだ」

「・・・そうか。アマテラスの実在なんて公表されたら、歴史的に良くも悪くも大事(おおごと)だものね。当時のGHQとしても」

「そう。悪い秘密ではないが、決して人々に知られてはいけない秘密・・・。それが、この事件の核だったんだ」


 大光寺と如月は、拝殿に近づき5円玉を投げ入れた。そして、姿勢を正して目を閉じ二礼二拍手一礼をする。願うは、富澤の魂の安らぎと恒久的な平和だ。祈りを捧げ、色々あった今日と別れを告げるため、本殿を離れ帰路に着く。

 その瞬間、空耳だろうか。聞き覚えのある男性と、威厳がありながらも優しい女性の声が聞こえた気がした。

 太陽に暖められた風が、軽く髪の隙間を通り過ぎる。(やしろ)に背を向けて立ち去る大光寺と如月の背中から赤い日が差した。

 後ろを振り向くと、赤い逆光に少し目が眩む。ぼんやりとした視界の中で、富澤と女性の幻を見た気がした。顔は分からず、輪郭しか認識できない。しかし、理由はないが大光寺にはなんとなく二人が笑っている気がした。



 夕焼けに焼き付いていた幻影は、明るさを増した逆光の中に、神隠しのように消えていった。

資料集めだけでめっちゃ疲れました。

ちなみに私はベルニーニの彫刻が大好きです。

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