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気まぐれな公爵は娘を観察する

作者: ちゃ畜


 『ロナ』この名は世界の王の(いしずえ)

 『ロナ』それは魔法を創始した家。

 『ロナ』そしてそれは呪いと祝福の元凶。


 そんなこの世界で最も古き由緒ある家柄にして、名家中の名家。ロナ家の現当主がこのイライアスという男だった。


 黄金の瞳に豊かな闇夜色の髪の類まれなる美男。


 常識外れに高い魔力を持つため、その姿に老いて衰えた様子は無く、(しわ)雀班(じゃくはん)()れや(ゆる)み、あらゆる後退、減色の類は一切無い。

 なのにそこに備わる気品と尊厳、ただならぬ風格が決してこの御仁(ごじん)が若くはないことを物語っていた。


 本人はユーモアがあり中々おちゃめで気安い人柄。なのに、周囲には一切侮られることのない油断のならない男。それがイライアスという男だ。


 このイライアスの家族は、ほとんどを王宮で過ごしている十二・三歳の少女に化けた実母の魔女。


 最愛のハーフエルフの妻。


 血の繋がった娘と皇帝になるために養子に出された息子一人ずつ。


 血の繋がらないとある王家の血を引く……なのに姿が自分とよく似た息子一人と正式な家族ではないが家族同然の一人娘専属の従者が一人。


 ほか何人も子は成したが、みな赤子時分に息を引きとっている。


 この家系図だけでもこの家がかなりややこしいことがきっと初めて見る人にも十分に理解できるだろう。


 そして、この魔法と魔力にやたら溺愛というか偏愛され続けたこの家門で、唯一魔力を所持していない一人娘アニエス。


 この娘のことが最近のイライアスの気がかりである。

 なぜならこの子こそ、この呪いと祝福を受けたこの家の集大成ともいえる存在なのだ。

 そして、そんな子がなぜ魔力を一滴も持たないとされるのかもイライアスはその理由を知っている。アニエスはいわばこの家の犠牲者なのだ。

 また、そのことを本人も口にしないがきっと勘づいていることもイライアスはわかっていた。



ーー


 その日、ロナ公爵家のカントリーハウスにイライアスを訪ね古い友人が遊びに来ていた。学生時代からの旧知の間柄だ。


 この友人は貴族で魔力もそれなりだが、長年の月日がたちそれでも白髪が出て、目の端には細いシワ。姿勢がよく足も長いが、お腹はほんのりと丸みを帯びていた。

 近々イライアスはこの友人とゴルフをすることになっている。


「どうせならゴルフクラブも併せて新調して、ウェアもお揃いにしないかい?」


 イライアスの友人が大きな口を機嫌よくその端をもち上げながら言った。イライアスはそれに笑いながらも首を横に振る。


「いい年をした中年紳士がペアでコーディネートを合わせればあらぬ噂が立つ! ゴルフクラブくらいならいいがウェアは勘弁してくれ」


「良いじゃないか二人で流行らせて新しい流行でも作ろう! 最近、退屈なんだよ」


「なら勉強でもすればいい。君が退屈するのは終わりの見える遊びばかりしているからじゃないのかな?」


 それに友人はわざとぶるっと震えるふりをした。


「やめてくれないか? そんなことをしだしたら、私はお終いだよ。私はねイライアス。一生楽しく遊ぶことを心に決めているんだよ!」


 そう豪語する友人にイライアスは呆れたように言う。


「エールロード校で寮の監督生(プリフェクト)まで務めていた君がこうなるだなんて、当時の級友の誰が想像しただろうね?」


「それはイライアス君にこそ言える。あんな超問題児で不良だった君が、まさか素直に公爵の座に納まるとは当時の誰も思わなかったよ。外国船に乗って大鯨を捕りに家出したこともあったじゃないか」


「……よし、青臭い思い出はそれくらいにしよう?」


 それに友人は肩をすくめた。


「自分から始めたくせに、イライアス君はひどいね」


 その時ちょうど、廊下側から何かざわざわと物音がした。どうやら犬がけたたましく鳴いているようである。


「旦那様、少々、見て参ります」


「ああ、ありがとうアーネスト」


 この家の筆頭執事にして家令を務めるアーネストが外の様子を確認しようとドアを開けたその瞬間。小型のプードルが大急ぎで部屋の中に鉄砲玉のように飛び込んできた。


「ああ、ダメよ! そっちの部屋は」


 その犬を追いかけるようにして入ってきたのは、イライアスの一人娘。今年十六になるアニエスだ。


「ごめんなさいお父様、ベス……その子を捕まえるのに中に入ってもよろしいですか?」


「いったい何の騒ぎ何だ? 何があったんだ」


「泥で汚れたからお風呂に入れようとしたら逃げ出したの。大暴れでメイドたちもみんなずぶ濡れにしてしまってよ?」


「それは困った子だね、わかったよ。だが、アニエスそれよりもまず私の友人のオーウェン卿にご挨拶をなさい」


 そう言われ、アニエスは慌てて髪と洋服を整え、一度コホンと言ってから敬意を持って丁寧な礼をとった。


「お久しぶりでございますわオーウェンおじ様。イライアスの一人娘アニエスです。……私のこと覚えていらっしゃいますか?」


 ところが、挨拶をされたオーウェンからの肝心の返事が無い。口を少し開けて呆けたようにアニエスを見つめて動かないでいる。

 アニエスはその様子に困ったように父に視線を送ると、イライアスはオーウェンの肩を揺すって名前を呼んだ。


「おい、オーウェン。オーウェン、……オーウェン? どうしたんだい。君がそんなに犬が苦手とは知らなかったな」


 オーウェンは何度も声をかけられ、ようやくハッと目を覚ましたようになる。


「こ、これは失礼。ええ、覚えています。だいぶ大きくなられましたね?」


 それを見てアニエスはくすっと笑った。


「覚えていたというのは目と耳が二つなのと鼻と口が一つということをでしょうか?」


「アニエスッ」


 お客をからかうアニエスをイライアスは静かにたしなめる。


「いや、言われても仕方ないよイライアス。子供の頃とだいぶ変わってしまったから本当に一瞬わからなかったんだよ。まさかこんなにも綺麗になっているだなんてね」


「ふふ、オーウェンおじ様ったらとってもお上手ですのね」


 アニエスは社交辞令と受け取り、にっこりとほほ笑んだ。

 しかしオーウェンはそんなアニエスの笑顔に赤い顔をしてゴホンッと咳払いをする。

 イライアスは友人のそんな反応を見たことがなかったのでひどく困惑した。


「お嬢様、犬を捕まえて参りました」


「ああ! アーネストありがとう。こらっ、もう大人しくしてなきゃダメよ? それじゃあ、お父様、オーウェンおじ様、失礼いたします」


 アニエスが行ってしまおうとすると、オーウェンが急に立ち上がった。

 それにもイライアスは驚いたが、さらに行ってしまったと思っていたアニエスがひょいっと戻って顔を見せたので意表を突かれる。


「オーウェンおじ様、今度は耳と目や鼻や口の数以外も覚えていてくださいね? 約束です」


「あ、ああ」


「では、ごゆっくり」


 今度はオーウェンは椅子に座りこみ、アニエスが消えた先を名残惜しそうに見つめ続けた。

 一部始終を見ていたイライアスは、オーウェンがしたように大きくゴホンと咳払いすると、長年の友人は決まりの悪そうな顔をしている。


「……オーウェン、いくら君が現在、男やもめで独身だとは言っても私は社交界に出たばかりの娘を君の後妻にする気はないよ?」


 それにオーウェンはひどく驚いた様子で両手をブンブンと振って見せた。


「な、なにを言っているんだ! 当り前じゃないか。第一私にはあの子より十は年が上の息子や娘が四人もいるんだよ!?」


「ならいいんだが、君らしくもない態度だから心配になってね」


 オーウェンが赤くなって俯き、頬をかく。


「いや……君の所には恐ろしく綺麗な男の子がいる記憶はあったんだが、正直、さっき言われるまで君のお嬢さんの記憶はほとんどなかったんだ。面目ない」


「エースとアレクサンダーはそれこそ今はエールロードにいるよ。でも、あの子はいっつもその二人といたのに、私の娘が目に入らないとはなかなかに心外だ」


「……いや、私も人の名前と顔を覚えるのは得意な方なんだが、でもあの子はかなり影が薄かった気がする」


「影が薄い? アニエスが?」


「なんだろう。悪い印象は無いから礼儀正しかったのだと思うよ。でも同時に特別自分たちに絡んだり質問されない限り発言したりは無かったはずさ。さっき言った男の子たちの方がずっと積極的だった気がする。特に君の養子のエース君の方が」


「エースはわかるがアレクサンダーの方がアニエスよりよく話していたのかい?」


「ああ、銀髪の子だよね? 基本業務的だが、何か困っていたら以外にも親切にしてくれたよ」


「……」


 イライアスはそう言われ、不満に思うよりもその話に既視感(きしかん)があった。

 それは、ごく幼い頃の自分。


 自分というものを持たず周りの環境や人に合わせカメレオンのように表情や仕草を使い分けた。

 そして害されないよう目立たないよう、昆虫や鳥の擬態のよう背景にでもなるように、すっと自分の存在感を極力消して生きていたあの頃。


 十二歳でパブリックスクールに入ってからはイライアスはそんな日々に対して自分でも我慢がならなくなり、自分に正直に生きるように……というか平たく言えばグレて不良化してしまったのだが……それまではこのオーウェンの話すアニエスと自分はそっくりだったのだ。


 思えば、容姿こそアニエスはイライアスの妻のディアナに似たが、性格や内面に関しては間違いなく自分似の娘なのである。


「しかし、本当に下心で言うわけではないが、あんまり綺麗で心奪われてしまったよ。君の息子たちの方がてっきり将来、多くの人を狂わすような美丈夫になるだろうと思っていたが、いやはやどうして……女の子は変わるという言葉は知っていたが、実物を見ると恐ろしく説得力がある言葉だよ」


「アニエスは昔から妻のディアナに似ていたが」


「まあ。そうだろうけど……それは近くでよくよく見たらの話で、遠目に大勢がいる中でパッと目を奪われる何かは細かなディテールではないだろう? その人の仕草や行動、言葉、表情、雰囲気、自信や身体全体の大きさやバランス、色合い……そこで興味惹かれなければスルーしてしまうよ。ましてや並外れた美人や美男子、派手な者、雅やかな者、自信にあふれた者がゴロゴロしている上流階級ではなおさらだ」


「なるほど、じゃあ娘が変わったのは、王宮宮廷行儀見習いで自信や教養、感性やセンスを磨いたからということなのか?」


「もちろんそれもあるだろう。それらは美に深みを与えるエッセンスだ。だがしかし私が思うに、もっと大きな変化だと思うね」


「というと」


「もしかして彼女は好いている男性がいるんじゃないのかい?」


 イライアスは目を見開いた。


「いや、まさか」


「君からすればまだまだ子供だろうからそう思うかもしれないが、あの瑞々しさと満たされたような余裕、香り立つような華やかさは習って出せるものじゃない」


「……オーウェン」


「だ、だから、下心で言っているんじゃないって」


 イライアスは大きなため息をつき、首を振った。


「アニエスにはさっき言ったエースとアレクサンダーがずっと付いていたんだよ? なのにアニエスは恋なんかしたことがなかったんだ。親の贔屓目抜いても彼ら以上の男子がそういるとは思えない。というか。オーウェンここだけの話をしていいかい? 君だから話す話だ」


「ああ、私は口が堅いのは知っているだろう? 何でも話してくれ、この名に懸けて秘密は守る」


「……王太子が非公式に娘に一度、求婚を申し出たんだ」


「な、何だって!?」


 オーウェンは驚いてガタリと立ち上がった。


「娘は私の許可もなく、そんなことはできないとその場で断ったらしいが……娘には魔力が無いし、何よりロナとローゼナタリアの王家の婚姻など反発も障害もありすぎる。……だがそれを知りながらも、話をまず私に通さずに娘に直接行ったあたりに、逆に王太子が娘に本気なのだろうというのが私にはわかってしまった」


「……以前だったら私も面白がったに違いないが、君の娘を見た後だと頷けるよ。あの子には何とも言えない、男がはまったら決して抜けられないような底なしの何かがある。……では王太子が恋人なのか?」


 それもイライアスは首を振った。


「いや、わからない。あの子が何を考えているのか」


「他にはめぼしい相手はいないのかい? 昔好きだった相手や婚約者は?」


「婚約者はいないよ。好きだった相手も……」


 その時イライアスの頭に赤い警告のサインが鳴る。そう、一人だけいた。娘が異常に懐き執着した相手が……だが、その男は早々に排除したはずなのだ。それもこれも娘が因果の宿命に殺されないために……だが、奴の死体が上がってきたという報告はいまだに受け取っていない。


 いや、もし生きていたとしてもアニエスに呪いをかけ二度と会うことのない地の底に落としたのだ。どうして会うことなどできようか?


「杞憂だな。いろいろ言ったが結局のところ恋がどうのは君の妄想だしね?」


 それにオーウェンは確信があったものの、王太子の名が出てイライアスもこの話題を切り上げたいのだと友人を想い。折れることにした。


「そうだね。あのくらいの子は何をしなくても変わるのかもしれないよ」


 そうしてその話題は切り上げられ、しばらく別のことを話した。しかし、イライアスは何故か妙に胸がざわつく。

 




 その夜どうしても落ちつかないイライアスはアニエスを自分の書斎に呼び出した。


「お父様、昼間の件は本当にごめんなさい」


 アニエスはてっきり犬のことで怒られるのかと思い、最初に頭を下げる。しかし、そのことにイライアスはさして興味も無いようだったので、アニエスはなぜ自分が呼ばれたのかが本当にわからなかった。


「アニエス、正直に言ってほしいんだが、もしかして王太子殿下と付き合っているのかい」


 急にそんなことを聞かれアニエスはきょとんとした。


「どうしたのお父様そんなことを急に……」


「いや、昼間のオーウェンがね。きみに誰か恋人がいるんじゃないかっていってね」


「それで殿下? 殿下ならいくらでもお相手がいるのに、今さら私を選ぶ理由は無いわ」


 アニエスがあまりにあっけらかんと言うので、イライアスもこれは掘ったところで何も出ないなと早々にペケをつける。


「でも、私に隠して誰かと付き合ったり、懸想をしているんじゃないか?」


 アニエスはそれを聞きおかしそうに笑った。


「お父様がまるで一般的なお父様のようにふるまって、何だかおかしい!」


「私が一般的な父親でないことは百も承知だが、娘の結婚相手は私だって気に掛けるよ」


 それにアニエスは眉を下げ、少し悲しそうな表情をする。


「あんまり焦らせないでくださる? 私だってこれでも舞踏会や社交を頑張っているのですよ」


「いや、結婚を急げと言っているわけじゃない。ただ相手がいるなら紹介してほしいと思ってね」


「ほら、やっぱり催促でしょう?」


「うーん、本当に違うんだが。とにかくアニエス約束してくれ、そういう相手が出来たら誰であろうと隠さず私に言うと」

 

「わかったわ、そうなったら()()()は必ずお父様に報告します!」


「きっとだぞ?」


「ええ、もちろん。何なら指切りしましょう?」


 アニエスはイライアスと軽く指切りした。


「……私もやきが回ったなこんなことで呼び出して悪かった。さあ、もう寝なさい」


「ええお父様、愛してるわ。おやすみなさい」


「私もだよアニエス。お休み」


 アニエスは、そのまま自室に戻る。そして、自分の部屋の机に行くとざっと広げられた一部の資料を集め、手にするとそれをそのまま下からさっと暖炉にくべてしまった。

 メラメラと燃える資料を眺めながらアニエスはぽつりとつぶやいた。


「通名を考えて……戸籍の名前もそれに伴って変えてもらわなきゃ、ロナの使用人じゃなく、よそから動ける人と弁護士も雇わないといけない……」


 アニエスは資料が燃えたのを見届けると、自室の窓を開けバルコニーに出た。ひんやりとした空気がアニエスの頬をかすめていく。


 アニエスの瞳は夜の(とばり)の中で一層怪しく光った。

 

 このオパールのような不思議な瞳孔(どうこう)はロナ家直系のしかも、ほとんどが女の子にしか現れない。

 白金髪と真っ白な新雪のような肌とすらりとした体躯はハーフエルフの母譲りのものだ。

 そして周りを圧倒するオーラはもしかすればアニエスの中に飼う竜が放っているものかもしれない。



 しかしその甘さ、潤い、柔らかさはそれは確かに心に誰かが住まうからこそ持つものだった。



「……今度は私が必ず守ります。ジオルグ様」


 アニエスは、イライアスが思うように勘が鋭い少女なのだ。

 だから、イライアスがジオルグに手を下し、自分のもとから突然消えた事実を早くから知ってる。

 でも、ひょんなことからアニエスは彼とまた巡り合った。それは運命か宿命か或いは罠か。

 いずれにしろ今度は間違える気も、無力にされるままでいる気もさらさらない。


「お父様、()()()は誓ったかもしれないけど、アニエスは誓っていないの」


 アニエスはそう空に向かって言い、それは艶やかに微笑むのだった。

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