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第三話

 ある日、門の中から少女より少し年長の娘が出てきた。

 上等そうな着物を着ているところを見ると良い家の娘なのだろう。

 娘は少女に気が付くと微笑み掛けた。


「このお寺に御用?」

 娘に声を掛けられた少女は気恥ずかしげに頬を染め、少し躊躇(ためら)ってから、

「このお寺、本を貸してくれるって聞いて……」

 と答えた。

「ならお入りなさいな」

 娘の言葉に、

「字、読めないから……」

 少女が困ったように返事をした。

 娘は納得した表情を浮かべた。

 少女が咿唔の声を聞いていたことに気付いたらしい。

 娘は頷くと、

「明日、私がここから出てくるまで待っていて」

 と言って帰っていった。


 翌日、少女が寺の前に着くと中から昨日の娘が出てきた。

 娘は少女に気付くと手招きした。

 そして本を開いて読んでいる部分を指しながら音読した。


「ありがとう」

 少女が頬を紅潮させて礼を言った。

「また明日ね」

 娘はそう言って帰っていった。


 それから娘は毎日少女に本を読みながら字を教えた。


「あの、今までありがとう」

 ある日、少女が娘に頭を下げた。

「え?」

「明日から奉公に行くからもうここへは来られなくなるの」

「それなら――」

 娘が少女に本を渡した。

「最後まで読みたいでしょ」

「でも――」

「返す日が決まってるわけじゃないから。いつか帰ってきた時に返してくれればいいわ」

「本当にいいの?」

 少女が心配そうに訊ねると娘は安心させるように微笑んだ。

「……ありがとう」

 少女は嬉しそうな表情で本を抱えると帰っていった。


 ある日、首を(かし)げながら寺から出てきた青年が門前で丸くなっている猫に目を留めた。

 青年が近付いてきたが猫は知らん顔で寝ていた。

 青年は懐から本を出すと猫の前に差し出した。


「これはお主の本か?」

 青年の言葉に猫が顔を上げた。

 その本は昔、娘が少女に貸した本だった。

「この本を返せなかったのが心残りだったようなのでな。この寺で借りたと言っていたが住職は知らぬと……」

「……あの子、死んだの?」

「大分前にな。これで成仏出来るだろう」

 青年が受け取るようにと(うなが)すと猫は人間の娘の姿になって本を手に取った。

「その本、生きていた頃は()り返し読んでいたぞ」

「わざわざ返しに来るなんて物好きな狐ね」

「人間に字を教える猫の幽霊も大概(たいがい)だと思うが」

 青年はそう言って笑うと帰っていった。


「えっ!? 幽霊!?」

 俺は驚いて声を上げた。

 祖母ちゃんが意外そうな表情で俺を見た。

「気付いてなかったの?」

「化生が生きてるか死んでるかなんて分かるわけないだろ」

 俺がそう答えると少女は肩を(すく)めた。


「あの子、私を可愛がってくれて、死んだ時にはお墓まで作ってくれた」

「それだけであの子に字を教えたり本を貸したりしたのか?」

 俺が訊ねると少女――猫の化生(幽霊と認めることは断固拒否する)は再度肩を竦めた。

「ここで本を読んでたのは?」

「あの子、もっと沢山読みたかったんじゃないかと思って。でも、あそこ、書庫が無くなっちゃったから」

 書庫にあった蔵書は本山へ上納して書庫は取り壊されてしまったとのことだった。 

「新しい本が図書館に入ると借りてきてここで読んでたの」

「もしかして、その子の墓がそこなのか?」

 俺は恐る恐る向かいの墓地を指した。


 て言うか、まさかまだここにいるとか言わないよな……。


「お墓がどこかは知らない。ただ声に出して読んでれば聞こえるかもしれないと思って」

「それなら(なお)のこと姿を現した方がいいだろ。姿が見えないと声が聞こえない子供もいるんだし」

 俺の言葉に猫は三度(みたび)肩を竦めた。

 人間に危害を加える心配はなさそうなので俺達はその場を後にした。


十二月二十四日 クリスマス・イブ


 夕方、俺の家に雪桜、秀、高樹、祖母ちゃんが来ていた。


「よし、全員くじ引いたな」

 俺が言った。

 五人でプレゼント交換会をしようと俺が提案したのだ。

 それぞれプレゼントを持ち寄り、くじを引いて番号の書いてある物をもらうのだ。

 でないと雪桜は俺達全員分のプレゼントを用意してしまう。


 秀や高樹と俺はプレゼントのやりとりなどしないから雪桜一人分でいい俺達と違い、四人分のプレゼントを用意する雪桜にはかなりの負担になる。

 だが、いらないと言っても渡してくるだろうから、それならプレゼント交換会という事で全員一人分だけ用意すれば雪桜の負担が減ると思ったのだ。

 それぞれが番号の書かれた包みを手に取った。


 俺達はお互いの包みに目を向けた。

 全員が同じような大きさと形をしている。


「…………」

 俺達は無言で包みを開いた。

「やっぱり!」

 秀がそう言って笑った。

 書名こそ違ったが全員が本を持ってきていた。

「なんとなく本がいい気がして」

 雪桜が微笑(わら)った。


「しかし、猫って意外と一宿一飯の恩義を忘れないものなんだな。お前もそうだったし」

 俺は机に置いた本を見ながら本棚の上で丸くなっているミケに言った。

 この本はさっきのプレゼント交換会で貰ったものだ。

 買ったのは雪桜だそうだ。

「死んだ後まで……」

「恩じゃないのよ」

「え?」

 俺はミケの返事に戸惑った。

 返ってきた言葉もミケが返事をしたのも予想外だった。

 ミケは話し掛けても気が向かない限り答えない。


「優しくしてもらえたのが嬉しかったのよ」

「お前も?」

「私があやに拾われた時はもう子猫じゃなかった」

 可愛い盛りの子猫ならいざ知らず、大きくなった雑種を拾ってくれる人はまず()ない。

 けれど、あや――ミケの前の飼い主――はミケを拾ってずっと可愛がってくれた。

 抱き上げられた時の温もりも、撫でてくれた手の柔らかさも、自分だけに向けてくれた愛情は何物にも代えがたいほどの宝物だった。

 だから、あやはミケにとって唯一無二の存在だったのだ。


 おそらくあの猫も……。


「…………」

 俺は黙って窓の外に目を向けた。

 以前、ミケの前の飼い主・小早川あや(の幽霊)にミケを大事に飼うと約束した。


 小早川、約束は守るから安心してくれ……。


 俺は彼岸(ひがん)にいるであろう小早川に向かって心の中で呟いた。

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