第二話
「ま、退治が必要かどうかは分からないんだがな」
高樹と秀、俺は人に仇なす化生を退治している。
と言っても主に高樹だが。
俺はアーチェリーで掩護をする程度だし、完全に人間の秀は人に見られてしまった時に動画を撮影している振りでフォローするだけだ。
「どんな話?」
秀が訊ねた。
「そこの公園に出るらしい」
「出るって何が?」
東京には色々な化生がいるから名前を言ってもらわないと分からない。
狐と天狗と化猫だけではない。
河童や狸や鬼もいる。
「昼間、公園で子供達が固まって座ってるらしい」
「子供達が何かに化かされてるって事か?」
「霊感がある人には声が聞こえるんだって」
雪桜が俺の疑問に答えた。
「向かい側が墓地だろ。それで……」
「待て! 幽霊退治は俺達の仕事じゃないぞ」
俺は高樹の言葉を遮った。
それを言うなら化生退治も仕事ではないが。
「どっちにしろ今のところ声が聞こえるだけらしいんだが」
「とりあえず今日の放課後、綾さんに聞いてみようか」
秀がそう言った。
放課後、俺達は中央公園で祖母ちゃんと落ち合うと、学校の近くの公園から聞こえる声の話をした。
「ああ、本姫の猫ね」
話を聞いた祖母ちゃんが言った。
「本姫?」
「昔、本好きなお姫様がいて、そのお姫様が死んだ時に遺言でお墓の上に書庫を建てられたのよ」
その書庫の側に石碑があり、そこに耳を付けると|咿唔の声が聞こえると言われていた。
咿唔の声とは音読の声である。
昔は本を読む時は音読が普通だったらしい。
「そのお姫様が猫を飼ってたのか?」
「そのお寺に住んでる猫ってだけで別に本姫が飼ってたわけじゃないから」
「石碑から声が聞こえるって事は幽霊なのか?」
俺は化生が見えると言っても幽霊は怖い。
何故化生が平気で幽霊が怖いのかは分からない。
理屈ではないのだ。
「咿唔の声は嘘よ」
「嘘?」
「別に本好きが高じて死んだ後に書庫を建てさせたわけじゃないから」
祖母ちゃんによると、おそらく寺に書庫を寄贈しただけだろうとのことだった。
「多分、客寄せね」
「客はないだろ客は」
「参拝〝客〟」
祖母ちゃんが答えた。
微妙に〝客〟の意味が違うような気がするんだが……。
「けど、そうなると誰の声だ?」
「だから猫よ」
祖母ちゃんが言った。
「……猫なら幽霊じゃなくて化生だよな?」
「猫の幽霊かもよ」
秀が茶々を入れる。
「例え死んでたとしても猫なら化生だ」
俺は言い張った。
「それよりその猫は人を襲ったりするのか?」
高樹が俺達のやりとりをスルーして祖母ちゃんに訊ねた。
「本を読んでるだけよ」
祖母ちゃんが肩を竦めた。
特に霊感が強くなくても幼い子供というのは見えたり聞こえたりする。
俺達が通っていた小学校にも白い着物を着た女の子がいた。
一年生の頃は秀や俺以外にも見えていて皆でよく一緒に遊んだ。
雪桜も一年生の時にはその子が見えた。
それが二年生になった頃から見えなくなってしまい、そう言う子がいた事も忘れてしまった。
その子は毎年そうだと言って悲しそうに微笑っていた。
猫の声を聞いている子供達はきっと幼い子供達なのだろう。
本を読む猫というのも色々突っ込みどころがあるような気がするのだが……。
「しかし、そうなると幼稚園か保育園の子って事だよな?」
それなら子供達がいるのは昼間だろう。
平日の昼間は俺達は授業がある。
無害なら授業をサボって行っても仕方がない。
今のところ子供が行方不明になったという話はないようなので俺達は土曜日に行ってみることにした。
土曜日、俺達は連れ立って学校の近くの公園に向かった。
「昔々あるところに――」
公園に近付くと女の子の声が聞こえてきた。
ベンチに女の子が座っている。
「あの子か?」
俺は確認するように祖母ちゃんの方を振り返った。
見た目は普通の人間だ。
「誰かいるの?」
雪桜の問いに少女が人ならざる者だと分かった。
雪桜に見えないなら人間ではない。
「あの……」
俺が声を掛けると少女は口を噤んだ。
「何か用?」
「出来れば姿を現して読んでくれないか?」
「え?」
少女が俺の言葉に困惑した表情を浮かべた。
「君のこと幽霊だと思って怖がってる人がいるんだ」
「姿が見えてればそんな勘違いされないから」
秀の言葉に少女は俺達の顔を見回し最後に祖母ちゃんに目を留めた。
「あんた達、あの狐の知り合い?」
少女の言葉に俺達は祖母ちゃんに目を向けた。
「私?」
祖母ちゃんが自分を指すと少女は首を振った。
「尾州屋敷の白いの」
少女の言葉に祖母ちゃんは頷いた。
尾州屋敷というのは尾張徳川家の屋敷だった場所で白狐がいた――というか今でもいる。
「古い知り合いよ」
「狐がお節介だなんて聞いてないけど、そういう一族?」
「あいつが何かしたの?」
祖母ちゃんが訊ねた瞬間、景色が変わった。
粗末な着物を着た幼い少女が畑の隅に何かを埋めていた。
それが終わると、しゃがんだまま手を合わせた。
「な、南無阿……」
少女は言い掛けて口を噤むと首を傾げた。
どうやら小動物を埋葬したようだ。
うろ覚えのお経を唱えようとしたものの途中までしか覚えていなかったのだろう。
しばらく考え込んだ末、少女は歩き出した。
少女は寺の前で足を止めると耳を澄ませた。
お経を期待していったようだったが、聞こえてきたのは本を読んでいる声だった。
少女は日が暮れるまでそこで|咿唔の声に耳を傾けていた。
翌日も少女はそこへ来た。
そのまま門前で咿唔の声に耳を澄ませる。
日が沈んで声が途絶えるまで少女は夢中で聞いていた。
声が聞こえなくなると少女は立ち去った。
次の日も、その次の日も――。