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第七十七話 3人の女の子(前)

 時は夕暮れご飯時。方々からは夕餉の匂いが漂ってきて俺の空きっ腹を刺激する。

 部屋の中で調理をすると匂いが2階の寝る場所に行ってしまうし野営なのだから外でしてしまう。調理はもちろん俺が作ったいつものテーブルの上でだ。


「買ってきたお芋を出すね!」


 ベッキーさんがどこからか芋を出しどかどかテーブルに載せてくる。じゃがいもにサツマイモ、これは長芋か? じゃがいももサツマイモもいくつか種類があるな。


「うーん、フライドポテトは決定だし、焼き芋も食べたいし、長芋はバター醤油で焼くとマジ旨いし、じゃがバターは大正義だし。迷う」

「全部食べるよ!」


 キラキラした顔で俺に詰め寄ってくるベッキーさん。わかりやすい。

 バターはデリアズビービュールズで買いためたので在庫はまだ十分。醤油は俺がこっそり持ってきた分がまだある。日本人から醤油を取り上げたら餓死するからね? アンダスタン?


「作りすぎた分はわたしが持っていますわ。ベッキーに持たせるといつの間にか食べてなくなってしまうので」

「えー、大丈夫、そんなに食べないよ!」

「……結局は食べるんだ」


 まぁベッキーさんだし。


「じゃ、全部はきついけど、作れるものを作っていこうか」


 そうと決まれば即行動。芋ばかりだと栄養も偏るから肉も必須だ。俺的にはご飯なんだけどパンも用意しよう。リーリさんに米と小麦粉とさっきの村で買った野菜に鳥肉も出してもらう。


「料理している間に、さっきのシュワシュワ水をたくさん作ってるね!」

「あら、気になりますね」


 炭酸水を作り始めたふたりには水袋を渡した。調理スキルで水は出せるから問題ない。

 小さめの鉄板を出して軽く洗ったサツマイモを置く。10本くらい焼けば足りる、よね?

 米をといで炊くのとパンの生地をこねる。パンは挟めるように薄い丸形にしておく。かじりやすいしナイフで切ってバンズ的にどうぞって感じ。


「今日は肉はわき役で、メインディッシュは素揚げだ」


 天ぷらにしようかと思ったけど卵がないから衣が作れない。生の卵を使うのは家の卵だけ。それ以外は怖い。

 離れたところからボシュっと音がしてキャッという可愛い悲鳴が聞こえた。順調に作ってるようで俺も楽しみだ。


「じゃがいもの皮をむいてスティックに切って、サツマイモはフォークで食べやすいように小さな輪切りにするかな」


 やるのは俺ではなくスキルさんなんだけど。揚げる前のポテチとサツマイモが山になった。葉物野菜はサラダで食べるとして、ナスは素揚げにはよさそうだ。適当に切って水けを取っておく。

 鶏肉は一口サイズ、長芋も揚げてしまえ。男料理に出来映えを期待してはいけない。

 食材が揃い油を用意したところで、野営広場に近寄ってくる人影に気がついた。薄暮で暗いが、3人がとぼとぼ歩いてくる様子がわかる。

 髪の長さから女性だってのはわかるけど皆うつむいてて年嵩は不明だ。頭の上に耳が見えるってことは、獣人さんだな。

 リーリさんも気がついたらしく、俺の脇に来た。足元には小さくなったプチコもいる。彼女たちはリーリさんが出した小屋に驚きつつも疲れているのかそのわきにへたり込んでしまった。


「ハンターの様ですが、装備が貧弱ですね」


 剣と弓を持っているが防具をつけていない。あれでは怪我をするばかりだってのは俺でもわかる。


「どう見ても訳ありだな」

「ちょっと行ってきますね」

「あたしも行くよ!」

「頼む」


 調理があるし、たぶん俺が行っても何もできないからふたりに任せる。心配だけど凝視してると気味悪いだろうからチラ見するにとどめよう。余計キモいとか言わないで。


「こんにちは」

「こんにちは!」


 ふたりの声掛けに、彼女らはゆるゆると顔を上げた。相当疲れているようだ。


「わたしはリャングランダリと申します。見たところ、あなた方もハンターの様ですわね。わたしたちはアジレラに向かっているのですが、あなた方はどちらから?」

「……あたしたちは、アジレラから来たんだ」


 一行のリーダーだろうか、剣を腰に履いた獣人の女性が小さな声で答えた。


「あらそうなのですね。この村の先の状況などを聞きたいので、食事でも一緒にいかがでしょう?」


 リーリさんが、わざとらしくパンと手を鳴らした。獣人の女性がちらと俺を見てきた。素揚げしてて音がするからね。笑顔で右手を軽く上げた。


「あ、そうだ。これ作ったんだけど美味しいよ!」


 ベッキーさんが差し出したのは、カップに入ったレモン汁入りの炭酸水だ。彼女らは顔を見合わせたが、ベッキーさんが強引に渡してしまった。ベッキーさん自身も手に持ってて、ごくごく飲み始めた。それを見て、3人もカップに口をつけた。


「!」

「……っス」

「……」


 言葉はないが、驚いている表情でわかる。

 こっちは、サラダを作れば夕食は完了だ。声をかけてもいい頃合いでしょ。ゆっくり近づいていく。


「あのテーブルだと座り切れないから立食でいい?」

「別に、あたしたちは!」


 言葉と同時に3人のお腹から催促の音が出た。


「お腹がすいてると辛いからね、食べよう」


 声と同時に小さく指を鳴らして彼女たちに清掃スキルをかける。土と汗とで服も顔も汚れてしまってるし。

 スキルで体が青い光ると、彼女たちの視線が俺に集まる。顔のところどころとか、露出の少ない格好だけど手の甲に傷があったりと、痛々しい。

 ちょっと失礼と声をかけ、肩に触れて手当スキルもかける。痛みも無くなったからか、この子たちのきょとんとした顔を見れた。ベッキーさんよりも幼い、まだ子供な感じだ。


「ダイゴさんの料理は、美味しいよ!」


 ベッキーさんが、さぁさぁと言いながら彼女たちを立たせていき、リーリさんが手を取ってテーブルまで誘導した。


「今日の夕食は、各種芋と鶏肉の素揚げとじゃがいものフライとレリフ村で買った葉物野菜のサラダでーす。サラダにはオイルをかけて。パンと米はお好みで。あ、米は小皿にとってくださいねー、あとフォークはこっちで」


 俺が説明しても、彼女達の視線は料理に向いたままだ。よほど腹が減ってたのか、よだれも見える。でも戸惑ってるのも感じられる。そりゃそうだな。


「冷めないうちにどうぞー」

「お芋がほくほくして美味しい!」


 率先して俺が食わないと彼女らも食べにくいだろって思ったけど先陣はベッキーさんだった。

 ベッキーさんが素揚げの芋を美味しそうに食べていると、彼女らも我慢ができなくなったのか、皿に手を出していった。よしよし、たんとお食べ。


「まずはお供えをして、俺はブランデーをちょっともらおうかな」


 いつの間にか出現してる神棚に料理をそれぞれひとつづつお供えすれば、シュッと消える。

 ついでに作ったウイスキーとブランデーも。

 俺の方は、小さなカップに透明なブランデーを注ぎ、ひと口。まろやかな感触が舌をひと撫でして、のどを焼く。口の中に残った香りが鼻から出ていく。


「あー、濃いけどうまいなぁ」

「さすがはレリフ村の野菜ですわ。そのままでも、とても美味しいですわ!」


 リーリさんは芋はそっちのけでサラダばかり食べている。キャベツ、レタス、ほうれん草だけしかないけど、どれもまだ瑞々しい。


「レリフ村の、野菜?」


 食べる手を止めたのは、弓を持ってた女の子だ。


「えぇ、ここに着く前にレリフ村によって野菜を買い込みましたの。デリアズビービュールズを支える野菜は有名ですから」

「……あたしたちは、そのレリフ村出身でさ……」

「すっごく美味しい野菜だね!」


 ベッキーさんがキャベツを刺したフォークを片手に花丸笑顔だ。

 俺もキャベツの芯をかじる。シャクっとする歯ごたえがいい。芯だから味は薄いけど水分があふれ出してくる。俺はこれが好きでね。


「これだけうまい野菜は他じゃ食えない。すごいなーって思うよ」


 教会で育ててる野菜はともかく、アジレラの野菜はしおしおだったし。スキルとか魔法とかあるかもしれないけど、大量に収穫する必要があるのにこれだけうまいってのは、すさまじい労力だろう。

 弓を持ってた子が、じっと野菜を見つめてる。


「美味しいよ!」


 ベッキーさんがにぱっと笑うと、その子はサラダに手をのばし、レタスをかじった。呑み込んでもうひと口。


「……懐かしい」


 その子の目からぽろっと涙がこぼれ落ちた。

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