第七十二話 お金の匂いには敏感な人たち
ベッキーさんとリーリさんに甚平もどきを作って渡したらその場で着替えようとしたので浴室に追い出した。いくらワンピースでスカートを履いたまま着替えが可能とはいえ恥じらいというものを持って欲しい。忘れられがちだけど俺も男なのよ?
先日、露天のおばあさんから購入した大森林産の壊れてる魔道具なるものを直してみるべくテーブルに並べてみた。いくつかのペンダントとか草履?とか謎の石とか石板とかコマみたいな物とかガラスのフラスコ?とか、いま思うと大金で良く買ったなって思う。
ペンダントは宝石付きで、おおまかに赤緑青茶黒白がある。色でなんとなく属性がわかる気がするのは我が国の大産業のひとつであるゲームの影響だろうか。茶色は土だろうね。
草履は青くて大小色々あるけど想像がつかない。水でも溢れるんだろうか。
石も色が様々で、手触りもすごい滑らかであからさまに加工してまっせって逸品だけど、何に使うものなんだか。
ま、直してのお楽しみだ。
「あ、直しても俺じゃそれが何かわからないじゃん」
ダメだな俺は。がっくりだ。おばあさんに聞いとけばよかったな。
「おおまかで良ければおじがわかりますわ。鑑定スキル待ちですので」
浴室に追いやったリーリさんか甚平姿で現れた。程よい胸の膨らみと真っ白なおみ足が、欧米からの旅行者が日本伝統衣装を着ている感じで、とても綺麗だ。髪もアップにしてあってうなじの破壊力がやばい。視線が吸い込まれていく。
「……あの、どうでしょうか?」
上目遣いでもじもじしながら聞いてくるのは反則です。「よく似合ってて綺麗です」しか言えない。
「うふふ、違和感がないのなら、ダイゴさんのお国にお邪魔しても溶け込めそうですね」
ちょっとリーリさん、しれっと何を?
甚平美女は目立つんだけどそれは。
「む、胸がキツイかも……」
てとてと歩いてきたベッキーさんがそんなことを口にした。胸元の開きが想定よりも大きくて、インナーがなければ胸の谷間がグランドキャニオンになるところだ。
「うーん、ワンピースを作った時と同じ寸法で作ったんだけど」
「ふ、太ってなんかないよ! 気のせいだよ!」
ベッキーさんが叫びながら強引に襟を寄せた。
「無理にギュッと絞めなくてもいいから。調整しろは作ってあるから直すってば泣かなくていいから!」
涙目になるのはやめてー。そんなために作ってないから!
「見た感じウエスト周りはあってるから、胸が育っただけだよ」
「わ、わたしは、ピッタリ、です……」
「リーリさんもまだ成長期です気にしないで!」
ふたりともしょげないで。
あー、乙女の感性は俺にはわからん。秋の空に聞いてくれ。あれ、秋刀魚雲とかだっけ?
「ともかくね、着心地はどう? 動きやすいとは思うんだけど」
「えぇ、服が伸びるので、とても動きやすいですわ」
「膝から下がスースーして、気持ちいいよ!」
「すごく涼しいので、チトトセさんの言う通り水槽で遊ぶのも、良いかもしれません」
「これを着たままなら、ダイゴさんと一緒に湯浴みにもできそうだね!」
着心地はばっちりな様子。教会の子らにも作ったら喜んで遊ぶかな。池で泳ぐかもしれないけど、あそこは浅いから溺れることはないでしょ。大人の目も増えたし。
「……そうするとサンライハゥンさんたちの分も作った方が良いな。一緒に遊べれば、気分も変わってくるでしょ」
「やはり、水で遊べる娯楽施設を作れば莫大な利益が出ますね。これは、商会の総力を挙げて取り組むべき商機です」
壁に控えてるチトトセさんがぶつぶつ言ってる。確かにレジャーランドっぽくて楽し気だ。デリーリアは暑いし、造ったら受けるだろうなぁ。お金にものを言わせて力づくでやりかねないな。
あ、コルキュルに作ればいいのか? あそこなら土地は余ってるしって、領主がいるんだっけ。アジレラからも離れてるし、誰も来ないか。
「着心地がオッケーなので甚平を量産するとして、今日は露店で買った壊れてるものを直すつもりなんだけど、ふたりはどうする?」
甚平の動きやすさが珍しいのか謎の体操のような動作をしているベッキーさんとリーリさんに声をかけた。
「それならば、おじを呼んでこようかと思います。直した後に鑑定してもらえば、どのような魔道具なのかがわかりますし、不要なら買取もしてくれるとは思います」
「じゃああたしもリーリと一緒に行こうかな! 教会に買っていくお土産も見たいし!」
「お留守は私が務めさせていただきますのでご安心ください」
「……獲物を狙う目で俺を見てるのにそう言われましても」
チトトセさんの目がコワイ。
「ラゲツットケーニヒさんが来るなら、そろそろお暇するって伝えとこうかな」
「ダイゴ様はもう戻られるのですか?」
「数日いればいいかなって思ってたし、ちょっと家に戻って畑のチェックとか食材の補給もしたくって」
「残念です……」
猫耳をぺたんとさせるチトトセさんには申し訳ないけどこっちもやりたいことがあるので。
てな感じでふたりと別れて部屋にこもる俺。
テーブルの上には大森林産の訳あり品が並ぶ。石板が割と大きいだけであとは小さいのばかりだ。
「どれからにって、そうか一気にやっちゃえばいんだ。修繕!」
テーブルの上の訳あり品がぴかって光った。くすんでたりしてたブローチの宝石もキラッキラに輝いてる。石は、石だね。
「どれどれ、お試しで見てた赤いブローチの宝石のひびも無くなってるし、成功だ」
「あの、ダイゴ様、何か光ったようですが……」
「大森林産の壊れちゃってる魔道具を直してみました」
「直した……はぁ、なんでもおできになるのですね……」
「この力を使えば、壊れてしまった思い出の品を直すことも可能でそれはお金の匂いがします」という独り言が聞こえたけどスルーだ。思い出の品を直せるのはいいことだと思うけど、壊れているからこそって思い出もあるんじゃないかな。わからないけどさ。
「さーて、ラゲツットケーニヒさんが来るまで、ちょっと調べてようかな」
「ち……頭取がお越しになったようです」
チトトセさんがエレベータの扉を開けている。
「……早くない?」
「頭取は人を待たせるのが嫌いなので、おそらく空を飛んできたものと思われます」
「は? ラゲツットケーニヒさんて空を飛べるの?」
「頭取は凄腕の魔法使いで短距離ならば飛んできます。ハンターの等級だと1級に相当するはずです。連れてきますので少々お待ちいただけますでしょうか」
そう言ったチトトセさんはゴゴゴという振動ととともにエレベーターで下に向かった。
オババさんも1級だって聞いたし、エルフってバカ強いの?
あ、でもリーリさんは3級だって言ってたしそうでもないのかな。もしかしたら、その辺があってお嬢様をやってないのかも?
まぁ、こみいった事情に首を突っ込むべきじゃないね。
なんて考えてたらチーンと音がなってエレベーターの扉が開いた。
「にいさん数日ぶりだな。どうだいうちの宿は」
片メガネのイケオジヤクザことラゲツットケーニヒさんが笑顔で歩いてくる。
この人は笑顔を絶やさない怖い人だから油断は禁物なんだけど、ニッコニコされちゃうと警戒もできないんだよね。ベッキーさんもそうなんだけどさ。
「とてもいい宿ですね。水槽に囲まれた部屋には驚きました」
「そうだろうそうだろう。あれはお嬢に見てほしくって特別に作った部屋でな、喜んでもらって良かったぜ」
「まじっすか」
「おうともよ」
と言いながらいつの間にか俺の対面にラゲツットケーニヒさんが座っている。だからこの人はコエーんだ。
「お嬢とベッキー嬢はうちの店で買い物中だ」
「ベッキーさんは教会へのお土産を探したいって言ってたので」
「そうそう、あの娘は孝行娘だぜ」
「ですねぇ。ベッキーさんと教会に行くと、教会の先生の頬が緩みますからね」
などという世間話をして本題に突入した。
「ほうほう、面白そうなブツがそろってるなぁ。だいたいはわかったぜ」
ラゲツットケーニヒさんがテーブルの上を見渡した。
「この草履って何かわかります?」
「こいつは、水の上に立てる草履だな。何でできてるかはわからねえけど、なかなか使い道はねえが面白い魔道具だ。こいつがあったってことは、昔は水が豊富だったんだろうなぁ」
ラゲツットケーニヒさんが草履のひとつを摘まんでしげしげ見ている。今の水が少ない世界じゃ使い道がないって魔道具か。んー、待てよ?
「水に浮く草履か。コルキュルの池の上を歩くとか、楽しいかも」
「ん? あそこに池があるのか?」
「あー、ちょっと前にベッキーさんに作ってもらいました」
「ベッキー嬢が? そらまた剛気だな」
ラゲツットケーニヒさんはガハハと笑った。でも目が笑ってないので、何か企んでるな。
「ブローチなんかは」
「これはだな、色が属性で、魔力を注ぐと属性のなにかが出てくるって魔道具だなこれ。赤いやつは炎が出てくる、茶色いのは土だろうな。緑は風だ。へぇ、これは使えそうな魔道具だな」
「これを買った露店のおばあさんは、赤いやつは調理用だって言ってましたね」
「露店のばあさん……これを売れるようなババアはアイツしかいねえな」
「お知り合いですか?」
「腐れ縁つーか商売敵っつーか、ま、そんなとこだ」
ラゲツットケーニヒさんがチトトセさんをチラ見して苦笑いをしている。ふむ、過去に色々あったのかな。
「なら、信頼できそうですね」
「癪に障るけど、間違いはねーな」
ラゲツットケーニヒさんはまたガハハと笑った。
教えてもらったものは、メモッといた。
要らなさそうなのは買い取るぜって言われたけど、せっかくだし持っておくことにする。何かに使えるでしょ。




