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第七十話 勘違い

ちょっと短いです。たまには、ね。

 俺がギィちゃんに攫われて、そこにいた、出口のない暗がりでもがいていた人らをワッケムキンジャル先生のとこに丸投げしてからローザさんに送られて宿についたのはもう陽がとっぷり落ちた後だった。賑やかな喧騒が遠くで聞こえる静かな宿はゆっくりできていいな、なんて思ってたのが数分前。

 宿の玄関についたときに俺が見たのは、真っ白な長袖長ズボンの衣装に身を包んで正座をしているチトトセさんだった。脇には風の息吹の責任者であるケイリューテンベルさんが悲壮な顔をして傍に立っている。

 すっかり忘れてたけど、そういえば俺が攫われた時にはいなかったな。というかその恰好は……


「申し訳ありません、お詫びいたす所存です」


 唇を強くかんだチトトセんが懐からナイフのようなものを取り出した。

 ちょっと待って、チトトセさんが錯乱気味だ。


「それはダメだぁ! ぶちこGO!」

「ワップゥ!」


 緊急事態と判断してプチコをけしかけた。飛び出したプチコはナイフに嚙り付き、バキリと噛み砕いてモグモグゴックンした。

 ナイフだったものは柄しか残らず、それを見たチトトセさんは2本目のナイフを取り出したけど、彼女の背後に回ったリーリさんに腕をつかまれた。ボディはベッキーさんががっちりホールドでチトトセさんを完全制圧だ。


「ふたりともナイス! ぶちこもよくやった。みんな後でご褒美だ!」

「は、はなしてください!、わたしは、責任を取らねばいけないのです!」


 チトトセさんがじたばたするけどベッキーさんの怪力で固定されてるからむいむいしているようにしか見えない。


「責任って、あれですか、俺が不用心な買い物してあれであれになったからですか? すべては俺の自業自得なのでチトトセさんには何ら瑕疵はないですよ?」


 ちょっと疲れた顔のケイリューテンベルさんを見た。どうしてこうなってるのか、いきさつを知ってるでしょ。


「えぇまぁ、仰る通りではあるのですが、お嬢様の大事な方というのもございまして」

「わたしが責任を取らないと、ほかの従業員に示しがつきません!」


 チトトセさんが涙声になってきてる。俺としては大事(おおごと)にはしたくない。


「あー、ちょっと割り込んで良いですかねー」


 右手を「失礼しますよー」ってひらひらさせてふたりの間に入り込む。たぶんお互いの主張がかみ合わなくってどうにもならないやつだコレ。


「だからって、腹切りは駄目でしょう」

「え」

「は、腹!?」


 俺の言葉にケイリューテンベルさんとチトトセさんが顔をこわばらせた。ベッキーさんもリーリさんも「なに言ってるのこいつ?」って顔してる。

 俺、おかしなこと言った?


「ダイゴ様、その、腹を切るのではなくて、髪を切るのです。罰とはいえ、さすがに命を投げろとは言えませんので」


 ケイリューテンベルさんが困惑気味に説明してくれた。


「え、あ、そうなの?」

「女性の大事な髪を切ることでそれを罰とするのが当宿の習わしでして」

「……早とちりで申し訳ない。むかーしの俺の国だと短刀で腹を切って介錯人に首を落としてもって自害する責任の取り方があってですね。いまでも比喩で腹を切るって言い方をしたりするんですよ」


 いやー、俺の早とちりだった。あははってごまかすけど、空気が重い。


「ダイゴさんの生まれた国は恐ろしい(殺意に満ちた)国なのですね」

「だから優しいダイゴさんは、いいように使われちゃったんだね!」


 リーリさんとベッキーさんがひそひそ話しながら憐れんでくる。視線が痛いんですが。


「ちょっとそこのおふたりさん。俺のいた国はいたって平和ですけどー?」

 

 誤解です。慣用句的に使うだけで実際に腹切りするのはサツマだけです!

 でも、腹切りではないってわかってよかった。髪を切るのが罰というのも、接客業だと影響が大きいのかもしれない。髪は女性の命ともいうし。

 あとは宿的に罰を与えないと規範が保たれないかどうかだけど。

 ちょっと慄いた顔で俺を見ているチチトトセさんの髪を見た。ボブくらいのショートカットなんだよね。これ以上は切れそうにない。もしかしたら頭を剃る覚悟だったのかも。


「うーん、罰を与えないとまずいんですよね?」

「えぇ、当宿の規則でもありますし、当宿をご紹介いただいた兄貴にも、ひいてはヴェーデナヌリアの姐さんにも我々の顔が立ちません。一族のメンツもかかってきますので」


 おおぅ、マフィア理論だ……。リーリさんは呆れ気味だけど止めてはこない。守るべき規範というか、仁義とかあるんだろうか。

 俺に付け入るスキはないのかなぁ。

 いや、何とかなるか。強引にでもするしかない。悪いのは俺だもん。


「あ、じゃあチトトセさんに俺のわがままに付き合ってもらってもいいですか?」


 俺の提案にケイリューテンベルさんは片眉を上げた。


「……いくらダイゴ様の提案といえどもそれでよろしいので?」

「髪を切るよりも辛いことかもしれませんよ?」


 俺はオババさんの顔を思い浮かべ、ふふふと悪い笑顔を浮かべる。


「……そもそものお人よしが抜けていないのでただの変な顔になっていますね」

「チトトセさんが、脱力してるよ!」


 リーリさんとベッキーさんの言葉が辛辣だ。


「ちょっとふたりともひどくない? これでも頑張ってるんだよ?」


 ちょっとむくれながらケイリューテンベルさんに同意を求めたが、笑いをこらえているのが丸わかりだった。

 げせぬ。


「くぷぷ。いや、まぁ、それでも結構ですが。チトトセ君、イイネ?」

「え、あ、はい……」


 話を振られたチトトセさんの顔が引きつってる。俺が例えで出した腹切りの話を真に受けてるんだろうか。

 そんなことは望んでません。


「よし、では、明日は終日宿にこもりきりで服を作るので、チトトセさんにはその着せ替え人形になってもらいます!」


 速乾性で伸縮性のあるっぽい布をゲットしたんだし、気楽な部屋着が欲しいじゃん。

 肌触りのいい布で下着とかは作ったけど気楽に着れる服は作ってなかったんだよね。ゆったりした甚平みたいのもいいな。


「着せ替え人形……エッチなこととか、するんですね、わかりました」

「え、しないけど」

「で、では、先日ご紹介する予定だった特殊娼館のご要望など」

「俺が違った評価されちゃうから今はそれを忘れてください。あ、そこのふたりは俺をそんな目で見ないで! 未遂だから行ってないから!」


 それ以上はやめて!

 元々軽かった俺の存在が紙よりも軽くなって風に巻き上げられちゃうから!

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