第八話 初めての家庭菜園
もふもふは素晴らしい。
いままでこれを知らなかったことが恥ずかしく思える。
撫でる手に感じるシルク並みの滑らかさ。指を差し込めば優しく包まれる牛柄のもふもふは最高だ。
俺はいま、だらしなく床に寝っ転がっているぶちこに背中を預けている。背中と後頭部に触れるもふもふの素晴らしいさを堪能して忙しい。かつてのブラック設計屋よりも忙しいのだ。
何か忘れている気もするけど、もふもふが優先だ。
「わっふグゥゥゥゥ……」
ぶちこの元気がない声と盛おなかの窮状を訴える音がユニゾンした。そういえばお昼を食べてないな。もふもふの魔力に負けてたわ。
「よっし、お昼にするか」
「わふぅ!」
「ということでお昼は手軽な肉野菜炒めとする。なお、スープは作らないでおいしい水とする」
「わ、わふ?」
なんでだがここの水はおいしい上に元気になるんだ。ぶちこがあの池に突撃したのもこのあたりに理由がありそうなんだけど、よくわからない。
「ぶちこは、どうしよう。ドッグフードなんてないしなぁ。肉が妥当か」
コンビニゾーンで物色してるけど、ぶちこの体は象くらいはあるんだよなぁ、食うよなぁ。お座りの状態で俺の脳天とぶちこのあごよりも下なんだよ。倉庫にあったでかい毛皮の意味がよくわかったわ。
「俺はともかく、ぶちこには鶏肉をあぶってからあげてみるか」
ガラス扉を開いて鶏肉の皿を取りだす。一羽だったであろうお肉が折り重なってる。そこからひと塊ずつ取り出すんだけど、一向に減らないんだ。時空がねじ切れてアインシュタイン大先輩もびっくりだろう。
「ま、これくらいでいいかな」
なんとなくで500グラムくらいを取り出した。今回は調理ではないからか、調理スキルさんは働いてない気がする。フライパンにオリーブオイルを引いて着火と念じる。油がじゅわじゅわささやきだしたらお肉を投入。
「トングが欲しい」
だれか発明して。お肉をひっくり返すの、箸だと大変なの。またもフォーク2本で肉をひっくり返す。
「少し肉を切ればよかったなぁ」
調理不心得者のたわ言である。
香ばしい匂いにぶちこが興奮気味でしっぽが風車並みに大回転状態だ。
「まだ、まだまて」
「わ、わふぅ……」
待てと言われればおとなしくお座りできるなんて、ぶちこは賢いな。
「味付けはどうするかなー」
――ぶちこちゃんには、薄味がよいですよ
お、調理スキルさんだ。ぶちこは『ちゃん』なんですね。
薄味かー。かるーく塩でも振るか。
棚から塩を取り出してひとつまみ。んーー、俺の腹を直撃するいい匂いだ。
表面が焦げてきたからもういいだろ。大き目のさらにどさっと移し替える。
「わっふ!」
「まだ熱いからステイな。冷ます間に俺の昼を作ろう」
米を取り出せば鉄のお釜がドデンと現れる。ささっと米を投入、自動で米が洗われる。水が張られたら着火と念じる。もちろん下駄蓋は忘れずに。
野菜炒めだけど、ぶちこと同じく鶏肉にキャベツ人参玉ねぎもやし。味付けは味噌だ。油はぶちこの肉を炒めた残りがあるからそれでいいや。肉を先に炒めて野菜一気に投入。強火でさっと炒めて味噌を加えてもうひと加熱。
調理なんて知らないのに体が勝手に動く不思議。あっというまに肉野菜炒め定食の出来上がり。ぶちこの肉もいい具合に冷めてきた。まずは調理スキルさん用に取り分けて神棚にお供えする。
俺とぶちこの皿をテーブルに並べる。ぶちこの皿を床に置くと食べにくそうだし。
「じゃ、いただきます」
「わふっ!」
――おいしそうですね
まずはキャベツだ。俺は噛みごたえがあるのが好みで、強火でさっと炒めたくらいがいいんだ。しゃぐ、しゃぐっとゆっくりかむ。味噌がキャベツによく合ってて、うまいぜ!
口の中に味噌味があるうちに白米を追加だ。
「むぐむぐ、うめぇぇぇ!!」
調理スキルさんありがとう。
玉ねぎもしゃくしゃくだし、もやしもいいアクセントになってる。箸が止まらない!
「わふっわふっわふっ!」
ぶちこ、よく噛んでお食べよ……あれ、もうないの?
「がふぅがふぅ」
ぶちこが空の皿を噛みだした。足りないアピールっぽい。
「同じだけをあげるかー」
俺はまだ食べている最中なので生の鶏肉を皿にのせた。
「わっふぅぅ!!」
ぶちこがガツガツ食べてる。食費が嵩みそうだ。
鶏肉が20/100で、今ぶちこが食べたのは1000グラム。つまり200ペーネ。日に3回の食事として600ペーネが最低ラインか。月が30日とすると……18000ペーネ!??
「おもいっきり赤字やんけ!!」
やべえやべえ。何かで稼がないと俺の食い扶持すらもないじゃんか。
だからといってぶちこは追い出せない。このもふもふは俺のものだ!
この生活に癒しは欠かせない、必需品だ!
「……まずは食おう。食ってから考えよう」
ご飯がモサモサする。先行き不安で味がよくわからなかった。借金とかできるのかなぁ。
今日やろうとしてたのは、畑仕事だと思い出した。食費の足しにらないかと思ってたんだ。道具と種と苗はすでに玄関の三和土に置いてある。
「まずは耕す場所の確保だな」
まだ元荒地で今は草原の探索からだ。鋤を肩に担いで玄関を開ける。本日も快晴なり。
家を出たらまず池がある。その両脇は空き地だ。池の向こうにも空き地はあるけど、池が細長くて耕すには狭い。
「まずは池の周りを散策しよう」
池の左から回ることにする。ぶちこもついてきた。
「家庭栽培くらいなら余裕だな。水は池からもらえばいいだろうし。なんなら田んぼも作れそう」
問題は耕せるかどうかだ。俺には畑仕事の経験なんてない。家事スキルにも該当しそうなのはなかった。試されている感じだ。
ま、やってみるしかないか。
「うりゃぁぁ」
掛け声だけは威勢よく、腰は引け気味で。しがないブラック設計屋に鋤を振り回すほどのパッワーはないのですよ。
鋤を頭上に掲げて一気に落とせばグサッと地面に刺さる。土はそれほど固くない様子。石にあたった感触もなかったし。割と畑に向いている土なのかも。
2、3回繰り返していると隣にぶちこが来た。前足で土をてむてむしてる。
「掘りたいの?」
「わっふ!」
しっぽがぺしぺしと大車輪だ。土を掘るのは犬の宿命なのか。
それはともかく、ぶちこの巨体で掘れば土も柔らかくなって俺も耕しやすくなるはず。
「よし、思う存分掘っちゃって!」
GOの合図にぶちこは「わふー」とひと吠えして土をほじくり返し始めた。ぶちこがひとかきするごとにごっそり土が舞い上がる。そして俺にかかる。
「ぶふぉっ、ちょ、ぶち、まっ」
目をつむりながらそこから離れぺっぺと口に入った土を吐き出す。頭から足元まで土まみれだ。
「パッワーが強すぎる」
頭の土を払って服も叩く。着替えがないから汚したくはなかったのに。
「……清掃スキルを使えばいいのか」
なんなら洗濯スキルもある。汚れるのが前提だからこんなスキルをもらったのか?
納得したくないなぁ。
なんてぐずってたら「わふぅー」とぶちこに呼ばれてしまった。
「おぅ……」
10メートル四方の土が見事にほじくり返されていい感じに耕されてる。すぐにでも種をまけそうだ。
畝?
知らない子ですね。
まく予定の種を確認する。
青い種、紫の種、緑の種、メタリックなシルバーの種、カラフルな虹色の種。
「何が生えるのか想像不可な種があるけどそこは気がつかなかったことにしよう。何が生えてくるのかタノシミダナー」
指で穴を作って種を入れていく。お試しなので各ひとつづつだ。
5つの種をまいて、穴に土をかぶせておく。どこに何色の種を植えたのかはスマホにメモっておこう。圏外でもスマホの使い道は多いんだ。音楽も聴けるしね。
「水をかけたいけどジョウロはないなぁ。家の中から木のカップでも持ってこよう」
カップを持ってきて池の水をかけていく。
「売れる何かに元気に育ってくれればいいけど」
あ、売るっていっても、どこの誰に売るんだ?