第六十三話 買い倒れフィーバー
砂クジラの甘辛煮を堪能した翌日。本日も快晴である。あれだけ食べた割には胃もたれもなく、体調はばっちりだ。これも甘辛煮の特性なのだろうか。
「さて、本日は買い物がご希望でしたが」
チトトセさんがすすっと這い寄ってきた。きたな、クノイチさん。
「服と布と、できれば魔法鞄が売ってるような店にいきたいなーって」
「服飾装飾関係ですね。であれば……少々治安に不安のある地域ですが、掘り出し物が多い市場など如何でしょう」
「護衛なら、ばっちりだよ!」
にぱっと笑顔のベッキーさん。リーリさんも力強く頷いてる。
ふたりがいるから問題ないでしょ。プチコもいるしね。
「もちろん掘り出し物を探しに行きます!」
買い倒れるぞ、えいえいおー!
ということで、宿から馬車に揺られて20分ほど。デリアズビービュールズのやや外周寄りらしい地域の、砂が吹き上がる噴砂がある広場の市場に来た。市場といっても出店が整然と並んでいるお行儀のよさはなく、思い思いの場所に露店を広げている、良い意味でカオスな市場だ。
客にかける声も大きく、物を求める人も多い活気がある市場ではある。
生活金物、武防具類、服飾装飾、小物雑貨。さすがに家具のような大物はない。ただ、何でもそろう感じだ。
敷物の上に商品を雑多に置き、店主らしき人がその横で椅子に座っている。商品の横にいるってのは、持ち逃げされないためだろうか。
この市場に来ている人らは服を見るとわかるんだけど、それほど裕福ではない感じで、武器を携帯したあからさまにハンターって人の影もある。
ちょっと怖いので距離を取ってしまうのは仕方がないでしょ。
「服飾は……あそこにあるね!」
ベッキーさんに確保されている左手が引っ張られた。単独行動は許されないらしい。ベッキーさんは人混みを押しのけるようにぐいぐい進んでいく。
引きずられてたどり着いたのは、猫獣人のおばあさんがいる露店だ。商品を保護するためかそれとも本人用なのか日除けの屋根もあり、露店というか屋台だ。
ハンガーに吊られているのは、主に女性向けな服で素朴なスカートやらカラフルな上着なんかだけど、鞄とかペンダント的なものも置いてある。
縫合なんかは俺が作った、いまふたりが着てるワンピースの方がよく見えるけど、若向けのセンスが垣間見えて、ベッキーさんとリーリさんには似合いそうに思えた。
屋台の端っこの方には布も見える。布の表面はなめらかに見えて、肌触りは良さそうだ。この布で服を作っているのだろうか。
「いらっしゃいお嬢ちゃん。お父さんと買い物なの?」
人懐っこそうな、それこそ猫みたいな笑顔のおばあさんが声をかけてきた。
そっか、俺はお父さんに見える歳なんだな……。ちょっと遠くを見たくなっちゃったな。
「おばーちゃん違うよ! ダイゴさんはまだおじさん手前だよ!」
「あっふ、ベッキーさん、それ逆効果……」
ようは、ほぼほぼおじさんってことなんだ。直球で来るとこたえるな。
「おっと、それはごめんねぇ。お詫びといってはなんだけど、買ってくれたらおまけするよ」
「わ、おまけしてくれるって!」
ベッキーさんがきらきらした笑顔を俺に向けてきた。
うまい具合に購買意欲を刺激させられてるなぁ。このおばあちゃん、やり手だ。リーリさんもそう思ったのか、小さくため息をついた。
ま、この際のせられたってことにするか。
「この服とかって、みんなおばあさんが作ったやつ?」
「そうさぁ。まぁ、あんたがたの服に比べればできは落ちるけど、服はあたしが作ったものが大半さ。腰袋とか背負い袋は大森林から発掘されたものだね」
「大森林で発掘?」
なんだそれ。
「おや知らないのかい? ドゥロウギ大森林には、大昔に滅んだ謎の文明があったんだよ。だからかつて使われていた魔法鞄とか魔道具とが見つかるんだよ」
なにそれとリーリさんを見ると、小さく頷かれた。マジらしい。古代超文明とか、そんなのがあったってことか。神様が実在するんだしあってもおかしくはないか。
「なるほど。ってことはその布の袋も魔道具?」
「この腰袋かい?」
おばあさんは、俺が指さしたリーリさんが持っているような布の袋を手に取った。
「これは、魔道具というにはちょっと質が落ちてねぇ。たくさん物を入れられるんだけど、この袋の口に入る大きさの物しか入れられないのさ」
おばあさんは腰袋の口を開いてくれた。直径20センチほどで、バスケットボールだと入らないかなってくらいの大きさだ。大きいものは入らないけど食材を入れたい俺にうってつけのお宝じゃん!
「あ、それ買います」
即断即決だ。タイムイズマネー。幸いなことにお金は銭形平次ができるくらいある。いつの間にかオババさんから振り込まれるお金が9桁に到達してた。円にすると億越えでいわゆる億り人ってやつだ。
「おや、お金は大丈夫なのかい?」
「色々あって、困ってはないです」
「おやおや、それならもっと買ってもらえると助かるさ。あたしも寄る年波には勝てなくて、露店を開くのも辛くってねぇ」
おばあさんは肩をトントンし始めた。絶対に噓でしょ。口もとのニヤケが隠しきれてない。
でもベッキーさんは心配そうな顔になってしまった。ベッキーさんは人が良いんだな。たぶん、ワッケムキンジャル先生の教えのおかげだ。ベッキーさんを残念な顔にさせるわけにはいかないから、買いますか。
「おばあ様、若返りの薬とかはありませんの?」
「そんなのがあったらあたしが使ってるさ……ってか、エルフのあんたに必要かい?」
「乙女にはいろいろありますのよ」
残念そうに肩を落とすリーリさん。リーリさんや、あなたは十分若いのですが?
お子様にでも戻るおつもりで?
「おばーちゃーん、着るとやせる服とか、ない?」
「それがあったら真っ先にお貴族様にお買い上げされてるねぇ」
「そっかぁ」
ベッキーさんがお腹をさすっている。ベッキーさんや、あなたは今くらいのぽっちゃり具合が健康的でよろしいです、非常に。
「ダイゴさんは、スレンダーはお気に召しませんか」
「……リーリさんは読心スキルでも持ってるの?」
「いえ、なんとなくですわー」
エルフさんコエーヨー。
ごまかすために商品に目を向ける。服は女性向けがほとんどだから必然的に布に目が行く。ん、なんか合成繊維みたいな生地だな。速乾性を売りにしてる肌着とかによくある見た目だ。
伸縮性があって、部屋着にもってこいなんだよな。
「おばあさん、その布って」
「あぁこれかい。これも大森林産だけなんだけどさ、肌触りはいいんだけど生地がスカスカのペラペラでうまい具合に縫えなくってねぇ。布巾にしても水を吸わないし、いい使い道がなくって売れ残り物でねぇ」
おばあさんがちらちらっと俺を見てくる。金を持ってるカモに見えるんだろう。
その通りです。すごい交渉術なんてござーせん。
「じゃあそれも買います。在庫を全部欲しいんだけど、どれくらいあります?」
「ぜ、ぜんぶ!?」
「全部で。あ、まだ他も見るので。とりあえず、腰袋とこの布の清算をお願いします」
「ちょ、ちょっと待っておくれね」
おばあさんはあたふたと小さな板と取り出し、指でポチポチしている。もしかしたら電卓の代わりな魔道具なのかも。
「腰袋が20万。布が57単位あって57万。しめて77万ペーネになるけど、困りものを買ってくれたんだ、おまけして60万ペーネにするよ」
「これは、ダイゴさんから預かっているお金から出しますわ」
リーリさんが腰袋から金属の板をじゃらじゃらと出しておばさんに渡した。おばあさんの目が開かれてしっぽがピンと伸びた。
「……あっさり出すんだねぇ。ほら腰袋を先に渡すよ。その中に布を入れればいいさ」
おばさんは自分の魔法鞄から布をポイポイ出してくる。それを受け取っては腰袋に入れていく。いくら入れても袋が膨らまない。これはいい。
リーリさんが複雑そうな顔をしてる。自分の魔法鞄が使われなくなるって思ってるのかな。俺のは小物しか入らないんだし、リーリさんの魔法鞄も頼りにしてますってば。
「確かに入っていく。本物だ」
「そりゃそうさ。偽物を売ったらあたしは縛り首だからねぇ。露店こそ信用が大事さ」
おばあさんが自分の首を絞めるポーズをとる。商売は信用が大事だからね。
でも取り締まる法律があるのは意外だ。アジレラに入る時は賄賂を要求されたけど、あれは取り締まれらないのかなぁ。
「あれ、これは壊れてるの? 綺麗なのに」
ベッキーさんが装飾の商品の中にあるブローチを指さしてる。気泡もなく向こう側がきれいに見えるほど透明な赤い宝石に大きなひび割れが走ってるブローチだ。手のひらくらいあって、結構大きい。
「そのブローチは料理の神様の力が埋め込まれてるものでね、火を自在に操れるようになるのさ。発見された時にはこうだったんだ。それでもこれくらいに火は出るのさ」
おばあさんがブローチを手のひらに載せふっと息を吹きかけると、ぼわっとろうそくくらいの炎が生まれた。
「壊れてなければもっと大きな炎が出せて、その炎でどんな場所でも料理ができるってブローチだったんだろうさ。残念ながら、直す方法は誰も知らないんだよ」
「そうなんだ。壊れてなければなー」
ベッキーさんは寂しそうに口を尖らせた。たぶん、ィヤナース君へのお土産とか、そう考えてたのかな。あの子はその道に行くつもりらしいし。
なら俺のできることは。
「そのブローチも買いますよ。そんな感じで壊れてる魔道具、全部買います」
「本気かい? 壊れているとはいえ安くはないよ?」
「色々あって、有効利用できそうなんですよ」
修繕スキルで何とかなりそうな予感がするんだ。ベッキーさんがすまなそうに見てくるのでニカっと笑みで返した。
「……買ってくれるのは嬉しいんだけど」
言い淀むおばあさん。視線は周囲を向いている。
「おい、まだ買う気だぞアイツ」
「お忍びの貴族様には見えねえけど」
「護衛もなしに、間抜けな奴だ」
知らぬ間に俺たちを見ているギャラリーがいっぱいだった。大金を簡単に出してたからだろうか。
治安がよろしくないところだっていまさら思い出した。
「周囲の目が気になるからささっと買います」
「……買うのかい」
「俺の生まれた国には一期一会って言葉があるので。それを大事にしたいんですよ」
口から出まかせだ。あれやこれや装飾品の半分ほどを買うことになった。
「ありがたいことに、今日は商売の神様がいてくれたのかもねぇ」
おばあさんはそう言いつつ、ほぼ半額にしてくれた。なんかそんなスキルがあった気もするけど、発揮されてたのかな。
それでも500万ペーネほど払った。ざっと5000万円だ。
俺の腰袋にはそれと同額の物が入っていると思うと、さすがに緊張してくる。リーリさんはこの緊張に耐えてきたのかと思うと、まことに申し訳なく。
何かの機会にお礼をせねば。
「この腰袋は、しっかり結んでかないと」
と結び目を確認したとき、俺の腰袋を小さい手が握ってるのが目に入った。
なんだこの手と思った瞬間、俺の体ごとすごい力で引っ張られた。




