第五十五話 イケオジヤクザ
野太い声にびっくりしているのは俺だけらしい。店の中の人らは雷のほうが怖いようで、外ばかり見ている。
それにしてもお嬢って……。
「おう、いま行く!」
店の奥からしゃがれた声が聞こえてきた。ぬっと姿を現したのは、モノクルだっけ?な片メガネをかけたイケオジだった。色の抜けた金髪をオールバックで固めた、執事って外見な耳の長いエルフだ。
襟のあるポロシャツみたいなのを着た、オフの古のヤクザに見える。
「お嬢、よくぞご無事で!」
イケオジヤクザが人懐っこく笑った。でもリーリさんは驚いてる。
「おじさま、なぜここに?」
「なんでっつっても、可愛いお嬢がデリアズビービュールズに行くって聞いたし。それにここがキューチャ商会の本店だしなぁ。アジレラから飛竜を飛ばせばすぐだ。ま、なんにせよ、この天変地異でも無事だったってわかってよかったぜ」
「この気象現象は水の教会の教皇が、水神様の力をお借りして行使しているだけですので、危害はないはずですわ」
「なんてこった、水神様のかよ! 天の恵みじゃねえか!」
イケオジヤクザは天を仰いだ。何このギャップの塊みたいな人、いやエルフ。
「ここで立ち話は目立つんで、中に入ってくれ」
イケオジヤクザが手で案内するので、リーリさんに続いて部屋に入った。部屋はかなり大きく、壁には棚で埋め尽くされていてそこにはいろいろなものが置いてある。商品かも。
執務机とテーブルとソファの応接セットがある部屋の隅には精密な彫刻をされたエルフらしき男性の像と、角の生えた虎みたいな動物のはく製が置かれている。
俺が働いてた頃には縁のなかったような部屋だ。
イケオジヤクザがソファに座り、リーリさんが向いのソファの端に座った。
「ダイゴさんは真ん中に、ベッキーはその隣で」
え、俺がイケオジヤクザと相対するの?
お仕置きですかこれ。
「ま、座ってくれ。だれか、茶を頼む!」
「へい、ただいま!」
どこのヤクザ事務所だよここは。帰って良いですかとリーリさんを見れば、ニコリと返された。
大丈夫なんだよねぇ……。
「まずは俺からだな。俺はリャングランダリお嬢の伯母にあたるヴェーデナヌリアの義弟でラゲツットケーニヒだ。お嬢から預かってる商会の頭取をさせてもらってるちんけな男さ」
膝の上に肘を載せてぐいと前かがみで俺をにらんでくるイケオジヤクザことラゲツットケーニヒさん。この人の名前はまだ言いやすいから覚えられそう。怖いけど。
「商会はおじさまに譲ったはずですわ」
「おっと、正式な譲渡の書類がないからこの商会はあくまで俺が預かっているだけでお嬢がオーナーだ」
ラゲツットケーニヒさんがニヤッと笑うとリーリさんがぷぅとほっぺを膨らませた。
リーリさんって、割と親しい人の前だとお嬢様が崩れるのよね。いとおかし。
「ダイゴさん、なんですかそのニヨニヨした顔は」
「え、俺に飛んでくるの?」
「おっとお嬢、そちらのおにいさんを紹介してほしいんだが。あ、ベンジャルヒキリ嬢は顔なじみだもんな」
ラゲツットケーニヒさんがベッキーさんにニカッと笑みを向けると、ベッキーさんはニパっと笑って返答する。なんだこの人たらしは。コエーヨー。
「彼はわたしとベッキーの命の恩人でサトウダイゴさんです。ダイゴさんと呼んでいますわ」
「えっとハジメマシテ佐藤大悟です。とある場所の管理をしています」
「にいさんが見えねえってのは義姉から聞いてるが、なんだか違和感があるなぁ」
ラゲツットケーニヒさんが俺の頭上を見てくる。主に耳だな。髪で隠れてはいるけど、人間の位置に耳があるし。
「おじは鑑定のスキルを持っているのですわ。ダイゴさんを見てもわからないとのことですけど」
リーリさんの補足がありがたい。鑑定ねぇ。あると便利だろうなぁ。
誤解されたままもアレだし、それならばと変化の指輪を取る。頭上の狼耳が消えた感触があった。
ラゲツットケーニヒさんがヒュゥと口笛を吹いた。
「……ベルギスのアレってわけじゃねえってのは義姉から聞いてるし、なによりお嬢とベンジャルヒキリ嬢が一緒にいて何も起きてないのが証拠か」
「ベルギスの人族至上主義みたいな話は聞きましたけど、そもそも俺はここの生まれじゃないですし」
「まぁ、そうだな。で、そのちいさくて可愛らしいけどえらく物騒な血を継いだワンコは、なんだ?」
「ぶちこちゃんは、本当はもっと大きいんだけど小さくもなれて、今は小さいんだ!」
「パフゥ!」
ベッキーさんのフォローにプチコが返事をする。
「賢いやつだな、お前は」
ラゲツットケーニヒさんは破顔してプチコを撫でまわした。ワンコたらしにもなりそうだなこの人、いやエルフ。
「それで、お嬢の用てのは?」
「数日、デリアズビービュールズに滞在するつもりなので、おすすめの宿を聞きに来たのですわ」
「なるほど、宿ねぇ」
ラゲツットケーニヒさんが俺を見てくる。
「残念ながら俺が一番弱いので希望も拒否権もないんですよ」
「なるほど、義姉が手を焼くわけだ」
「おじさま、何か言いました?」
「いんや、にいさんも大変だなって言っただけさ」
ラゲツットケーニヒさんが肩をすくめた。タスケテください、とは言いにくい。自分が情けないよりも、彼の立場的にも心情的にもリーリさんを許してしまうんだろうなってのがわかるから。
「商会が運営する宿がある。買い物するにも食事に行くにも便利な場所にある宿だ。お嬢が向かうって連絡しとくぜ」
「場所がわかれば自分たちで対応しますわ」
「そこなー、一応ここでも指折りの宿でな、一見さんはお断りだから紹介状がないとキッツい宿だぜ」
ラゲツットケーニヒさんに言われ、リーリさんが渋い顔をした。確かに俺たちは金持ちには見えないし、服装もアレだ。お断りされるのが目に見えてる。
貧しい格好だけど実はってのは、割と通用しないんだよ。
「ここはラゲツットケーニヒさんを頼った方が良いね。ところで1泊いかほどで?」
「なんだなんだ、金は要らねえって」
「そうはいかないんですよ。ただより高いものはないってのがうちの国では標準的な考えなんで」
「面白ぇ考えだな。借りを作る方が高くつくってそれ商人の考えだぜ!」
ラゲツットケーニヒさんがガハハハハと豪快に笑った。
「おじさま!」
「いや失礼した、ククク、アンタ、面白いやつだな。なるほど、お嬢が懐いてるってのが良くわかったぜ」
フハハハと悪役な感じで笑うラゲツットケーニヒさんは、なんとなくオババさんとも重なる。似てるんだよねぇ、なにがではないんだけど。オババさんが義理の姉ってことは、彼のお兄さんがオババさんの旦那さんだったってことかな。血は繋がってはいなんだけど、影響でも受けているのかも?
「宿は風の息吹ってとこだ。地図があるからそれを持っていってくれ。うまい酒場とか歓楽街も書いてあるぜ」
「……ダイゴさん、歓楽街はまた今度にしましょうね」
リーリさんが笑顔を向けてくるけど、目が笑っておりませんよ?
ベッキーさん、その疑いの目は何です?
俺は何もしてないよ?
「ガハハハ!」
ラゲツットケーニヒさんの大笑いが部屋に響く。
この人、わかってやりやがったな!




