第四十九話 流されるままに
「あ、そう言えば、ベッキーさんとリーリさんを探してる人に会ったよ。ギルドが呼んでるけどギルドの雰囲気が悪いから来ない方が良いって」
ぷりんを食べ終えてまったりしてる時に、思い出した。危うく忘れるところだった。
「ダイゴさん、その方の名前などわかりますか?」
「うーん、誰だろー?」
ふたりとも首をひねってる。知り合いは多いのかもしれない。
「通訳が必要な姉妹だった。じゃんじゃんいう子。魔法使いとスカウトの、狐の女の子だね」
「あ、マヤとトルエだね!」
「確か、略すとそんな名前だった、かな」
頭の文字は覚えてる。知る人知る人覚えにくい名前ばかりで困る。
「あのふたりがわざわざ来たのですか……」
リーリさんが思案顔になった。
「ギルドの長がポーションの売り上げをネコババしてたらしいんだけど、ポーションが売れなくなって機嫌が悪いとか」
「あぁ、よくわかりましたわ。心当たりもありますし」
「あのギルマスは、守銭奴ってあだ名なんだよ! 性格が悪いんだ!」
ふたりの顔が呆れに変わった。余程なのか。
「さっき会ったふたりは、受付担当が可哀そうだって言ってたなぁ」
上司のやらかしのとばっちりだもんねぇ。やってられないって感じはよくわかる。
「まぁ、当分ギルドに行く予定はありませんし」
「マヤとトルエも行かないだろうしね!」
「わたしたちは食いつなげるとしてもマヤとトルエ心配ですわね」
「そーだね、コルキュルの稼ぎがなくなっちゃったからね、心配だね」
ふたりがちょっと気落ち気味だ。やはり職が危うくなると生活が、となるからだろう。俺も、管理とはいえ無職に近いし、人のことよりまず自分の心配だな。
仕事と言えば。
「また一緒に依頼をしたいねって言ってたけど、ギルドに行かないんじゃそれも無理か」
生きていくためには働かないといけないんだけど、働き口がトラブってるとそうもいかなくなっちゃうか。別な仕事とかあるのかな。
「ベッキー、一回会ったほうが良さそうですわね」
「うん、そうだね!」
「ダイゴさんは、今日の予定は何かありますか?」
「俺? うーん、特にないかなー。家で服でも作ってようかな」
教会の子の服も足りないし、先生の服も足りないんだよ。オババに動きやすくて丈夫な服を頼まれてるのもあるし。
「あ、あたしも普段着れる服が欲しいな!」
「ベッキー、強請りすぎですわ」
「へう……」
「サイズはわかってるから、何着か作っておくよ。ズボンで良いの?」
「わーい、やった!」
「ダイゴさんは優しすぎますわ」
リーリさんが腰に手を当ててもぅとため息をついた。
「リーリさんは、良い?」
「……よ、よろしければわたしも普段履けるような服が……」
リーリさんがもじもじする。美人さんのもじもじ、ご馳走様です。ベッキーさんの花丸笑顔も合わせれば夜鍋でもやれちゃうよ。
「なんだー、リーリもじゃーん!」
「仕方がないのですわ、ダイゴさんが作ってくれた服は、サイズもピタリですし着心地がとてもの良いのですから」
お、意外に、好評なんだ。やったことで喜ばれるなら頑張れちゃうなぁ。
「ダイゴさんが聖なる山の家にいるのなら、わたしはトルエたちを探してきますわ」
「あたしも行く!」
「ベッキーにはダイゴさんをお願いしたいのですが」
「俺はあそこに閉じこもってるよ。教皇様もあっちにいるから」
そんなこんなで、俺は家に、ベッキーさんとリーリさんはアジレラへと別れた。
聖なる山に戻ると、教皇様が池の前にへたり込んでいた。ローザさんの姿がないから、こちらも別行動になったのか。ともかく声をかけた。
「教皇様、中で休みませんか?」
俺の声で我に返ったのか、ふっと顔を上げたら俺と目があった。教皇様が微笑んだけど、目元に疲れが見える。水神様に会ったのかな。
「先ほどおやつを作ったので食べませんか? 甘いものを食べると疲れもとれますよ」
え、と渋りかけた教皇様だけど、少々強引に案内した。なんか疲れてる感じだったしね。
「履き物を脱ぐのですね。寝る時以外は脱ぐことはないので、なかなか新鮮です」
裸足で床をペタペタ歩く教皇様は足裏の感触を楽しんでいるようだ。
「水神様には会いました? 割と話しやすい神様ですよね」
「謁見できました。緊張で、あまり記憶がありませんけれど」
テーブルに案内しがてら様子を伺うが、教皇様は苦笑いだ。面喰ったりいろいろあったんだろうなぁ。人間と比べるのがおかしい存在だから俺たちと思考が違うしね。
「水しかないのですけど」とカップを差しだす。お茶はまだないんだ。教皇様にお酒は違うしね。
「ありがとうございます」と教皇様はカップに口をつけ、一気に飲み干してしまった。緊張で喉がからからだったんじゃないかな。崇拝する神の前に立ったら、だれでも緊張するでしょ。俺なんか、社内での技術発表会でも緊張してたんだから。
「この水は、体中に染み入る感じですね。あぁ、なんだか身体が楽になります」
目を閉じてうっとりする教皇様。なんだか少し若くなったような気がするのは気のせいか。目じりの皺も減っている気がするけどこれは疲れが取れたからで、緊張もほぐれたんだな。
気のせいだな。気にしちゃダメだ。
先ほど作ったぷりんをテーブルに乗せる。
「あら、見たことのない食べ物ですね」
「卵と羊乳と砂糖で作った甘味、ですね。孤児のィヤナース君と一緒に作ったんですよ」
「そうなのですね」
教皇様はぷりんをじっと見つめてる。甘い香りもするし、どうやら目が離せない様子。
「俺たちは食べたので、どうぞ。あ、水神様にもお供えしているので、自分だけとかってのないですから」
「……水神様と同じものを。畏れ多いですが」
スプーンで掬ってパクリ。口をモニャモニャした後に目がとろんと蕩けた。
「優しい甘さですね」
ぽやぽやと周囲に花を咲かせたような笑みを浮かべてる。
ゆっくり一口ずつ、熊の耳をぴくぴくさせながら、教皇様が食べ終えた。はふーと満足の吐息。
「大変、美味しゅうございました。これも水神様のお導きなのでしょう」
「俺は、ここに住んで水源の管理をしてくれって言われてここにいるんですけど、水神様は好きなように過ごせっていう割には俺を動かしてくるような感じはしてます。ただ相手は神様なので、流されるままで生活してますね」
逆らってもなんだかんだで動かされる気はするし。気にしなければのんびり過ごせるんだ。長いものには巻かれたほうが楽だよ。
「流れるまま、そうですよねぇ」
ほぅと溜息を吐く教皇様。何か思うことが?
「先ほど、水神様から精霊を3体預けられてしまったのですが、どうしたものでしょうか」
そうこぼした教皇様の頭の付近を、3つの光がふよふよ漂いだした。




