第四話 初めましてと初めての調理
気を取り直そう。ジタバタは飯を食ったらだ。問題は先送りにしてまずはお腹を満たして落ち着くべきだ。
食うなら肉だろうと、肉がある場所へ。
胃が痛くなってたからあっさりな鳥がいいかな。ガラス扉を開けて鶏肉を手に取る。肉はトレーに載ってて布で覆われている。とりま布をとる。
ピンクっぽい、肉だね。鮮度なんて俺にはわからん。
さて何を作るか、と考えたところで、頭に料理の名前が羅列されていく。
シチュー、グラタン、焼き鳥、親子丼、唐揚げなどなどずずずっと。
「……これも調理スキルなのか。たぶん、食材を持った時に料理が浮かぶってことなんだろう」
だって俺は調理なんてしないもん。社畜にそんな時間はないんだよ。
「うーん、手軽にできそうな親子丼かなー」
って決めた瞬間に必要な食材と調理器具がズババババっと頭にあふれてくる。
はいはい、玉ねぎにみりんに醤油に砂糖に卵だね。ガラス扉を開けてそれぞれ取り出す。ふとふり向いてキッチンカウンターを見れば、いい感じの大きさの片手鍋があった。雪平鍋というらしい。
この鍋で作れってことでしょ、わかりましたよ。
「あ、でも包丁がないな」
まぁ、調理スキルが何とかするんでしょ。もう開き直ったよ。こうなりゃ調理スキルを使い倒すまで!
まずはご飯だ。これがないと丼ではない。そう思ったらキッチンカウンターに鉄のお釜が現れた。
もう驚きません。
鉄のお釜に米を入れる。余ったらおにぎりにしようと考えて多めにした。適当だけど、そこは調理スキル任せだ。絶妙な量になるに違いない。
お釜の中でお米がギショゴショいってる。たぶん洗われてるんだ。水を入れた覚えはないけど。
しゅわわわって音を引き連れた水面が上昇してお米がすっかり埋まった。
「……調理スキルさんパネェっす」
もう『さん』づけで呼ぶことにした。マジリスペクト。俺は一切手を出してねぇ。
――着火と念じてください。
おっとご指示が来た。着火と念じるとお釜がキンと金属音を奏でた。
下駄みたいな分厚い木の蓋をお釜に乗せとたん、ゴシュゥという蒸気っぽい音がする。
――10分ほどで炊き上がります。
調理スキルさんの声が聞こえた。
火はどこにとか、そんなに早く炊けるのとか、考えちゃだめだ。謎技術ですべては網羅されているんだ。気にしだしたら夜も寝かせてもらえないかもしれない。
ア、ハイと返事をすれば次に何をするべきかが頭に浮かんだ。
鍋にはすでに水が入っている。とすれば次はみりんと醤油と砂糖を投入だ。分量は頭に浮かんでるからそれに従って入れたけど、調理スキルさんがいい感じに調整するんだろう。
着火と念じ、鍋を温める。
鍋は、いつの間にかふつふつと沸き立っている。鍋はキッチンカウンターに置かれたままだ。コンロも五徳もない。
もしかしたら鍋を持ったまま加熱もできそうだ。慣れてきたら試してみよう。
さて、汁が煮えたら具材を投入だ。
鶏肉を手に取って鍋の上に持って行くと、ぼろぼろっと2センチほどの大きさに崩れていく。玉ねぎも俺が触れた瞬間に皮がむけた。同じように鍋の上にもって行けば、うすーくスライスされてしまった。
「……俺、いらなくね?」
――貴方様に食べたいという意思がないと、私は何もできないのです。
ア、ハイ、すみません。
調理スキルさん、なんか寂しげな声色だったな。ごめんね。
俺、とても親子丼が食べたいよ。きっとすげーおいしいんだ。楽しみだよ。
――がんばります。
……ふぅ、冷や汗が止まらなかったぜ。
いやぁ、調理って大変だなぁ。違った意味で。
――卵の準備を。
よし、溶き卵でしょ。それくらいだったら俺でもわかるしできるって。キッチン上の棚から小さめの木のお椀を取り出して卵を入れる。箸も棚にあった。
「切るようにかき混ぜてっと」
カッカとおわんと箸が当たる音が小気味よい。程よく混ざったら鍋に投入だ。回しながら入れるといいらしい。
半熟くらいで火を止めると、ふわふわでブラボーなできあがりになるとか。
なるほど、調理の面白さってのが、なんとなーくわかってきたな。
ボシューっとお釜が蒸気を噴出した。炊けたらしい。うまそうな米の匂いがするぞ!
下駄蓋を開けると、おおお炊けてるぜ!
ぴかぴかの米粒がはっきりしてて、自然と口の中に唾があふれてきた。
棚にあったしゃもじで切るようにご飯をかき混ぜる。大きめの木の椀を取って、と。
ご飯をよそって、豪快に鍋ごと煮た鶏肉をかけちゃう。つゆだくになるけどそれがいいんだ。さすが調理スキルさん、わかっていらっしゃる。
できたぜ、アツアツご飯にできたて鳥の卵とじ。親子丼feat調理スキルさん。
「うひょーうまそうだ」
テーブルまで移動して、手を合わせていただきます。
ぐっと箸を差し入れ、ひとすくい。湯気が熱そうだけどそのままばくり。
「はふ、はふい」
甘い汁を吸いこんだ玉ねぎと歯ごたえのある鳥肉が絡まりあってブレイキンな感じがたまらなくうまい。しみしみご飯がさらに味覚をぶんなぐってくる。
「うめぇぇぇ!!」
箸が止まらない!
咀嚼の時間がもったいないくらいかきこんだ。
あっという間にお椀が空になった。一心不乱に飯を食ったなんて初めてかもしれない。子供のころにはあったかもしれないけど、少なくとも大人になってからはなかったな。
「余は満腹じゃぁ……」
しばし放心。
心地よい胃の熱さ。
口に残る汁の味。
ビールがあったらお替りしてたろうな。
「調理スキルさん、ごちそうさまでした!」
手を合わせて拝んでおこう。
――お粗末様でした。
いやいや、全然お粗末じゃなくって絶品でした。
調理スキルさんの指導の下ならマジうまい飯が食えるんだな。ちょっとこれ、お給金よりもうれしいかもしれん。
おっと、おにぎりを忘れちゃいけない。
ブランドは知らないけど,米自体もかなりうまかった。大目に炊いたご飯でおやつ用におにぎりをふたつつくる。これくらいは調理スキルさんのお手を煩わせなくてもできるんだ。
さて、調理は片付けまでも含むんだ。実はいまさっき調理スキルさんに言われた。遠足と一緒だね。
とはいえ、家事スキルには洗浄というのもあった。試すにはちょうどいい。
調理スキルが念じることで発現するなら、洗浄スキルも同じでしょ。雪平鍋を手にもって洗浄と念じた。
茶色の汁が残っていた鍋底がピカピカの未使用状態に変わった。
「おおおお楽ちんだ!」
水も使わないってことは、どこでも洗えるってことだ。ピクニック先できままに調理して洗いまで完結できるってすごくない?
ピクニックに行くかは別として。
「いやいやいや、楽しくなってきたなぁ」
ここの生活もいいじゃん、とか思い始めた。