第三十一話 ぶちこ覚醒
「すまないね、年甲斐もなく暴れちまった」
30分くらい暴走したらオババさんが我に返った。ばつが悪そうに背を丸めてるけどそれでも圧が強い。
「治ったとは思いますけど、様子を見てくださいね」
俺が治したわけではないけど薬草をあげたし、一応ね。
「いや、問題はないね、アタシの体のことはアタシが一番わかるんだ。現役の時と同じ感覚が戻ってきてる!」
ゴゴゴと背後で岩が浮き上がるかのような気合を入れたオババさんが自信たっぷりに告げてくれた。
「たぶん、失われていた筋力がポーションで補完されているのですわ」
リーリさんがコショコショ話してきた。
「そんな効能もあるの?」
「なんとなくですが、ダイゴさんが作る食事にも同じような効能がありましたので」
なにそれ怖い。
「リーリさんもベッキーさんも体に異常はない?」
「すこぶる順調ですわ」
リーリさんはにっこりを返してきた。
ぶちこも同じように食べてるんだよなぁ。今晩のことを話すついでに様子を確認しないと。
よし善は急げだ。
「ちょっとぶちこに話をしに行きます」
表に出てたら、ぶちこがぐったりとろけてスライムになってた。ごめんよ、暇だったね。
俺の姿を見たからか、シャキッと起き上がった。
「わふっ!」
「なあぶちこ、今日はここに泊まることになったんだけど、この扉だとぶちこは入れないんだ。だから外でおとなしくしてて欲しいんだけど」
俺の話を聞いたからか、ぶちこはあからさまに落ち込んだ。もふもふが抜けちゃうんじゃないかってくらい、しんなりしちゃった。
「ごめんなー、ぶちこが小さかったら、中に入れるんだけどな」
前足の付け根あたりをなでなでする。頭は届かないんだよ。
「わふ? わふふわふ?」
ん、ぶちこが前足で何かを訴えてくる。上下にしたり、横に広げたり狭くしたり。
うーん、ぶちこの言葉がわかればなあ。
「わふっ!!」
ひときわ大きく吠えたぶちこの体が、見る間に縮んでいく。
は? なに?
唖然と見ている間に、ぶちこはチワワくらいにちんまりになってしまった。
「ぱぅ!」
おお、鳴き方も変わったって、そんな簡単に受け入れられるかぁぁぁぁ!!
「な、なんで体が小さくなれるんだよ!」
「ぱう、ぱうぱう!」
「答えてくれるのはわかるんだけど中身がわかんねぇぇぇ!」
「叫び声が聞こえたと思いましたら可愛いぶちこちゃんですわね! これなら中でも大丈夫ですね!」
「え、ちょっと待って、簡単に受け入れてすぎじゃ?」
「ここ数日でデタラメなモノをたくさん見てしまいましたので、驚かなくなってきましたわ」
「あああなんか理不尽だー」
「ぱ、ぱうぅぅぅ」
やっべ、ぶちこが落ち込んじゃってる。
「ごめん、ぶちこは悪くないんだ。理解不足な俺が悪いんだから。ぶちこは一生懸命小さくなってくれたんだよな。ごめんな」
小さくなったぶちこを抱え上げてすりすりする。
あぁ、もふもふは変わらずだ。ベルベットなんて那由多に飛ばすこの肌触り。手放すなんてとんでもない!
「ぱうわうわう!」
「ぶちこちゃん、よかったですわね」
リーリさんがぶちこの頭を撫でまくる。もふもふは正義だ!
「あ! なにか悲鳴が聞こえたから急いできたら、ぶちこちゃんが小さくなってる! 可愛いがごちそうさまだ!」
狭い通路からベッキーさんか駆けてきた。例えがわからん。
「お帰りなさいベッキー。うまく話せましたか?」
「もうもうばっちり! あとね、お腹すいた!」
ぐーっとベッキーさんのお腹が窮状を訴えてきた。空はもう茜色で、少し気温も下がったような気もする。なんとなく空気もざわついてきて、夜を迎える支度が始まったようだ。
「夕食の準備をしないと、あ、オババさんて嫌いなものってある?」
「何もないですわ。食べ物は全て筋肉になる、がオババの信条ですもの」
マッシブなお婆ちゃんだことで。
ぶちこに清浄をかけて中に入れる。リーリさんとベッキーさんにもかけておこう。オババさんはまた奥に行ったのか、部屋にはいなかった。
さて何を作ろうか。
米は炊くとして、牛冷シャブにでもするか。サラダに乗せればバランスもいいでしょ。あとはスープがあればいいんだけど、野菜スープばかりになっちゃうな。
コンソメとかは作らないとないし。うーむ、帰らないと作れないな。
「キッチンを借りますよ」
「ダイゴさん、鞄ですわ」
「あ、忘れてた」
魔法鞄がないと食材が。
ミニキッチンだからスペースは狭い。米を炊くスペースを確保して、まずは冷シャブだ。牛肉を取り出して、調理スキルさんに薄切りにしてもらう。とりま150枚。
ぶちこも同じくシャブシャブなら大丈夫だろ。
――また知らない料理ですね。
おっと調理スキルさんお久しぶりです。今日はサッパリ目のメニューです。
――楽しみです♪
調理スキルさんの期待も高い。プレッシャーだけど、まぁ、俺が作るんじゃないんだよな。
出てきた大鍋に水袋からだばだば注いでいく。着火と念じて沸騰させる。その間に米を取り出して鉄釜に入れる。一升あれば足りる、よね。
「手伝うよ!」
「同じく、ですわ」
ベッキーさんとリーリさんが申し出てくれたので、サラダをお願いする。キャベツとレタスを食べやすい大きさにちぎってもらう。
「レタスがパリパリですわ!」
うふふふと嬉しそうに、大量のサラダを積み上げていくリーリさん。どんだけ食べるつもりなのよ。
――湯が沸きました。
おっとありがとうございます助かります。
沸々する大鍋に肉を入れてはシャブシャブしてさらに仮置き。
「わ、おいしそう、それアタシやりたい!」
「ベッキーさん、つまみ食いはダメですからね?」
「大丈夫、そんなに食べないから!」
「……つまみ食いの罰は夕食抜きです」
「がーん!」
「リーリさんもだよ?」
「わわわたしは、だだだいじょうぶですわ!」
――なかなか厳しいですね
予定の量を崩されるとあとで困るんですよ。また作らないといけないので。
「あ、ベッキーさん、汁に白いものが浮いてきたらこれで掬って捨ててください」
「わかった! よくわからないけど、これをやるとおいしくなるんでしょ?」
「そうなんですよ。そのひと手間が美味しさにつながるんですよ」
「えへへ、やったね!」
ベッキーさんの花丸笑顔いただきました。
おっとたれを忘れちゃいけない。
醤油とニンニクと日本酒をちょっぴり、隠し味にリンゴだな。
木の容器に入れてかき混ぜる。ちょっぴり味見。ヨシ完成。
「スープには、在庫が多いジャガイモだな。芋と玉ねぎのスープにしよう。圧力でトロトロにしてしまえ」
カモン圧力鍋。細かくしたジャガイモと玉ねぎとにんじんをどんどこ入れていく。水と日本酒と塩コショウを加えて着火。圧力でとろけてしまうがよい!
「おふたりさん、肉と野菜はどう?」
「お肉は全部お湯を通したよ!」
「キャベツもレタスもばっちりですわ」
ふたりのそばに肉とサラダの山が見えた。あれがなくなるんだからすごいよねー。
「おや、なんだかいい匂いがするねぇ」
奥の部屋からオババさんが顔をのぞかせた。
「スープのとろけ具合を確認したら食事ができます」
「なんだって? 本当に作ってたのかい? アタシゃてっきりその場しのぎかと思ってたよ」
オババさんがびっくり半分呆れ半分な顔をした。
「俺のすんでるところには、ただより怖いものはないって、有名な言葉があるんですよ」
オババさんがむむむと口を曲げた。
「よし、あの薬草は全部買わせてもらうよ」
「良いんですか?」
「まだ在庫があるなら、定期的に卸してもらえれば、なんとかするよ」
オババさんは、良い笑顔を向けてきた。ちょっと気になるんだけど、スルー案件かな。
「それは助かります!」
金の目処がつきそうだ。これならぶちこがどれだけ食べても賄え、るよね?
「ダイゴさんもオババばも、お話はそこまでにして、早く食べましょう」
「そうだよ! アタシはもうお腹ペコペコだよ!」
腹ペ娘がふたりに増えた。さすがにオババさんは、違うよね? 違うと言って!
その日の夕食は、もぐもぐしゃくしゃくとその音だけが響く、それはそれは静かな食事だった。
調理スキルさん今日もありがとう。




