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第三話 家の探検

 キッチンから続く廊下の両壁には扉が並んでいた。木製で、豪華でもなければ貧層でもない、いい塩梅の品質と装飾に見える。

 試しに手近な扉を開けると、そこは普通の部屋だった。見慣れた円盤型の照明器具がパッと点灯する。人感センサー付きとはお高い。やはり富豪だ。

 広さは8畳くらいだろうか。俺が住んでいたアパートと変わらない。部屋は板張りでベッド、丸テーブルと椅子のセット、衣装タンス、化粧台まである。

 クライアントは女性を想定していたのかも。だがしかし俺は男である。身だしなみに気を配る程度の嗜みはあるけどさすがに化粧はしない。


「……きっと来客用だ。そうに違いない」


 深く考えるのはやめよう。クライアントも、とにかく暮らせといっている。他の部屋も見てみよう。


「うむ、どの部屋も同じだ。家具も全く同じだ。不公平感をなくすためだろうか。いやそこはスルーしておこう」


 扉は8つあった。つまり部屋は8つ。椅子の数と同じだ。フラグがむくりと立ち上がるのを感じる。


「用意されたものを全部使うとは限らない。予備に違いない。毎日気分で部屋を移動する変わり者を想定していたんだそうだそうだ」


 深く考えるのはやめよう。

 廊下の突き当りは、壁だった。そういえば二階があったはずだけど、階段はこんな奥にはないよな。

 それに、これ以上の部屋があっても困る。ひとりじゃ使い切れない。廊下を戻りリビングに。


「リビングには襖がふたつか。先に書で確認するか」


 持ち歩いている書を開く。ペラペラめくると家の案内があった。先にこれを見ればよかったなぁ。


「玄関から見て左が縁側でその先に倉庫か。右の襖の先が風呂とかの水場になってる感じか」


 なんか外から見たよりもずいぶん大きな空間な気がしないでもない。

 深く考えたら胃が痛くなりそうだ。ここもスルーだ。


「まずは風呂だな。トイレも気になる」


 ぼっとんトイレは勘弁願いたい。処理もどうするのか知らないし、何より臭いがね。

 祖母の家もぼっとんで、トイレに行くのが嫌で我慢してたら便秘になったことがあったな。

 淡い期待を持ちつつ襖を開けると、そこには廊下が続いている。襖を開けると、パッと明るくなった。暖色で落ち着く雰囲気だけど、なぜか天井そのものが光っていて俺の心は落ち着かない。

 俺のアパートよりも、勤めていた会社よりも未来的だ。古めかしい日本家屋なのに。


「このアンバランス感はクライアントの趣味なのか?」


 深く考えるのはやめよう。

 廊下の先にはトイレらしき扉が3つ見える。全部開けたが、やはりトイレだった。洋式便座だったのが安心材料だ。レバーもあり、水が流れるのも確認した。手洗いも併設されていて固形石鹸もある。もちろんトイレットペーパーもだ。


「快適にして住んだ人間を逃さないつもりだなこれ」


 ちょっと怖くなってきた。俺を肥え太らせてパクリとかないよな。

 深く考えるのはやめよう。

 トイレの先には暖簾がかかった入り口がふたつ。暖簾には男湯と女湯と書かれている。

 考えても仕方がないので暖簾をくぐる。まずは男湯だ。

 簀子(すのこ)が敷かれた脱衣所には棚がある。しかし、棚はふたつしかない。

 何も考えないようにして女湯へ向かう。


「……こっちには棚が6つある」


 男女比は2対6か。いやそうとは限らない。女湯でも男オンリーなら使用に問題はないはずだ。そうに違いない。

 女性に囲まれる生活は落ち着かないだろうから御免被りたい。女性手当てが厚く出るなら考えるが、それはないだろう。

 女に囲まれてハーレムなんだからここにいろという、執念じみたものを感じる。正直怖い。

 風呂は、数人がのびのびできるほど大きかった。シャワーも予定人数分はあり、順番待ちにならない配慮もされていた。リラックスできてさぞかし気持ちがいいだろ。


「揃いすぎてて恐怖しかないわー」


 胃のあたりがキリキリするのでリビングに戻ることにした。

 椅子に座りぐったりとテーブルに覆いかぶさる。勘ぐりたいわけじゃないけど、不便そうな場所なのに設備は超快適なのがねー。

 かといって逃げようにもさ、外で見た景色の中でも荒れ地ってのがさ。

 ほんとに茶色の荒れ地で、雑草とかも見えなかったんだ。あの先に何があるのかも不明だし。迷ったら確実に干からびるぞあそこは。

 周囲の山も荒地だったし、登山経験なしの俺じゃ遭難する未来しか見えない。

 詰んでるなー。


「掌で遊ばれている感が強いけど、この現状をどうこうはできなさそうなんだよなー」


――ともかく細かいことは考えずに生活してください。


 あの一文が思い起こされる。なんかもう「ア、ハイ(小声)」としかいえなくて。


 ぐぅー


 お腹が鳴った。腹時計だとお昼は過ぎてる感じだ。時計はないかと探すと、アナログそうな振り子時計が壁に張り付いていた。さっきは視線がそっちのほうには向かなかった。時刻は13時過ぎ。


「腹が減ったけど、自分で用意しないとダメなんだよなー」


 家事スキルとか押し付けられて自炊を促されているわけで。


「うだうだしてないで、作るかー」


 うーんと背伸びをして、覚悟を決める。まずは何を作るかだけど。

 考えながらキッチンの冷蔵ショーケースに向かう。食材を見れば何か思いつくでしょ、という安易な考えで。

 主食はやっぱり米だな。ブランドは不明だけど、とりま米を取り出す。麻の袋っぽ感触だけど、何の袋なんだろう。

 これを炊くにはと考えたところで頭に鉄のお釜と分厚い下駄みたいな蓋が思い浮かんだ。昔話によく出てくる(かまど)で米を炊くやつだ。

 と、それがキッチン台にトスンと現れた。


「うぉぉぉぉい、なんか出てきたぞ」


――調理スキルのひとつです。食材を手にすると必要な調理器具が具現化します


 抑揚がないAIみたいな女性の声が頭に響いた。


「……マジか」


 指先でお釜に触れてみる。ちょんとつつけばひんやりとした堅い鉄の感触。マジもんだ。


「物理法則先生が裸足で宇宙に逃げそうだな。現実さんが息をしてねー」


 すごい、と同時にやはり恐ろしいと感じた。

 もはや魔法といっていいだろう現象を起こしてまで俺をここで生活させたいってのに、どんな目的があるのか。

 クライアントの意思が優先されるって説明があったけど、拒否はできないんだろうな。


「なんかとんでもないことに巻き込まれたなー」


 米袋を手に、大きなため息をついた。

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