第二十四話 魔力なんてありません
昼食を終え、再び歩き始める。足取りも軽く、といいたいが、暑くてへばりそう。ローブはサラサラで、汗をかいてもまとわりつかなくて助かってる。いいなこれ。
重い盾を持ってるベッキーさんは普通に歩いてるのに俺ときたら、とは思う。
慣れといわれればそれまでなんだけどさ。でも俺が遅いってことは、予定から遅れるってことなんだよなー。
「あと1時間ほど歩いたら、野営の準備をいたしましょう」
後ろを歩くリーリさんが声をかけてきた。あれ、もう?
まだお日様は高いぞ?
「そだねー、暗くなる前に準備しないとね!」
おっと、ふたりが言うのならそうなんだろう。
「野営って、やったことないんだけど、どうやるんです?」
子供の頃のキャンプ経験しかないんで。
「えっとね、ひとりがテントで休んでひとりが見張りだよ!」
「見張り?」
「えぇ、ここらは盗賊などは出ないのですが,砂蜥蜴が出るのですわ」
「砂、蜥蜴?」
「夜に地面から出てきて砂を食べる蜥蜴で害はないのですが、光が嫌いで、夜に明かりがあると消しにくるのです」
「焼くとおいしいんだよ!」
すかさず食いしん坊を発揮するベッキーさん。
「え、じゃあ夜は真っ暗?」
「星明りで結構明るいので」
「あぁそっか、雲がなければ星が明るいのか」
こっちに来てまだ雲を見ていない。空気中の水分がないんだろうなぁ。
水がないのであれば、水がないと育たない木もないわけで。周囲は荒地で木なんてないしね。
教会の屋根が木なのはお金がかかっている証拠なのかも。
そっか、だから石造りが多いのか。貴重な木では作れないしなー。
「あれ、じゃあ普段は何で調理とかするの?」
「燃える石を使いますわ」
「へぇー」
石炭か何かかな。
「ちょっと待ってねー!」
ベッキーさんが盾でがりがり地面を掘りだした。
「よし、あった! これこれ!」
ベッキーさんが掘り出したものを見せてくれた。
ちょっとごつごつしてるけどただの茶色い石にしか見えない。
「これが燃えるの?」
「この石は魔力を注ぐと発火するのですわ」
「魔力?」
「そうだよ、こんな風に!」
ベッキーさんの手にある石がごぅっと炎を噴き出した。
は?
「え、原理がわからない……」
「うーん、あたしもわからなーい!」
「わたしも知らないですわ。ともかくそのような石であると、教わってきましたので」
わーお……でも少し掘れば出てくるのか。それなら薪は不要だな。
「俺でもできるのかな?」
「わ、やってみる?」
ベッキーさんが俺の手に燃える石を載せてきた。
「あっち! って消えた?」
俺の手に乗った瞬間、炎が消えた。
「魔力を注がないと燃えないよ!」
「魔力っていわれても……」
「うーんと、体にある熱いものをね、手にぐぐっと集めるとね。できるよ!」
抽象的すぎてわからん。うーん、体にある熱いもの、ね。
「…………何も感じないんだけど」
「ダイゴさんはその、魔力を感じられないので……」
リーリさんが言いにくそうに伝えてきた。まぁ俺、普通の人だし。魔法とか、物語の中のものだしね。
「たぶん魔力なんて持ってないんだと思う。なんとなくそうだって確信もあるし」
家事スキルさんがあれば生きていくのに苦労はしないから別にいらないかな。負け惜しみじゃないぞ?
休憩を終えて歩くこと、体感で1時間ちょい。ここらで野営をしようとリーリさんがいってきた。
「ぶちこは、夕食まで自由時間だから、走ってきていいよ。なんなら近くにいるヤバいやつはやっちゃって」
「わふっ!」
了解したって感じで尻尾をふりふりしたぶちこは、猛スピードで駆けて行った。
リーリさんはまずテーブルを取り出した。荒野にテーブルがポツンと。非常にシュールだ。
「やっぱりお茶は欲しいよなぁ」
休憩の時も水しかないし。お茶とか珈琲とかは売ってないのかな。
「お茶を飲むのは、貴族階級かお金を持っている人くらいでしょうか」
「水もね、ワインとかにしないと長持ちしないからね!」
「アジレラでもそうですが、ダイゴさんのその水袋はあまり見せない方が良いですわ」
おっと。そっか、水が貴重なら、ダバダバ出せちゃう水袋の存在はやべーのか。
「気を付けます……」
お茶は自分で作るしかないかも。
そんな話をしつつもベッキーさんとリーリさんはテントを張っていた。真ん中に高い支柱があって屋根を支える形のテントだ。高いといってもテントの中では立てない。寝っ転がるのが関の山だね。
布の代わりに何かの毛皮みたいだ、雨が降らないから防水性を無視できるのは、楽なのかも。
「風が運んでくる砂が入らないように、テントの端は土に埋めるんですわ」
砂は、確かに鬱陶しい。目立たないけど俺たちは砂まみれだ。
「寝る前に清掃スキルで体と服を綺麗しよう」
「大変助かりますわ」
額の汗を拭きながら、リーリさんがほほ笑んだ。
「俺にできることってあります?」
「ダイゴさんは食事を作ってくれてるので、それだけで十分ですわ。足も疲れたでしょうから休んでいてください」
俺、めっちゃ気を使われてる。
よし、家事なら任せろ。ふたりのお母んになってやるぜ。
勝手に動くとかえって邪魔だから、水に果実のしぼり汁を入れた果実ジュースを作る。たぶんすごい贅沢品なはず。でもこれくらいしかできないし。
時折ドカーンて音が聞こえるの、アレぶちこだろうなぁ。有害なものを減らしてね。
「ぶちこちゃん、どれだけ強いんだろう」
ベッキーさんが音のした方を眺めてる。
「1級討伐対象を瞬殺ですわ。間違いなく超級でしょう」
「うわぁ……ぶちこちゃんが賢くて優しくてよかった!」
「……ぶちこって、アジレラに入れるのかなぁ……」
「門で止められる可能性はありますが、おとなしいのであれば大丈夫かなと思いますわ」
「最悪、ぶちこは外で自由にさせておくかかな」
「それはそれで問題が起きそうですが」
まぁ、何とかなるさ!
「今晩は何を作ろうかな」
「お肉がいいな!」
「じゃ、お肉はマストで」
「新鮮なお野菜も欲しいです!」
「こちらもマストで」
ご飯とスープは必要で、おかずを何にするかだな。
よし、和食で攻めよう。
ふふふ、和食の良さを知ってもらおう。
――ゴトリ
テーブルの上に何か落ちてきた。
見覚えのある、コルキュルの教会に祀ってある神棚だ。
――あの、ダイゴ様すみません、水神様がその、我にも食わせろと仰るので……
「……うそでしょ!」




