最終話 これからも一緒
最終話です。ちょっと長いです。ちょっとだけ。
「一区切り、ですか?」
「うーん、この国のあちこちに行って鱗を井戸に入れたりしたし、今回は北限の水の問題を解決したわけだから一区切りかなって」
ちょっとゆっくりしたいなーとは思ってる。短期間でいろいろあってお疲れ気味なのよ、オジサン的には。
「ダイゴさん、帰っちゃうの?」
「んー、その辺はわからないなぁ」
水神様に聞かないと。いい機会だから確認するか。知らない間に元の世界に戻されてても困るし。
「そ、そっかぁ……」
「そうですの……」
ベッキーさんもリーリさんも黙ってしまった。ちょっと俺にはどうしようもない問題なんだよねぇ。
個人的には残りたいけど、いかんせん雇われ社長。長いものになびくしかないのだ。
耐え難い沈黙を耐え族都ホワイトベアーについた。さっそく噴水に行ってみる。以前見た時と変わらない感じだ。
「……水よりも早く飛んできたから、届いてるわけないよねー」
いつもなら相槌なりが来るんだけど、ふたりは黙ったままだ。空気が重い。
「水、来ないほうがいいなぁ」
「でも、水が来ないと彼らが倒れてしまいますわ」
「そうだけどさー」
ここで俺は何と言えばよいのだろうか。「大丈夫、俺は帰らないから」と軽々しく言えないのが厳しい。ふたりの手をそっと握るしかできない俺を勘弁してほしい。
「ん、なんか音がする」
遠くでゴゴゴゴと地氷の中から蠢くような轟音が聞こえる。だんだん近づいてきて、ドシューーーと噴水がドドドドと水柱が高く立ち上がる。
「これって、ドシロ村からの押し出された水?」
水がばしゃと顔のかかる。ペロとなめてみれば、おいしい水だ。
「ここまで水が来たのが確認できた。任務完了。アジレラに帰ろう」
ふたりとつながってる手を引く。動いてはくれなかったけど、2回目で動いてくれた。と、俺たちの目の前にローザさんが立っていた。
『ダイゴ様、お疲れ様です』
ローザさんがにこりと微笑む。ナイスタイミング過ぎて嫌な予感しかしない。でもいい機会だ。ローザに確認しよう。
『そうですね……ご説明いたしますにもここでは……』
ローザさんが周囲を見る。噴水が大噴火しているので野次馬ならぬ野次熊の白熊さんたちが集まってきてる。
「場所、変えましょうかね」
『えぇ、そのほうがよろしいかと』
俺たちはホワイトベアーを出て、北限を抜けたところで拠点を出してその中に入る。ベッキーさんもりーりさんも静かだ。死刑執行を待つ死刑囚な気持ちなんだろうか。とりあえず手持ちのクッキーを出して席に着く。
ふーっと深呼吸そして気持ちを落ち着ける。ヨシ。
「あの、俺って、この後はどうなるんです? 元の世界に戻される感じですか?」
遠回しに聞かず直球勝負だ。ふたりが一緒に聞いてるんだから蛮行ではない。せめて蛮勇としてくれ。
俺の言葉にベッキーさんとリーリさんがなんとも言えない顔をしてうつむいた。
『なるほど、それで』
ローザさんがふたりを見て、納得した顔をする。
『では、こちらをご覧ください』
ローザさんがふわっと腕を振るうと、空中にガラス窓が現れた。その奥にはワンルームがあって、ネクタイを締めている俺が見える。のんびりした顔で、鏡を見ながらネクタイの角度なんか調整してやがる。
ベッキーさんとリーリさんは顔を上げて目を大きく開いてる。
「見紛うことなく俺じゃん」
良く知ったワンルームを懐かしく思う。たまたま目に入った時計を見れば朝の7時半過ぎだった。以前の俺ならもう出社している時間だ。
『えぇ、向こうで生活しているダイゴ様です』
「向こうで?」
あれは、現在進行形の俺なのか?
俺の形をしたナニカではないのか?
アッチが本物だったら、じゃあ俺は何者だ?
『はい、あちらで生きているダイゴ様です。ジゾウボサツ様は並行世界と呼んでいらしておりましたが』
「並行世界ぃ?」
ちょとまって、並行世界って、あのSFでよくある感じの、あの並行世界?
「ってことは、俺がこっちに来た時に世界が分かれた、と?」
『はい、ジゾウボサツ様からそう伺っております』
「お地蔵様、サブカルにも詳しいのか」
さすが、あまねくすべてを救済する菩薩様だ。
『ジゾウボサツ様曰く、ダイゴ様がここにいても、元の世界の大悟様はあちらで生き続けております』
ローザさんがにこっり笑顔で語る。向こうの俺も俺なのか。ということは今この場に俺はふたりいる?
「……もし、俺が帰りたいって言ったら?」
そう俺が言った瞬間、ベッキーさんとリーリさんが悲しそうに唇を噛んでしまう。悲しい顔をさせたくないけど、これは聞かないとダメなんだ。
『……お望みなら、それは可能です。いま見えている大悟様と融合する形で元の世界に戻れます。その際に、こちらでの記憶は全て失われます』
「融合。まぁ、ふたり同時に存在するわけにはいかないしね。ふたつの記憶があるのも生きていくには大変だ」
不整合はない措置ってことか。
『ですので、どちらを選ぶかは、ダイゴ様にお任せいたします。決断された時に私を呼んでいただければ――』
「あっちの俺は」
ローザさんが言いきる前に、言葉を遮らせてもらった。
「どうやら、わりとのんびり暮らせてるみたいで、安心しました」
窓の向こうに見える俺は表情も穏やかだし、何より目が死んでない。職安でまともな会社に就職できたっぽいな。あ、やれやれ行ってきますかね、なんてのたまって出勤してった。
「まぁ、あっちの心配はいらなさそうだから、俺はこっちでのんびりするよ」
俺が言い切るとふたりは揃って顔を上げた。目が潤んじゃってて申し訳ない。震えてるふたりの手を取る。
「可愛いおふたりさん。一緒にのんびり暮らさない? あ、でもふたりの内どちらかって選べないからふたり一緒ってことで。どう、かな?」
情けないかもしれないけど、今の俺の精一杯の誠意だ。
ベッキーさんもリーリさんも口をわなわなさせて。
「もっちろん!」
「大歓迎ですわ!」
左からベッキーさんに、右からリーリさんに抱き着かれた。全身で感じる幸せな柔らかさが温かい。
「とう言うわけで、俺はこっちに残りますよ」
『はい、わかりました。私もですが、水神様もお喜びになると思います』
ローサさんが今までで一番の笑顔を見せた。これでいいのだ。少なくとも、俺にはメリットしかない。
向こうの俺は働くんだろうけど、こっちの俺はのんびり過ごさせてもらおう。すまんな、俺。がんばれ。
『ふふ、さっそく水神様にご報告いたしますので、わたくしは失礼させていただきますね』
笑顔のローザさんはそう言って霧のように消えていった。忙しいお人だ。
「今夜は、我慢なしだね!」
「まずは既成事実を積み上げるのですわ」
「「おー!」」
俺の左右からなにやら物騒ともとれるお言葉をいただいたその夜は大変だった。精も根も尽き果てた感じ。搾り取られたという表現が正しいかもしれない。ハンターの体力は無尽蔵だった。三途の川が見えたもの。
翌朝、このまま帰るのもあれだなと野菜の一大産地のレリフ村に寄ってたくさん買いこんでたらイモの村で会った3人にばったり会った。すっかり元気そうで、安心した。なんか「やっぱりふたり同着だー」と言われた。うん、反論はない。
レリフ村で野菜を買い込んで、隣のイモの村で芋を買い込んでアジレラに戻ったのは2日後。毎晩大変なんですが。
屋敷のある山の上に戻って、久しぶりな感じの日本家屋を見て、すごいホッとした。名実ともに俺の家になるわけで。
そういえば留守ばかりで池の水神様の社にお参りもしてなかったなとてくてく歩いていく。もちろん俺の横にはベッキーさんとリーリさんがいる。
池のほとりの赤い鳥居に向かって二礼二拍手一礼。無事に帰ってきましたと念じれば池の水がゴゴゴと渦を巻き始めた。
「この感じは、水神様かな」
「え、神様!?」
「水神様ですか?」
「初めて会ったときもこんな感じだったかなー」
初めてここで水神様にあったことを思い出す。あれからずいぶん経ったような気がするんだけど、まだいくらも経ってないんだよなぁ。
池の水がズモモモと盛り上がってドーンと立ち上る。
『ぬはははは、我が水神であるぞー』
龍の形をした水神様が空に舞い上がった。水しぶきがかかって濡れるけど、心地よい冷たさだ。
「はわわわ、神様だ!」
「かかか神様ですわ」
ふたりが俺の腕をヒシとつかんでくる。初見だとびっくりするよね。
「水神様、お久しぶり?ですね」
『うむ、久しぶりじゃ。いやー、楽しかった』
水神様がぐははと笑い始めた。
あ、水神様、なにかやらかしたっぽいなこれ。
『西に水で困っている民がおったからドーンと雨を降らせたら池をつくってしまってな』
「……池、ですか」
『ふむ、池じゃ。でっかい池になったぞ。これで水に困ることはなかろう、ぬははは』
水神様が高笑いだ。
うーん、怪しいなぁ。またローザさんに黙ってやっちゃってるんでは?
「でっかい池って、どれくらいでかいんです?」
『む? 大きさか? そうじゃのぅ……』
水神様はぐるっと首を回して周囲を睥睨した。
『これくらいじゃな!』
「いやそれじゃわからないですよ」
『ふむ、わからんか? 我の視界くらいじゃ! ぬははははは!』
「でかすぎぃ!」
これはやばい匂いがぷんぷんする。池じゃなくて湖を作っちゃって付近一帯大洪水とかやらかしてない?
『お、南で光の神が呼んでおるな』
「……水神様、逃げるおつもりで?」
『馬鹿なことを言うでない。おっと、あやつが来ぬうちに』
「やっぱり逃げ――」
『みーずーがーみーさーまー!!!』
西のほうからローザさんの叫び声が聞こえてきた。
『いかんいかん、光の神との約束に遅れるわけにはいかん。ではな!』
水神様はしゅるっと空高く上がって見えなくなってしまった。絶対にローザさんから逃げたろ。
『あああダイゴ様いいところに!』
髪を振り乱したローザさんが俺の前に降りてきた。いつも綺麗に整ってる御髪がぐちゃぐちゃだ。
「水神様がやらかしましたか?」
ローザさんは手櫛で髪を整え、静かに息を吐いてた。
『……大仕事を終えたばかりで誠に申し訳ないのですが』
「あー、西のほうでちょっと雨を降らしたとか言ってましたね」
『ちょっと……ちょっとで済めばよかったのですが。商業都市国家マーマイトが水没してしまいました』
ローザさんは見るからにがっくり肩を落とした。かなりやべーことしたなこれ。
「あー、じゃあ用意して向かいますよ。ふたりとも、良い?」
両脇にいるふたりに聞けば、にっと笑顔が返ってくる。
「もっちろん! あたしデリーリアから出たことないから、楽しみ!」
「もちろんですわ! マーマイトは母が幼いころに商人見習いとして修業した国ですわ! 娘であるわたしも、行くのですわ!」
「わっふ」
おっとぶちこもだね。頼もしい限りだ。
「あたし、持ち物を準備してくる!」
「ちょっと! あの、ベッキーだけでは心配なので、わたしも行きますわ」
ふたりはローザさんにぺこりと礼をして屋敷に駆けていった。さて俺はローザさんに話を聞くか。
眉をハの字にしたローサさんに向かう。
「まずはどこに行けばいいですか?」
ゆっくりできるかと思ったけど人生うまくはいかないもんだ。まぁ異世界異聞録と思えばこれもまた楽し。
これにて第一章が完結です。
第二章は商業都市国家マーマイトが舞台になるのですが、他に書きたいものもあるのでひとまずここまでと致します。
お読みいただき、誠にありがとうございました!




