第百二十三話 ゲットだぜ
「たぶんここが機械室、なはず」
バスケができそうな広さの空間は、がらんとしていた。壁がコンクリートの打ちっぱなしのようで、色気のない肌が無機質さを際立たせてる。天井は高く、巨大な球体の照明魔道具が煌々と機械室を照らしている。
照度はかなり高くて、一般事務室くらいはありそうだ。メンテとかでの作業ミスも減りそうだね。
ただ、俺が望んでたポンプ的な魔道具の姿はどこ意にもない。
「なーんにもないね……」
「あ、向こうのほうに何かが山になってますわ!」
リーリさんが指し示した機械室の一番奥には、確かにナニカがうず高く積み上げられている。金属のように見えるけど、これだけ発達していた文明だから違う素材で作ってるかもしれない。
「ともかく行ってみよ――」
う、と言い終える前に襟を誰かに引っ張られて吊り上げられた。
「見えざる影だ。アンタはここでおとなしくしてな」
俺を引っ張り上げたのはオババさんで、遠くの天井をじっと見つめてる。なにそのかっこいい名前は。
「大森林でも割と奥に行かないといないヤツなんだけどねぇ。ともかく見えない魔獣なのさ。そこの狐娘、天井に魔法を撃ちな」
「イエスマムじゃん! ぶちかませファイヤーランス乱れ撃ちじゃん!」
オババさんの指示でトルエが炎の槍をバカスカ撃ち始めた。天井にあたった魔法が派手に爆ぜる。
『ギュエェェェェェ』
壊れそうなエンジンみたいな金切り声が空間に木霊する。姿は見えないけど、やっぱり何かがいるらしい。
「見えないと殴れないよ!」
「オババ、どこにいるのですか?」
「チッ、見えない相手は厄介だ」
ベッキーさんがハンマーを両手に持って困ってる。リーリさんもサンライハゥンさんも姿が見えないとお手上げのようだ。
「姿が見えない……でもいるのは間違いない……いけるかな?」
見えないなら見えるようにすればいいだけで。見えない影とやらをからあげにでもしてみればいいかも。
「調理スキルさん、あいつらを揚げたいんで粉をまぶしてほしいな」
俺がお願いすると細かい粉が雪みたいに空中に舞った。ふわふわと漂うその粉を押しのけるようにナニカが動いてる。一匹かと思ってたらたくさんいたのには驚いた。
「見えましたわ!」
「いた!」
「そこか!」
「即、斬」
「わっふ!」
うちの頼もしいハンターたちが襲い掛かってあっという間に撃破した。断末魔の時間すら与えてもらえなかった感じ。
「姿が見えないだけでアイツらは雑魚だからねぇ」
俺の前に立っているオババさんがそんな風につぶやく。
「一芸に特化した悲哀かー」
素早さ全ぶりで紙装甲とかね。当たらなければいいのだ、が当たってしまうとこうなるのか。南無南無。
邪魔者はもういないとのことなので、機械室なはずのこの空間を探すことに。というか奥に積まれているアレだね。
ベッキーさんとリーリさんに挟まれながら歩いていく。近づいてみると、それが金属ではなく樹脂というかそんなものの材質でできていると感じられる。人が中に入れるくらいの球体がいくつもある。皆壊れてて原形をとどめてないけど。
「金属でなくても圧力容器として成立すれば問題はないか」
ポンプは、押し出すだけなのでそれほど圧がかかるわけじゃない。10kに耐えられりゃ問題はないのだ。
ってことは、現代よりもよっぽど文明が進んでたってことなのかな。まぁ今でも厚みをうーんと取ればできなことはないだろうけど実用的じゃないんだよねぇ。
金属で作らなかった理由がありそうだけど、でも錆びないようならそれはすばらしいこと!
「じゃあ直してみようか」
球体に触れる。手触りはすべすべでおまけに冷えてて気持ちいい。ずっと触っていたいくらいだけど直さないと。修繕と念じれば、球体はピカっと光った。
ゴガンゴガンと山が膨れ上がって、人くらいの球体がゴロゴロ転がっていく。直したら玉みたいになって転がっちゃった。
球体には配管を接続すると思われる開口がふたつ。ご丁寧に矢印で流体の向きまで書かれている。ヒューマンエラーを減らすためだけど、それを気にする余裕がある文明だ。現状のこの世界よりも、よほど裕福な世界だったようだ。
球体を覗くと、ブレードが見える。よし、間違いなくポンプだ。
「誰か、コレに魔力を流してくれないかな。動作確認をしたいんだ」
「はいはい! あたしがやるー!」
左にいたベッキーさんがトテテと小走りで駆け寄って球体に触れた。
「えーい」と気の抜けた掛け声と同時に球体がヌヌヌヌとインバーター駆動のような唸り声をあげた。ゆっくりした駆動がシューンと高速回転する音に変わる。球体の出口からは強風が噴き出した。
「わ、涼しい!」
ベッキーさんが怪力で球体を固定して顔に風を当てている。癖ッ毛赤毛が強風オールバックになってる。おデコなベッキーさんは可愛いという見地を得た。
「球体の中に手とか入れちゃだめだからね。すぱーっと切れちゃうからね」
「いーれーなーいーよ!」
宇宙人の声でベッキーさんが答えた。子供のころ扇風機の前ででよくやったやつだ。そして「うるさい」と怒られるのまでがセットだ。
「まだ転がっている魔道具がありますが、持ち帰りですか?」
リーリさんに聞かれたので「持ち帰りまーす」と返答する。作動させないとどんな魔道具かわからないけど、産業用機械と考えれば絶対に使えるものだ。人力では出せない大出力の動力は使い道なんてごろごろしてる。
「目当ては見つかったかい?」
いつの間にかベッキーさんと同じことをしているオババさんがこちらを見ている。強風オールバックなオババさんも初めて見る。扇風機が存在しないからやったことなくて珍しいんだろう。何気にサンライハゥンさんも気になっているようで、チラチラ視線を向けている。扇風機を作ったら売れそうだ。
「おかげさまで、見つかりました。欲しかったのはまさにこれです。今は空気を送ってますけど、本来は液体を押し出すモノなんですよ」
「アタシには難しいことはわからないけど、見つかって僥倖さね」
オババさんがふふっと笑った。その笑顔は、なんとなくリーリさんに似ていた気がした。
魔道具をリーリさんらがどこかに保管して、機械室を後にした。地下室はここだけしかないので地上に戻ることに。
「あの魔道具は置いくのかい?」
サンライハゥンさんが天井の照明を槍で指し示している。俺邸にはあまり魅力を感じないので放置のつもりなんだけど、彼女は気になるようだ。
「あれがあれば、夜でも外を明るくできる。教会の周りを明るくすれば怪しいやつも寄ってはこれなくなる」
「持ち帰りましょう」
そんな理由ならばイエッサーですよ。美味しい野菜を売ってて怪しいやつが付きまとってるなら防犯上も明かりは必須だ。できればそんな奴らは捕縛したいけど、彼らにも理由があるってのは俺でも理解できる。根本的解決にはならないけど、それはここの領主の問題なんだよねぇ。
「目に付くやつ全部持ち帰りましょう。万が一壊れてても直しますから」
「よし、引き受けた」
サンライハゥンさんはジャンプすると槍を天井に突き刺してそのままぶら下がった。手の届くところにある照明器具を外しては降りてくる。それを何回も繰り返したら階段のを含めて器具は全部取り外せた。
「サンライハゥンさんも何気に人間を辞めてる動きをするなぁ……」
「あたしは2級ハンターでしかないぞ」
サンライハゥンさんが俺のつぶやきを拾って、そっとオババさんを見た。あの人は別格というか次元が違うので参考にならないって。でも、ハンターって凄いね。
真っ暗になった階段は取り外し魔道具を光らせれば問題なかった。そのまま通路の器具も取り外して外に出た。ちょうど事務棟を調べていたマトトセさんと腕白一番のみなも戻ってきたタイミングだったので、合流して拠点に戻ることにした。




