幕間二十八 猫又
大悟に事務棟の探索を任されたマトトセと腕白一番の面々は入り口であるエントランスで立ち尽くしていた。建物は平面が正方形の3階建てだった。歪みなく平らだがやや曇りあり向こうが透けて見えないように加工されたガラス窓があり、現在の技術よりはるかに上だと思われる外見だった。
ちなみに腕白一番は1級ハンターのマキンドールと2級ハンターのヤンキー、コサック、エスキモー、ズールーで構成されてる。ヒャッハーだけど魔法使いもいるのだ。もちろん装備は肩パットである。
ガラス貼りのエントランスは日が差し込んで明るい。エントランスの奥には通路が続いているのがわかる。床は滑らかな材質でできており、滑り止め効果もあるのか歩くとキュキュと音がする。
継ぎ目のない天井には平べったい四角い箱がくっついている。壁の材質はコンクリートに見えるが表面は滑らかで何かで塗られているようだ。
通路の両壁には規則的に6つ扉があり、部屋があると予想された。通路の奥はのぼり階段が見える。腕白一番のヒャッハー達は見慣れない廊下や壁を触っているがマトトセとマッキンドールは揃って天井を見ている。
「あれは何だろうかねぇ」
「意匠、というにはちょっとシンプルすぎるのでは?」
「外せないかねぇ」
「ちょっと天井が高くて僕の低い身長じゃあ届かないなぁ」
マトトセは平たい箱型の物は気になるようだが残念ながら足場になるようなものはない。
「かしらぁ、奥に通路がありますぜ、。上に行く階段もありまさぁ」
「まずはざっと探してみやしょう」
ヒャッハーのヤンキーとズールーが奥に続く通路を見ながら叫んでいる。
「探すといってもね。マトトセ嫗、どう思う?」
「なんだい、おう、なんて。そんなかしこまってなんて呼ばれたことなんかないねぇ。気持ち悪いから婆とでもお呼び」
「ふふ、かつての義賊猫又に対して婆とは言えないよ」
「……ハン、あんた若いのにあたしの古い名をよく知ってるねぇ」
マトトセはジト目でマッキンドールを見る。貶める目ではなく探る眼だ。
「見かけ通りでないのは僕も一緒でね」
「……若いのに恐ろしいこったね。探すなら虱潰しが鉄則さ。ここにはないだろうって先入観が見逃しを生むのさ」
マトトセはそういうと、一番近い部屋に入っていった。
「まったく、猫又は恐れを知らないんだね」
躊躇なく入っていったマトトセに、感心とも呆れともつかない溜息を吐いたマッキンドールも部屋に入っていく。ヒャッハー4人は通路で見張りだ。魔獣がいるとも限らない。
部屋にはガラス窓があり光源がなくとも苦労しない程度には明るい。広さは10メートル四方ほどもあり、居住空間としては大きい。天井には平らで四角い物体がついており、マトトセはそれを見ていた。
「あれは、明かりの魔道具なんじゃないかねぇ。それらしきものは他にないし、明かりがないと何をするにも困るだろうさ」
「ふむ、マトトセ婆さまはアレが気になるのだね」
「新品同様な形での魔道具なんて、手に入れる機会はないからねぇ。是非とも持って帰りたいのさ」
「ならば、ヤンキー君にコサック君、ちょっと中に入って、マトトセ婆さまを肩に乗せてくれないか」
顎に手をあてて思案顔だったマッキンドールが廊下にいるふたりを呼べば、「うっす」とふたりが入ってくる。ふたりは「失礼しやす」とマトトセの脇に手を差し込み、ぐいっと持ち上げそれぞれの肩に足を乗せた。ヒャッハー+マトトセで、何とか天井に手が届く。
「ありがたいね、男手があると助かるよ。あんたたち、見かけよりもいい男じゃないか」
マトトセは感謝を述べつつ四角い物体に触れる。
「ふぅん、表面はスベスベしてるんだねぇ。継ぎ目もなくて、どうやって作ってるんだか。おっと、ここで引っ掛けてるのか」
色いろいろいじっていたマトトセが外す方法を見つけたようで、四角い物体はぱかっと外された。天井面には引っかけるためのフックが埋め込まれていた。
「魔力を込めたら、おっと光ったねぇ」
「平べったい魔道具の、ちょうどすべすべな面全体が光った。マッキンドールは興味深そうに見入っている。
「ふむ、かなりの光量だ。直視するとまぶしいくらいだ」
「でも、手で触らないと明かりが付かないなんて不便すぎるねぇ」
明かりの魔道具を手にマトトセがつぶやく。もっともな考えだ。
「案外、魔力を飛ばしたりしていた可能性もあるね。ズールー、廊下の天井のアレに、何か魔法を打てるかい?」
「お安い御用でさ」
魔法使いであるズールーが明かりの魔法である光の玉を天井に放つ。玉が明かりの魔道具に当たると、ピカッと点灯した。ズールーは他の魔道具にも同じ明かりの魔法を放っていくと、通路全体が明るく見やすくなった。
「かしらぁ、つきましたぜ」
「おお、これなら見逃さねえぜw」
廊下から入り込む明かりを見たマトトセは絶対に持ち帰ると決めた。もしこれの劣化版でも作れたら、きっと大儲けできるはずだ。珍しく機能が素晴らしいものは貴族などがこぞって買うだろう。マトトセの頭の中は金勘定で忙しい。
「外すのが手間だし、いっそのこと建物ごと持ち帰りたいところだねぇ。他にも魔道具がありそうだしさ」
この部屋だけでも9個の魔道具が天井についていた。おそらくほかの部屋にもあるだろう。外すのには誰かが肩の上に乗せてくれないと届かない。たくましすぎる男どもに細かい作業をさせるのは危険だとマトトセは考えている。偏見ではあるが、経験からその結論に達したことではある。
なによりも、潰されてしまったオヒガラ商会を復活させて、この建物を本店にしたい。立派だし何より清潔感にあふれている。チトトセも気に入るだろう。
マトトセの心は童のようにわくわくで踊っていた。
「持ち帰るのは僕でも可能さ。でもね、ここにくることはダイゴ氏のひいてはジゾウノテの意志であり、そのための労力などは彼らが用意したものでね。僕らも寝食のための拠点は用意したけど昨晩の食事はごちそうになってしまって。さらに今、その拠点は彼らの仲間が掃除などをしてくれていてね。かなり世話になってしまっているんだ」
「食事がこれまたおいしくってね」と味を思い出したマッキンドールはさわやかスマイルになる。
「なのでね、彼らの意見を重視すべきだと思う。特にこの建物を直してしまったダイゴ殿の意見はね」
マッキンドールは大悟の意見を聞くべしと伝える。マトトセは「そりゃーあの子に権利があるねぇ」と唸った。マトトセとて横からかっさらう悪党じみたことはしたくない。
マトトセはかつて義賊として悪徳な貴族や商人から財産を盗み市井にばらまいていた。理不尽な言いがかりで商いをつぶし、利益だけをかすめていくやり方が気に入らなかったのだ。
【怪盗】というスキルを持つマトトセは義賊猫又として商人とは別な存在として名を馳せていたが悪意のネットワークで正体が判明してしまい、悪の牙が家族に向いてしまったのである。
「ダイゴ殿に聞けばいい。彼はお孫さんを知っているはずだ。快く聞いてくれると思うよ。商会を立て直した暁には、お孫さんも喜ぶだろうね」
「……あんたがあれこれ知ってるのが不思議なんだけどね」
マトトセが胡乱な目でマッキンドールを見た。「あたしの孫を狙ってるんじゃないだろうねぇ」と言わんばかりだがおそらくそれは誤解だろう。マッキンドールはこれでも光の神の使徒であり、欲しい情報にアクセスするすべも持っている。頼れる神がいるのだから。
「はっはっは、これでも情報を得るすべをもっているのでね」
マッキンドールがパチっとウインクするとキラリと光る。マトトセがうげーという顔になるもマッキンドールは気にしない。彼にとってはあいさつのようなものなのだ。
「マトトセ婆さま、次の部屋を見てみないかい?」
「おっとそうだねぇ。この部屋には他にめぼしいものはなさそうだし。兄さんがた、肩を貸してくれてありがとうね」
マトトセはぴょいっと飛び降り、音もなく着地した。ヤンキーとコサックは「すげえな婆さん」と驚きを隠せない。
「素晴らしい身のこなしだ。どうやら猫又は健在のようだね」
「こんな婆を口説こうったってそうはいかないよ。歳を取るとってもね、慣れと手抜きでどうかなるもんさ。はぁしんどいけど、次の部屋に行こうかねぇ」
メッキンドールが歯をきらめかせて感心するが、マトトセの対応が塩加減が強い。だが、マトトセは発言とは裏腹に、童女のような軽い足取りで部屋を出て行った。




