第百十九話 在りし日のメロディ
食後の珈琲を飲みながらマトトセさんに話を聞く。気の許せる仲のオババさんに託したので俺は横で耳を立てて聞いてるだけなんだけど。
「マトトセ、そっちは何か見つかったかい?」
「あー、この先に遺跡があったんだけど、あいつに見つかっちゃってねぇ。ちょいちょい逃げてたんだけどしつこくってねぇ」
マトトセさんは肩をトントンして疲れたアピールを始めた。チトトセさんの血を考えるとあれは演技だ。その証拠にチラチラ俺を見てくる。ここはスルー奨励なんだろうけど、遺跡と聞いてはスルーは出来ない。
「マトトセさん、そこのところもっと詳しく」
「あー、この黒い飲み物は、苦みがあってなかなかだねぇ」
「砂糖とミルクを入れると味が変化して飲みやすくなります」
テーブルの上に羊乳と砂糖を置いた。タイムイズマネーだから迅速にだ。
「ほっほっほ、気が利くねぇ」
「で、その遺跡はどこら辺に?」
「あっちこっちに逃げ回ったからねぇ」
「あ、こんな飲み方もあるんですよ」
作って保管しておいた生クリームを取り出して珈琲カップにひねり出す。ウインナー珈琲というやつだ。ウインナーってのはウィーンのことらしい。
生クリームと珈琲の苦みが波状攻撃を仕掛けてきてくんずほぐれつで美味しいらしい。なお、俺は飲んだことはない。
「この白いのは甘いねぇ」
マトトセさんがぽやぽやな顔になる。もう一押しか。
「マトトセおばあ様、この珈琲は我がキューチャ商会で扱いますので、チトトセさん経由で手に入れることができますわ」
「おや、ご親切にありがとう」
マトトセさんがちょっと塩対応になってしまった。自分の商会は潰れてしまったとはいえライバルの名前を出したからだろうか。なかなか難しい。
「マトトセ、どんな奴を見つけたんだい?」
「見つけたやつかい?」
助け船か、割ってオババさんが入ってくれた。マトトセさんは腰に括りつけた皮の袋をごそごそしだす。あれも魔法鞄なんだろうな。
「まぁ壊れたものしか見つからなかったんだけどねぇ」
と言いつつマトトセさんが取り出したのは、綺麗に装飾された小さな金属製の箱だった。ぐるぐる回せそうな取っ手が箱の横についてるんだけど、折れてるのか回せないんだとか。
俺の出番だね。
「それ、直してもいいですか?」
「おやおや、ここで直せるのかい?」
マトトセさんの目がギランと光った。あんたやれんのかい?という眼差しで俺を見てくる。やれますとも!
「ちょっとお借りしてもいいですかね」
断ってマトトセさんから金属の箱を渡してもらう。鈍い銅色で手のひらに乗っちゃうくらい小さいのに、金属に木の枝と小鳥なんかが彫刻されてる。実はこの世界にきて小鳥は見かけてない。木がないから生きていけないんだと思う。
じゃあなんで小鳥が彫刻されてるの?
このあたりが大森林の秘密というか謎なんだと思う。
でもこの金属の箱、切れ目というか接合部分もなくって開けないようになってる感じ。サィレンくんの避難所みたいにオーパーツに見えなくもない。壊れちゃったらどうやって直すつもりなんだろう。
「じゃあ直します」
修繕とスキルを発動させれば手のひらの小箱が淡く光る。心なしか金属の艶が良くなった気もする。
皆の視線が手のひらに集まってるのがわかるしなんなら腕白一番のヒャッハーさんたちですら無言だ。
「回してみましょうか」
小さな取っ手を指で挟み、くるくると回転させると、ポロンポロンと優しい音が奏でられる。オルゴールだコレ。金属の板を弾く柔らかな音が周囲に木霊する。
聞いたことがないけど、緩やかな旋律が胸に染み入ってきて木漏れ日が差し込む景色が目に浮かぶ。明るくもどこか寂し気に聞こえるのは、オルゴールというものを通して何か見ているからだろうか。
誰も声を発することもなく、優しい音色だけが聞こえる。癒されるなぁ。
30秒くらい回してると、最初の旋律に戻った。回している限りずっと曲を聴けるようなオルゴールだ。直ったオルゴールはマトトセさんに返す。
「……森の唄だねぇ」
オババさんが目を閉じて、呟いた。
「アタシがまだはなたれのガキだったころにさ、大バァバがよく歌ってた。むかーしアタシらエルフは森に住んでたんだって、よく聞かされたよ。森に住んでたのはアタシらエルフだけじゃない、人間だって獣人だって、森にも住んでたんだって、大バァバは言ってたもんさ」
オババさんが懐かしむように言葉を紡ぐ。オババさんの大バァバって、何百年前のことなんだろうか。その時にはすでに森にはいなかったってことだよね。
「伯母さま、わたし、この曲を知っていますわ」
「ふふ、お前がまだ這いずりもできない頃に聞かせてやったことがあったっけねぇ」
「そうでしたの……」
「懐かしい顔が目に浮かぶよ」
オババさんがゆっくり目を開けた。
「マトトセ、それはアタシが買うよ。いくらだい?」
「あんたが魔道具を欲しいなんて、あたしゃ初めて聞いたよ」
「遠い記憶の日々を金で買えるなら安いもんさ。で、いくらだい」
「はん、これくらいならあんたにくれてやるよ」
マトトセさんはぶっきらぼうにそう言いオルゴールをオババさんに放り投げた。オババさんは太い指で取っ手を摘まむとゆっくり回し始めた。先ほどの曲、森の唄が流れ始める。小さく囁くような声で、オババさんは歌いだした。
「オルギュ、デバェレインナ。アルハルヴェ、デザーリゲィル、エルナネンデリューグ、デハズァンウェッケル」
ゆっくりで低い音階で、俺の知らない、理解できない言葉が紡がれていく。朗々と歌われる知らない言葉だけど、なんだか子供のころに連れていてもらった森を思い出す。手をつないで落ち葉を踏みしめて歩いた記憶が蘇ってくる。
俺がいなくなって、両親はどうしてるかな。
「伯母さま、今の言葉は?」
「さぁねぇ。むかぁしの言葉だって大バァバには聞いたけど、アタシは歌ってたのを真似ただけだから、意味までは分からないさね……この唄はエルフの女にしか伝えられてなくってね。歌えるのもあたしが最後かねぇ」
「では、わたしが覚えますわ。そうすれば、また歌えるものができますわ」
「おやまぁ、うちの姪っ子が覚えてくれれば子々孫々まで受け継いでもらえそうだ」
オババさんがにっこり笑った。子々孫々で俺をちらっと見てニヤついたのは気がついたからね!
「直すなんて聞いた時には何を言い出すんだと思っていたけど、目の前で見ちゃうとねぇ」
マトトセさんが大きなため息をついてた。
お持ちの壊れた魔道具は全て直しますよ?
おっとそれよりも。
「今の魔道具もこの先の遺跡で見つけたんですか?」
「この先にはいくつかの遺跡があるんだけど、住居っぽく見えた遺跡の中で見つけたやつさ」
「その他の遺跡ってどんな感じなんです?」
外観で予想できるかもしれないしさ。全部をしらみつぶし出探すのもありだけど、いくらでも時間をつぎ込める状況でもないしね。
「そうさねぇ。なんか巨大な樽みたいな遺跡と、管みたいのがのたくりまわってる遺跡があったねぇ」
「巨大な樽に配管がのたくってる……化学プラント?」
当たりかもしれない。プラントならでっかいポンプがあるはず。
「そこに案内してもらえません? お代は手持ちの魔道具全部の修理代で」
「いいけども、強い魔獣が出るよ?」
「さっきの蟷螂よりも強いやつが出ます?」
「どうだろうねぇ……」
マトトセさんがオババさんに顔を向ける。
「1級ハンターがふたりいて黒蟷螂で怪我人でなかったんだ。どうにでもなるさね」
「あんたがそう言うなら大丈夫かねぇ」
と俺を見てくるけど、最弱な俺は戦えないのでノーコメントです。でも「うん」と頷いておいた。
大丈夫だよね?




