第百十話 鍋を囲む
ホワイトベアーを出るときはあっさり出られた。族都だけあって街は大きかったけど通りをまっすぐ行ったら反対側の門だったからメジロさんに開けてもらった。出た先にはかすかに色が違う氷の道がまっすぐ北に延びてる。この先に、たぶん大陸最北端の村がある。はず。
大きくなったぶちこに乗って早歩きくらいで向かう。顔に当たる空気が刺すように痛くて速いとこっちがやばい。
「そういえば村の名前ってなんだったっけ」
「ドシロ村ですわ」
「そんな名前だったね。そこって海が近いんだよね。魚もいるかな?」
どんな魚がいるのか気にはなる。とんでもないのがいそうだけど。
「海獣がいるって、聞いたことがあるよ!」
「砂クジラが海で生息するようになった種がいると聞いたことはありますわ」
「海から陸に移ったわけじゃなくて逆かー」
基本的な生息域が砂とか荒れ地がデフォなのね。感覚が違いすぎる。
途中でお昼になったので休憩をするんだけど。
「まさか寒すぎて料理が凍るとは思わなかった」
調理スキルで作ってる最中はよかったけど皿に盛り付けしてる段階で冷めて凍り始めた。熱々のお肉たっぷりスープがかき氷でしか食べられなくなってしまった。パンも凍って釘が打てそう。
「困りましたね」
「おなかすいたー」
「わっふ」
「ぶちこは凍ったままでも食べちゃってるし」
ぶちこはカチカチに凍ったスープをガリゴリ食べてる。美味しいのかしっぽはぶんぶん丸だ。
「調理中はよかったんだから、作りながら食べるしかないかな」
鍋に食材をごちゃっと入れて味噌で味付けした味噌鍋にしちゃえば何とかなるかなぁ。
ということでまた作り直しだけど流石に空気が冷たいので部屋を出してもらって中で調理することにした。
凍っちゃったスープの一部を鍋に入れて出汁にして、食材をゆっくり煮ていく。ぐつぐつ煮る熱気で部屋が暖かくなってきた。防寒着を着てるとちょっと暑いくらい。でも脱ぐと寒い。困った寒さだ。
「よし、まだ煮てる最中だけど食べられるから、鍋からお玉ですくって食べて。あー、パンをつけて食べれば凍らないかも」
「わ、3人でこうやってひとつの鍋から食べるの、初めて!」
「ふふ、家族みたいで良いですわね」
テーブルで顔を突き合わせて鍋を食べる。ベッキーさんもリーリさんも楽し気だ。特にベッキーさんはこんな風に食べたことは少ないだろうし。いつも以上にニコニコだ。
加熱は続いてるから湯気がもわっと立ち上がって、こたつでもあれば最高だなってなる。こたつは神が作りたもうたアーティファクトなんだよ、きっと。
「俺がお父さんでふたりが娘な感じ?」
「違うよ!」
「違いますわ!」
同時に否定されてしまった。まぁ、言いたいことは理解してるけど、俺の立ち上が微妙なままで宙ぶらりんなのがね。踏ん切りがつかないのですよ。
据え膳食わぬは武士の恥とか、まぁ俺は武士じゃなくって士農工商の工なわけだけどさ。じっとりした視線を感じつつもその話題に触れないように食を進める。いい加減答えを出さないと。
そろそろローザさんか水神様に聞いたほうがいいんだろうなぁ。
あまり味がしなかったちょっと気まずいお昼が終わり、またぶちこに乗って北に向かう。広がるのは氷の世界。空気を煌めかせるダイヤモンドダストがとても綺麗だ。でも。
「綺麗だけどこう変わり映えしない景色は、結局は荒れ地と大差ないかも」
白くて綺麗なのか、茶色で寂しそうなのか。どっちにしろ人間には優しくない世界だ。グリーンランドにしろシベリアにしろサハラ砂漠にしろ、なんでそこに人が住むことになったんだか。
人が綺麗だ思う景色の場所は、多くの場合、人は住めない。山にしろ海にしろ、住めないからこそめったに見れなくて綺麗だと思うんだろうなぁ。夜景は別かもだけど、あれは自然じゃないし。
俺はごみごみした都会の片隅が良いかな。
なーんて考え事をしてたら道から外れた氷原にマンホールらしき蓋を見つけた。人の胴回りよりも大きく、氷によく似てて、というか氷の蓋だったが、その蓋の奥に空間があるのが透けて見えた。
「そいういえば、あのホワイトベアーは水を供給を受けてるって話だけど、水が通る経路はどこなんだろうって。もしかしたら氷の中に埋めてるか氷を掘って作ってるかもしれない」
地下水脈みたいな感じでね。どうして凍らないかは知らないけど。
「ダイゴさん、外してみますか?」
「もしここを水が通ってるなら鱗をどさっと入れておけばとりあえずは賄えるかなーって」
「ですが、根本をどうにかしないと」
「あーそれはわかってる。どのみちドシロ村にはいかないとね」
氷の蓋を開けてみれば、穴が続いていて金属のはしごもある。メンテ用のマンホールで間違いはなさそう。奥からはザーッという水が流れる音が聞こえる。
「じゃあ鱗を入れちゃう?」
ベッキーさんがグワシと握った手にはうろこがたくさん。頷いて合図をすればばさーっと投げ込んだ。すぐにゴボボって音がしたから水があふれだしたんだってわかる。塩辛い水が少しでも中和できればいいんだけど。
「さて、先をいそごっか」
再びぶちこに乗って移動開始。お腹も膨れたからか、寒さも和らいだ。
「しかし、あの白熊さんたちはしょっぱい水を飲んでも文句を言ってなかったね」
「誇り高きホワイトベアー族は弱音を吐かない、というのは聞いことがあります」
「あ、昔話で聞いたことがある! 大昔に、白いものをあげるから我慢強く成りなさいって神様から言われたんだって」
「へー。ベッキーさんの言う白いものってなんだろ」
塩とかかな。岩塩が取れるとか。海が近いから粗塩とか?
「ホワイトベアー領では砂糖と塩が産出しますので、それのことですわ」
「塩はともかく砂糖が産出って」
「砂糖はね、掘らないと出てこないんだよ!」
「うえ、砂糖って鉱物なの?」
「えぇ、大陸でもここ北限でしか産出しないので、ホワイトベアー領は豊かなのですが彼らは魚以外食べないですし服にも装飾品にも興味が薄いので、砂糖も塩も割と安値で取引されておりますわ」
「ちょっと偏りすぎじゃない?」
「土神様がそうしてしまいましたので」
「ここでも神様が!」
神様が実在する弊害かも。良くも悪くも神様次第だ。
「あ、何か見えてきた」
「どれどれ」
ベッキーさんが指で示した方向の目を凝らす。氷でできたっぽい、四角い建物らしきものと、まっすぐにそそり立つオレンジの炎が見えた。結構遠くから見える炎は、エーテルデ川で見たあれよりも大きい感じがする。
「どこかで見たね!」
「ほんの数日前でしょうか」
ふたりも同じ感想のようだ。
「サラマンダーがいるのでしょうか?」
「やっつけちゃうよ!」
「寒すぎて生きてない気もするけど」
しかし、あそこで水を作ってるっていうし、行ってみるしかないな。近くまではぶちこに乗って、あとは歩く。氷原の向こうに、濃い青の水平線が見える。白い波が見えるから間違いないと思う。
「あれが海かな」
「寂しいところだね」
「正直なところ、早く用事を済ませたいですわね」
同感だ。
ドシロ村は氷の壁もない、海からの風にさらされた非常に寒々とした村だ。実際に寒いんだけど。
その代わりオレンジの炎の柱がより神秘的に感じられ、聖火にも見える。
村の中では白熊たちが忙しなく動いてて、ポリバケツよりも大きな金属製の桶を運んでるようだ。
「もしかして、あれで海水を運んでる?」
「ともかく行ってみましょう」
警戒しつつも村の境界と思われるところで止まり、大声を上げた。




