第十話 廃墟と蘇った教会
そこはやたらと暑くて乾いた土色の世界だった。何かの壁があったと思われるレンガが転がってる。地面は砂が覆っている。
強めに吹く風が土を巻き上げ、ビューという不気味な茶色のお化けを作り出してた。
廃墟。
この言葉しか浮かばない。
「初めて見たな、廃墟としか言いようがない場所」
何かあると怖いからこの場を動かないようにしながらあたりを見てる。
背後の扉は、崩れかけた石積みの壁にへばりついている感じだ。扉の両側は壁が崩れたのか、ない。地面近くにはレンガが積まれているのがわかる個所もある。壁だった跡をたどると四角形になるから、ここは何かの建物だったんだろうな。
「木造じゃないってことは、地震がないんだろうな」
日本人だもの、まずそこを考えちゃう。
「日本だと荒れ果てた土地は草ぼうぼうなんだけど、ここは砂漠にのまれちゃうような感じだな」
あの山から見えてた荒れ地ってのは、こことつながってるんだろうか。それとも荒れ地がデフォルトの土地なのか。
見えてる世界が狭すぎてなんにもわからん。
暑さで額に汗が出てきた。風も強いし砂っぽくてマスクが欲しいかも。
「ちょっと水分を持ってきた方がいいかも」
一度戻ってキッチンで水筒の代わりになりそうなものを探した。何かの皮で作られた小さな細長い袋があった。蓋はなくて、ひもで縛るタイプみたいだ。中身を見たけど汚れとかカビは見れない。嫌な臭いもしない。
「……なんか衛生的に問題が多そうなんだけど、使えるのかなぁ」
――それは水神様の加護がある水袋ですね
水袋、ねぇ。水神様って、池に祀られてるあの龍?
――えぇ、確か、水ならばどれだけ入れてもあふれることがないという、不思議な袋です
「なにそれ。いくらでも入るの?」
――大昔ですが、どれだけ入るか試すのに湖の水を入れていったら湖が枯れてしまったと聞いたことがあります
「ぱねえな水神様の加護って。てか湖を干上がらせちゃダメでしょ」
――もちろん、水は元に戻したらしいです。置き去りにされた魚を取ったあとらしいですが
「わぁ現金だ。ってか、そんなに入るかー」
――水しか入らないそうなので、中身は飲めるくらいきれいな水なんだそうです
はえー、すごい袋だねこれ。じゃあこれに水を入れていくか。
蛇口に水袋をあててどじゃーっと水を出す。
「んーどんどん入っていくねぇ。しかも重さが変わらない。空っぽの重さのまんまだ」
もう不思議な現象は謎技術ということで深く考えないことにした。高度な科学技術は魔法と変わらないんだ。そういうことだ。
5分くらい水を入れたかな。どれくらい入ったかわからないけど、ぶちこががぼがぼ飲んでも余るくらいは入ったでしょ。よし、あの廃墟に戻ろう。
「うん、ぶちこは楽しんでいるようで、よかった、のかな」
遠くでドーンと何かにぶつかってる音は聞こえるけど、まぁぶちこが走り回ってるだけでしょ。
「こんな廃墟じゃ人も生物もいきていけないだろうしさ」
暇だから俺はこの周辺を調べてみるかな。
パーカーのフードをかぶり、少しでも砂を被らないようにする。
ジャリッジャリッと周囲を歩く。建物の土台が残ってて、ちょうど扉がある壁の反対側にはかれた井戸があった。砂に埋もれて底が見えちゃってる。
建物の前には道と思われるまっすぐな空間がある。周囲に高い建物は見えなくて、ほぼ崩壊しているみたいだ。草の一本もない。
ただ、建物の跡と思われるのは規則的に並んでいるので、村か町だったんだろうなって。
「ここまで崩れてるってのは、かなり時間がたってるってことなんだろうな」
住んでいただろう人たちはどこに行ったんだろう。
「まーでもぶちこが思いっきり走り回るのにはちょうどいいなぁ。汚れたら洗浄スキルで奇麗にすればいい」
毎日来るとしたら、俺も少し探索しようかな。
でも、あの扉がむき出しなのはちょっと。風で壁が崩れたら扉もあかなくなりそうだし。
「補強といっても、倉庫にある材料だと、素人な俺じゃー大したことはできないし」
――繕いスキルで修繕してはいかがでしょう
待ってました調理スキルさん。俺が困ったときには声をかけてくれるのでいつも助かっておりますありがとうございます。今晩は香り付け用だと思われるブランデーもお供えします。
――え、あ、ありがとうございます。でもそんな気を使わなくっても結構ですよ?
いえいえ、助かっておりますのでせめてお礼をしないと!
それで繕いスキルというのは?
――えっと、簡単に申しますと、壊れているものを直すスキルですね。生物には効きませんのでその場合は手当スキルでお願いします
まーた便利すぎてあり得ないスキルが……
ということは、この建物を直して休憩場所にもできると。ふむ、ぶちこが驀進している間、俺がここで暇つぶしをしていればいいと。
いいことづくめだ。いきなり建物が建ってると怪しまれるだろけどこんな廃墟に住んでいる人はいないし誰も来ないよね。
「そうと決まれば実行したいです!」
――では、そうですね、どこでもよいので壁に手を当ててこの建物を「繕いたい」と念じてください
壁ね。じゃあ目の前の壁の残骸にでも触れようか。
「この建物を繕いたい!」
俺の叫びと同時に壁の残骸がメキメキと音を立てて再構築を始めた。何もなかった空間に仕上がった状態で壁が広がっていく。
「うっそでしょ!」
壁の下部が出来上がるとガラス窓が現れて、さらに壁が上部に伸びていく。扉がある壁も表面が白く塗られた壁に変わっていく。
壁が終わると屋根が構築され始め、最終的には建物が完成した。
大きさは25メートルプールくらいの空間。天井はなく、高い位置にある屋根の数箇所にステンドグラス的な色付きのガラスがはめ込まれてる。
白く塗られた壁には小さな窓がたくさんついてて、そこは鎧戸になってる。明り取りなんだろうか。
俺とぶちこが出てきた扉は建物の一番奥に当たるようで、その扉の上には読めない文字が彫り込まれている。建物の入り口はその反対側で、両開きの木製の扉がついてる。
床は板張りで、踏んでも音がしないからかなりしっかりした作りだ。
「……なんとなくだけど、礼拝堂的な印象だな」
柔らかに差し込まれる日差し。外の風の音も聞こえないし、それに空気が引き締まってるように感じるんだよね。
縦に細長くて、奥に祭壇があればまさに礼拝堂だ。
「しかしまぁ物理法則先生が泣きながら走り去るレベルの暴挙だな」
呆れを通り越して無感動だ。
無から物質を構築してるんだぞこれ。質量保存の法則とかかけらも見当たらないって。
――繕いスキルは、その素材が記憶する、かつてあった姿に復元するスキルです。
「なるほど、わかったようなわからないような?」
なんにせよ無から有を創り出したわけね。コワいなぁ。
――ここは教会だったようですね
「あ、やっぱそうなんだ」
――水神様を祀っているようですね
「え、そうなの?」
――はい、あの扉の上には、水は生命の根源の一つだと書かれていますので
もしかしたら水神様つながりでここに来たのかな。
ぶちこの遊び場としてつなげてくれたのかも。そうだといいな。水はこの水袋でなんとかなるし。
「よし、風が防げる建物があるなら休めるようにテーブルと椅子が欲しいかな」
水神様の教会なら小さな祠を作ってもいいかもしれない。せっかくだしね。




