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幕間二十五 オーリヒェィの日常

 水の教会の朝は早い。

 日が昇ればそれは起床の合図であり、起きなければ朝食抜きという拷問じみた罰が待っていた。大悟によってかなり助けられている水の教会だが裕福ではなく、食費も抑えねばならない。

 この罰則に引っかかるのは主に大人だが。


 アジレラの教会に訪れる人が増えた関係で、孤児たちはコルキュルを生活の拠点としていた。

 コルキュルには彼らを害する大人はおらず、また廃墟とはいえ広大な土地が余っている。なにをどれだけ騒いでも誰の迷惑にはならない、都合の良い土地だった。


 そんなコルキュルの夜明けに、一番最初に起きるのはオオカミ獣人少女のオーリヒェィだ。先日ベンジャルヒキリ同じ【怪力スキル】を授かりハンターを目指すべく早朝の走り込みを始めたのだ。

 もっともこれはサンライハゥンの指示で、本人はもっと寝ていたいとぐちぐち言っているようだが。

 大悟が作った運動用の動きやすい半そで短パンに着替え、オーリヒェィはコルキュルの教会を出た。


「おはよう」


 コルキュルの教会を出るとサンライハゥンがリンゴの木に寄り掛かり、声をかけてきた。屋敷の倉庫に眠っていた木製の(ヤバイ)槍を手に持って。彼女もオーリヒェィと同じく大悟作製の運動着姿だ。歳を食って足を出すのは恥ずかしいとサンライハゥンは拒否していたがコルキュルでは見ている人はいないと大悟に突っ込まれて渋々着用している。動きやすくて気に入っているのは内緒だ。

 生地は大森林産で、実は軽い疲労回復の付与があったのだがそれを知っているのはリャングランダリの服をこっそり鑑定したラゲツットケーニヒだけだったりする優れものだ。

 まぁ悪い効果はねえんだし、と彼は結果を誰にも知らせずにいた。


「おはようございます! きょうもたんれんをよろしくおねがいします!」

「よし、いつも通り軽いランニングからだ」

「はいっ!」


 サンライハゥンの先導で走り込みが開始された。ルートはコルキュル内の緑化された範囲だ。ここは水神の保護下なので絶対の安全地帯になっていたが、万が一の時のためにサンライハゥンは槍を持っている。


「遅れてるぞ」

「は、はい!」


 サンライハゥンから檄が飛ぶが、まだ10歳のオーリヒェィが大人の足についていくのは無理がある。だがサンライハゥンは足を緩めず、淡々と同じペースで走る。

 オーリヒェィが息も絶え絶えで教会に戻ってくるころには、サンライハゥンはすでにストレッチをしていた。


「水だ」

「は、はい!」


 サンライハゥンがオーリヒェィに水の入った袋を渡す。屋敷の外の水神の池から()()()()()()()水で、井戸水よりもなぜかおいしく、飲むと疲れが消えていくように感じる不思議な水だ。

 この水のおかげもあり走り込みをしてからオーリヒェィの基礎体力が跳ね上がっているのだがそもそもサンライハゥンとの体格体力差が大きく、彼女は気がついていない。

 オーリヒェィは汗も拭かず、息を整えながらごくごく飲んでいく。


「ぷはー、おいしい!」


 オーリヒェィはこの水が大好きだ。冷えているのもあるが、飲むと力とやる気が湧いてくるのだ。


「よーし、きょうももがんばるぞー!」


 オーリヒェィは両腕を頭上に突き上げ、狼尻尾をぐるりと回転させた。


 午前中は畑仕事と勉強だ。

 畑仕事では、オーリヒェィの怪力で土をひっくり返し、他の子どもたちで中の石を取り除き土を砕いていく。コルキュルは土地が余っているのでどれだけ開墾しても終わる気がしないが、少しづつ広がっていく畑を見ると、もう少しと頑張る気が湧いてくる。目に見える成果は心を軽くする。


「植えた野菜の生育が早すぎて収穫が間に合わない。畑を広げるものほどほどにしてほしいんだけどな」


 ぼやくのは彼女の兄ィヤナースだ。アジレラの畑は近隣の大人に任せられるがここコルキュルには連れてこれない。ここはあくまで教会で寝起きする人だけが来れる場所で、あきらかに人手が足りないのだ。


「たりないよりもぜんぜんいーじゃない!」

「そーは言うけどな」

「たくさんとれればたくさんうれるんだし!」


 それで少しでもお金が入ってくれば、先生も楽になる。オーリヒェィはそう思っている。

 勉強する道具も買わなければならない。お金はいくらあっても足りないのだ。


 ィヤーナスが作る昼食を食べると夕方までは自由時間。オーリヒェィはサンライハゥンとハンターになるための鍛錬だ。コルキュルのまだ荒地な場所にふたりで向かう。

 オーリヒェィは屋敷の倉庫にあった金属製の大きな盾を左手に持ち、槍を構えるサンライハゥンと対峙する。


「怪力持ちは盾役(タンク)をやることが多い。盾で受けるにしても受け流すなり覚えるんだ」

「はい!」


 サンライハゥンは槍使いであるが、自身の経験をオーリヒェィに伝える。ソロで狩りをできるハンターなどほんの一握りで、誰かしらと組んだうえで各自が役割を果たさないと生き残れないのだ。

 オーリヒェィとしては教会出身でありなにかと世話を焼いてくれるベンジャルヒキリと同じ盾役が嬉しかった。


「いくぞ!」


 サンラウハゥンの合図と同時に槍の穂先が飛んでくる。


「ひぇっ!」


 迫る恐怖で小さく悲鳴を上げながらもオーリヒェィは盾で受けたが受けたのが盾の端だったために体がのけぞってしまう。


「受けるとき中央で受けろ。さもなければ勢いを流せ」

「は、はい!」


 サンライハゥンは手加減しつつも10歳のオーリヒェィに容赦なく突きを放つ。体で覚えないといざというときにうまくいかないからだが、それを説明してもオーリヒェィには理解できない。ただ厳しいと感じるだけだ。

 それでもオーリヒェィは立ち向かう。この鍛錬の果てに自身の未来があるからだ。

 ベッキーおねーちゃんみたいになりたい。

 目標は近くにいる。あとは自分が頑張るのみだ。


「わ、やってるね!」


 そろそろオーリヒェィの体力が尽きようとしているおやつ時に、教会からベンジャルヒキリが歩いてきた。オーリヒェィの訓練具合を見に来たようだ。


「ベッキーおねーちゃん!」


 オーリヒェィは盾を放り投げてベンジャルヒキリ駆け寄り抱き着いた。


「オーちゃん、装備を放り投げちゃダメだよ!」

「そうだぞオーリヒェィ」


 ベンジャルヒキリに抱き上げられたオーリヒェィはあきれ顔のサンライハゥンを見て「ごめんなさーい」と叫んだ。


「今日はアイツの傍にいなくっていいのかい?」

「今日はね、リーリの日なんだ!」

「甲斐甲斐しいねぇ」


 サンライハゥンは肩をすくめるがベンジャルヒキリは笑顔で「公平にだもん!」と意に介さない。


「さて、今日はアンタかい?」

「もっちろん! オーちゃん、今度はあたしだから、ちょっと離れててね!」


 ベンジャルヒキリはオーリヒェィを地面に降ろす。トテテテと小走りで離れていくオーリヒェィを確認し、どこかからか堅鋼木(割れずの木)の盾と身の丈以上のハンマーを散りだした。

 ベンジャルヒキリとサンライハゥンが距離を置いて相対する。ベンジャルヒキリは盾を前にハンマーを頭上に構える。サンライハゥンは腰を落とし両手で槍を構えた。


「今日は当てるよ!」

「そんなの当てられたら死んじまうよ!」


 オーリヒェィはそんなふたりの挙動を見逃すまいとじっと見つめる。

 ヴンとサンライハゥンの輪郭がぶれ、と同時にベンジャルヒキリの盾から3回大きな音がした。


「チッ、盾の外側を狙ったんだけどびくともしない」


 サンライハゥンの眉間にしわが寄る。まるで大岩を槍でついたような硬さに悪態をつくしかなかった。


「ぶちこちゃんの突進の方が強いからね!」

「あの超例外生物とくらべられても!」


 サンライハゥンの姿が消えた。ベンジャルヒキリは振り返り、頭上に掲げているハンマーを打ち下ろす。

 ガンと金属同士の重い音が響く。背後に回り込んでいたサンライハゥンの槍をベンジャルヒキリがハンマーで撃墜していた。


「やった、見えた!」

「まったく、【疾風】持ちの動きを見切らないで欲しいね!」」

 

 またサンライハゥン姿が消え、ベンジャルヒキリがあちこちに向けた盾から激しい金属音が連続する。


「ふぇぇぇ、ぜんぜんみえないよぅ……」


 余りにレベルが違うのでオーリヒェィは涙が出そうになるが、それでも袖で拭って凝視し続ける。尻尾を立てて、いつかふたりと同じ動きができると信じて。

 ガギンとひと際大きな金属音で、ふたりの動きが止まった。

 サンライハゥンの突き出した槍を、ベンジャルヒキリのハンマーが受け止めていた。


「……久しぶりで病み上がりとはいえ、元2級のあたしの速度が通用しなくなってるじゃないか」

「なんとか見えたけど、ついてくので大変だよ!」

「【怪力】持ちがついてこれるのがおかしいんだ」


 肩で息をしぶつくさ文句を言うサンライハゥンだが、顔は嬉しそうでもあった。ハンターは所詮(しょせん)バトルジャンキーだ。自分の技が通用しない相手に高揚する闘争心を抑えられないのだ。

 オーリヒェィは大きく息を吐いた。集中するあまりいつの間にか息を止めていたようだ。


「しゅごいなぁ……いいなぁ……」


 いまのやり取りを復習するように話し合うサンライハゥンとベンジャルヒキリを見て、オーリヒェィはため息しか出せないでいる。彼女にはふたりが己を高めあうライバルにも見えるのだ。

 教会にいる孤児でハンターになろうとしているのは自分しかいない。鍛錬もはるか目上のハンターしかおらず、仲間が欲しいと願っているが希望が叶う様子はない。

 おまけに尊敬するベンジャルヒキリには相棒のリャングランダリもいる。自分には新たな友達を作る機会もない。


「いーなー。はやくおとなになりたいなー」

「おやおチビちゃん、今日の鍛錬はおしまいかい?」


 ちょっとしょんぼりしているところに、嗄れ声がかかった。振り返ればそこには巨躯のエルフ老婆が腰に手を当てて立っていた。オババことヴェーデナヌリアだ。


「あ、おばーちゃん!」


 オーリヒェィはトテテテと駆け出しヴェーデナヌリアに飛びついた。ヴェーデナヌリアはそのままオーリヒェィを首の後ろに回し、肩車をする。


「たっかいーい!」

「あ、オババさんだ!」

「……鎧通し」


 ベンジャルヒキリは陽気に手を振り、サンライハゥンは緊張で固くなった。

 元とはいえ2級ハンターのサンライハゥンは、1級ハンターのすごさを知っている。まして目の前の人物は伝説とまで言われた、現役最高齢にして最強であろうハンターだ。


「3人とも息災なようだね。さて、今度はアタシが相手しようか」


 ヴェーデナヌリアはにやりと笑った。


 ヴェーデナヌリアはオーリヒェィを肩車したまま拳を盾で受けたベンジャルヒキリを吹き飛ばし、果敢にも槍を向けてきたサンライハゥンには右手の人差し指で応戦しデコピンで撃沈させた。


「おチビちゃんもこれくらいはできるようになるさ。3人で鍛えれば、すぐさね」

「はいっ!」


 ヴェーデナヌリアはガハハと破顔した。オーリヒェィは彼女(オババ)の頭の上でぎゅっと小さな手を握り、明日も頑張ろうと誓った。


 いまだ10歳でハンターになれるまであと5年もあるオーリヒェィがヤバい師範たちに鍛えられ続け、最年少記録で1級ハンターになるのは、少しの話だ。

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