第九十三話 皮算用と立ちはだかる課題
「おっと、いちゃつくなら他でやってくれ」
「おじさま、ニヤつきながらそう言われても!」
「がははは、にいさんも大変だな」
「もががもが」
「なに言ってるかわからねえけど顔でわかるぜ。お嬢をよろしくな!」
「と、ともかく、これも飲んでほしいのです」
ちょっと顔を赤くしたリーリさんが叫ぶようにタンクを開けた。当然俺の口も解放された。
タンクを開けるとほわっとお酒の匂いがたつ。ウィスキーよりも薫りがいい。
匂いをかいだラゲツットケーニヒさんが顎に手を当てた。
「ん……むかーしだが、こんな薫りの酒を飲んだことがあるな」
「そうなのですか、おじさま」
「俺がまだ商会の見習いだったガキの頃だから、そうさな180年は前だな」
「結構前ですわね」
基本単位がおかしげな会話をしてるリーリさんは、タンクからブランデーを汲みテーブルに乗せた。
180年前でガキならば、ラゲツットケーニヒさんはいったい何歳なんだろう? エルフさんは見かけじゃ歳がわからん。
オババさんが200歳オーバーは知ってたけども。
そういや年齢のことを考えてるとリーリさんが感づくんだよな。
「……私の年齢は、エルフ基準ではすごい若いですわ」
リーリさんは膝の上でぎゅっと手を握りむぅと口をとがらせた。
「別にリーリさんが何歳でも気にしてはいないんだけど」
「そ、そそそうですか……それは、安心しました」
胸にあるペンダントをちょっと触ったリーリさんはあからさまにホッとした顔になって長い耳をぴくっと動いた。
こんな言葉でいいなら安心してくださいな。
「なぁチトトセ。こーゆーのはなんつったけか」
「いちゃつく男女には砂クジラも逃げていく、でしたっけ」
「お嬢が嬉しそうでなによりだ。さていただくかね」
ラゲツットケーニヒさんがカップに口をつけブランデーをなめた。
「…………ウィスキーとやらよりも格段に旨いな。チトトセも飲んでみろ」
ラゲツットケーニヒさんはカップをチトトセさんに渡した。彼女は躊躇なくカップに口を付け、そのままこくこく飲み続けた。飲み干したのかカップから口を離し、はぁぁぁぁとため一気にも似た長い吐息をもらした
「義父上、これは、売れます!」
チトトセさんは猫尻尾をピント立て、目をギラつかせた。
「お嬢様、これも魔道具で作れるのでしょうか!」
「え、えぇ、元になるのがエールからワインになっただけですわ」
「なんと! ワインからこんな芳醇で香ばしいお酒になるのですか!」
「保管に失敗して酸っぱくなってしまったワインからでも作れますわ」
「にゃにゃにゃんですと!」
「エルエッサで試しましたので」
「ふぉぉぉぉ!」
チトトセさんが吠えた。ニャーとは言わなかったけど。
「この味なら少量売りで1杯100いや150ペーネでも売れます。20Lの樽でおよそ400杯分として6万ペーネ。ダメになったワインを1樽500ペーネで引き取るとして、人件費もろもろで1樽3500ペーネとしても原料のワインが5樽17500ペーネで利益はブランデー1樽あたり42500ペーネ。ぼろ儲けです義父上ぇ! 魔道具周りの装置の投資なんてすぐに回収です! にゃっはー!」
「落ち着けチトトセ」
「にゃっ」
ラゲツットケーニヒさんが、興奮の上に酒も入ってハイテンションなチトトセさんにチョップした。宿で見たチトトセさんはクノイチだったけど、こう見ると筋金入りの商人なんだとわかる。
「取り乱してしまい申しわけありません。ですがこの商機を見逃すわけにはいきません、ダイゴ様、お嫁にいらしてください」
「え、嫁はちょっと」
「では婿養子で」
「ククク、お嬢が嫁ぎゃいいだけだ。そうしたら兄さんは一族の仲間だ」
突拍子もないことで悪党笑いをしていたラゲツットケーニヒさんがふと真面目な顔に戻った。
「こいつは間違いなく売れる。貴族あたりはたぶん秘蔵の酒として持ってるだろうからそれを自慢するために買わないだろが平民はこんな上等な酒は飲んだことはねえからちょっとした贅沢として売れると思うぞ。それだけに真似するとこがすぐに出る。そいつらが同等なものを作れるとは思えねぇから、うちで作る場所は極秘にしてぇな」
ラゲツットケーニヒさんはタンクからブランデーをすくいカップに入れ飲み始めた。
「街なかで作るとタンクを持ち出す時にばれそうだし襲撃されても面倒だ。お嬢みてえなトンでもねえ魔道具でもありゃバレねえんだが、そんなもんがあればもっと金儲けに回せるわな」
「わたしはダイゴさんの護衛がありますので」
「たはー、お嬢に振られちまったな。さてどうするか」
ラゲツットケーニヒさんはまたブランデーを飲み旨いなとつぶやいた。
「義父上、商会の地下などは?」
「結局タンクを持ち出さねえといけねえ。いっそ小分けにして徒歩で運ぶか? 売れるのがわかってる以上はあまり小さくはできねえがな」
「にして運搬中に襲われてこぼれる可能性があります。それと運べる量が減ってしまいそうです。商会で所有する魔法鞄も数に限りがありますし」
チトトセさんが指を折って数えてる。
こっちだと飲料の入れ物は金属でも飲み口に蓋は皮をかぶせてひもで縛る程度だから逆さまにするとこぼれたりするんだ。俺が持ってる水袋もそうだし。ペットボトルみたいな蓋がないんだよね。発想自体はあると思うんだけど技術的な問題なんだろうなーって。あれはきっちり閉まらないといけなくって、かなりの精度が求められるから。
「でかいものを運べる魔法鞄は各都市に1個しかねえしな」
「魔法鞄もそうそう売りに出てきませんし」
「俺個人の所有もはこのためだけには出せねえしな」
ヤクザ親子による議論が行き止まりにブチ当たったっぽく、ふたりが天井を見上げ唸っている。
やらないという選択肢はないようだ。
「小さいものが入る魔法鞄はあるんですか?」
俺が腰に括り付けてる魔法鞄を見せた。口の開く大きさのものしか入らないけど、ウイスキーの瓶、いわゆる4合瓶程度だったら問題なく入る。
「あーにいさんも持ってのか。もしかしたらマトトセから?」
「大当たりです」
「ったく、あのばあさんも食えねえな」
ラゲツットケーニヒさんとチトトセさんが苦笑いだ。
「小さいのが入るやつは容量も小さいがまぁ数はある」
「小分けにしてもきっちり蓋ができてこぼれない入れ物があるんですけど」
と言いながら魔法鞄から炭酸水のペットボトルを取り出した。キャップを外せばプシュッっと空気があふれ出す。知ってるリーリさんは驚かないけど商人ふたりはビクッと肩を揺らした。
蓋を取って、螺旋部分をラゲツットケーニヒさんに見せる。彼は目を細めてボトルの口と蓋の内部を凝視した。蓋を絞めたり緩めたりを繰り返しスゲエなとこぼした
「どっちにも螺旋があって、これがかみ合うことで蓋をするってことか?」
「すごい精度が求められるんですけど、これが作れると、こんなことも可能になります」
ペットボトルに蓋をして逆さまにした。もちろん漏れることはない。
「原理は理解できたが、これを作れる気がしねえ。そもそもこの透明な入れ物はなんだ?」
「あー、たぶん作ることはできないかなー」
「……大森林産みたいなものか」
「そう思っていただけると助かります」
「なるほどな……よし、チトトセ。お前にこの事業を任せるから好きにやってみろ」
「えぇ! こんなおいしい事業を任せていただけるのですか?」
「事業にするまでが苦労しそうだがな。上手くいったら独立してオヒガラを再興するときに事業ごと持っていけ」
ラゲツットケーニヒさんがクハハと笑ってチトトセさんの頭を撫でた。
「あ、ありがとうございます!」
がばっと頭を下げたチトトセさんが、がんばらなくっちゃと、こぶしを握り締めた。




