第八十八話 神様の御使いはおかしなのしかいない
ぶんぶんぶん蜂が飛ぶ。じゃねえって。なんでこんなデッッな蜂がいるのよ! 池の周りには花なんてないぞ。
ホバリングしてるデカい蜂を刺激しないように、少しずつ後ずさりする。が、後ろに下がった分だけ蜂が前に来る。ぐいぐい来るじゃないさ、なんてアホなことは言えない。
だからといって屋敷の玄関まで全力で走って逃げられる、なんて思ってもない。どう考えてもこの蜂のほうが速いに決まってる。だって小さなトンボですら俺なんかよりも俊敏に飛ぶんだぞ? デカい体をホバリングさせられる羽の力があるんだからまっすぐ飛んだら速いに決まってる。
ぶちこもベッキーさんもリーリさんもいない状況はやばすぎた。しゃーない、死にたくはないけど辞世の句でも考えるか。
ハンバーグ、焼き肉定食、竜田揚げ、俺を食べても、腹を壊すぞ。
食われるならこんなメニューかなぁ。
じゃない!
「あー、でも襲っては、こない?」
ホバリングはしてるけど俺を食おうとはしていない、のかな。ではなぜ?
じーっと見つめてたら、デカい蜂が池の向こうに向いたり俺を振り返ったりを繰り返してる。
「アッチに来いと」
聞いたつもりなんだけどデカい蜂は行動をやめない。言葉はわからないらしい。まぁ行くか。今更思い出したけど、戸締りで俺を囲んじゃえば何とかなりそうだし。
池沿いの薬草地帯を、草を踏まないように進む。この薬草が俺の収入のほぼすべてだし、この薬草をオババさんが買ってくれてるから俺が布とか壊れた魔道具とかを手に入れられたんだ。踏むなんてとんでもない。
蜂は俺の後を飛んでて先導はしてくれないよう。
池の周りを半周して、あの巨木の根元についた。そこまでは薬草も侵食していないのかできないのか、地面が見えている。その地面に、これまた大きな蜂が転がっていた。
さきほどの蜂は俺の周囲をぶんぶん飛んでるけど、それよりもひと回りデカい。猫だと食われちゃいそうだ。
黒と黄の警戒色のボディは傷なのか裂けていて、翅も片方が失われていた。頭の触覚らしき突起がぴくぴくしてるから生きてはいる様子。
「この状況、思い当たるな」
ぶちこがこんな状態で倒れてたんだよな。
「助けないって選択肢はないなー」
この状況で見捨てられるほどの胆力もないし。どうせ俺はヘタレだよ。
蜂のそばに屈んで片膝をつく。触るのが怖いけど、俺は男の子だとセルフ励ましで指先だけ触れ手当を念ずる。
パキパキとプラスチッキーな音を立てて翅が修復されていく。ガチガチと蜂の口が恐ろしい音を立てる。
あ、ちょっと戸締りしとこ。
転がってたさらにデカい蜂はむくっと起き上がって俺を見てきた。気がする。目は複眼ってやつで、瞳がないからどこを見てるかなんてわからない。
「あー、言葉は通じないんだろうけど、体はどう?」
さらにデカい蜂は返事の代わりか、地面に何かを書き始めた。何かの文字っぽいけど、俺には模様にしか見えない。鉄扉の上にある文字とも違う系統に思えるし、なおわからん。
『ありがとう、と書いてあるぞ』
超重低音な声が聞こえた。もしかしてと蜂を見たけど、地面に書いた文字を腕でテシテシ叩いてる。うん、蜂じゃないっぽいな。
てことは声の主は別なわけだ。俺を呼びに来た蜂でもないだろうし、じゃあ誰よ。
『わしか? わしはお前の目の前におるぞ』
胃のあたりがぞわっとするほどの重低音がまたまた聞こえた。3,2,1と段階的に顔を上げる。目の前には巨木しか映らない。表面が杉の木のようにも見える巨木だ。さぞかし太い大黒柱になるだろう。おいくらになるかな。
『わしだ』
「……そんな悪の組織のボスみたいに言わなくってもって、木がしゃべった!?」
『うむ、しゃべる程度造作もない。わしは木の神様の下僕である』
木の神様。木にも神様がいるのか。植物ではなくて。
いや驚くのはそこじゃないな。口も、顔すらもないのにどこから声がするんだろう。
『顔は根にある』
「あ、はい、ありがとうございます」
『ここの水は甘露だ。さすが水の神のおひざ元』
「え、あ、そう、ですね」
ぐぅ、会話がかみ合わない。
この蜂といい、いきなり話しかけてきたこの巨木といい、なんなのよ。
『この女王蜂はその辺におる蜻蛉にやられてここに落ちてきたぞ』
「女王蜂……」
地面にいる蜂に目をやれば、新しい文字を地面に書いて、そして挨拶するように前足を挙げた。
『あたし女王蜂よろしくね、と書いてあるぞ』
「……だいぶフランクな女王様ですね」
顔が根だけど地面の文字は見えるんだ。
女王蜂がまた地面に文字を書き始めた。
『500年も生きてると威厳を保つのも飽きてくるの、だそうだ』
「……水神様を見てるとそれはわかる気がする。てか、このやり取りメンドクサッ!」
俺の言ってることがわかるなら俺がわかる文字で返してほしい。この巨木さんを介してだと本当かどうかもわからないし。
『それは、この女王蜂を送り込んだ蟲の神に言え』
「…………なんですと? 同じ虫の蜻蛉に襲われたのでは?」
『それは仕込みだろう。お前はお人よしだと漏れ聞いておるからな。手弱女なら警戒せぬと』
「聞き捨てならないことが多すぎて俺のちっぽけな脳みそがオーバーヒートなんですがとりま突っ込ませていただけるなら俺がお人よし情報が流れてるってどこでですか?」
『そこら中で流れておる』
「なんてこった!」
『水の神が自慢げに話をしていたらしいぞ』
「うぉぉぉぉい水神様ぁぁぁ!!」
ちょっとローザさん、大変ですよ! 主に俺が!
『それを聞いた蟲神様が舌打ちしたけどたぶん嫉妬、と書いてあるな』
「あぁぁぁ女王蜂さんいらん情報ありがとうございます」
『木の神様は寛大である』
「女王蜂さん悔しがって暴れないでください!」
誰か、誰か収拾をつけてください!
俺にはハードルが高すぎる。
『わしの名はユグドラである』
「突然の名乗りですか」
『神話的には世界樹と呼ばれているな。女王蜂はキューティーハニーと言っておる』
「ハニーは蜜です! というか世界樹なら聞いたことがあります」
『わしも有名人か』
「ユグドラさんは人ではなくってですね」
くそ、突っ込みが間に合わねえ! 突っ込み要因の補充を頼みたい。
『わし疲れた。ちょっと寝るぞ』
「は? え、ちょっと!?」
『グゴゴゴゴ』
「マジで寝てるよ……」
ユグドラさんの幹から重低音ないびきが聞こえる。地面でおとなしくしてた女王蜂のハニーはもぞもぞっと土を掘り出して、地中に消えてしまった。所在なさげにホバリングしてたデカい蜂もハニーの後を追いかけて地中の穴に入っていった。
残されたのは俺とハニーが掘った穴。あの蜂は地中に巣を作るタイプなんだろうか。
「うん、非常に疲れた」
5分くらい不貞寝して屋敷に戻った。




