第八十三話 エルエッサ鉱山(1)
うっすら視界に明るいものが映ってくる。あぁこれ、アラームが鳴る5分前に目が覚める奴だ。これってなんて言うんだったっけ。5分前行動? 違うか。
「……あー、朝だ……って、なんで朝ぁ?」
ばっちり目が覚めた。あれ、夕飯を食べて酒を呑んだとこまでは記憶がある。でもその後がない。
ここは、と思う前に両腕にかかるずっしりとした重さとふにゃっとした感触に気がつく。
左を向けばベッキーさんのむにゃむにゃ寝顔が。あの、甚平がだいぶはだけて胸がほとんど見えてるんですが。マイサンが大変なことになりそうなのでしまってもらっていいですか?
右を向けばぱっちりおメメのリーリさんと目が合う。起きてるじゃん!
あれ、俺が起きたのを分かったうえで腕の力を込めて右腕を抱くのはやめてもらえますか。推定Cカップを押しつけられるとマイサンが鉄火場になってしまうので。
あ、そういえば、俺ってば甚平着てるじゃん。
「おはようございますダイゴさん」
「……オハヨウゴザイマス。つかぬ事お聞きしますが、俺は何故甚平を?」
「わたしとベッキーで着替えをいたしましたわ。下着も替えましたので、抜かりはありません」
「……わーお」
しれっと何を言ってらっしゃるのか意味が分かりません。下着って……。
「今後のお勉強になりましたわ」
「そんなことをにっこりして言わないでぇ!」
「さ、起きて支度をしませんと」
リーリさんが起き上がったので右腕が解放された。ベッキーさんをゆすって起こして、何とか事なきを得た。起きたらほら、生理現象的にトイレに行きたくなるわけで。俺の尊厳はぎりぎり守られたのだ。決してマイサンが暴発しそうとかではない。
さて、サィレン君含めたみなで朝食を取った後に鉱山へ入る支度をする。鉱山は暑いけど岩が尖ってたり危ないので長袖長ズボンは必須とのこと。汗はかくけどこまめに清掃スキルで綺麗にするか。
ベッキーさんが家を、サィレン君が箱を格納して広場を後にする。広場にはもう誰もいなかった。思いっきり出遅れだ。
午前中のあわただしいエルエッサ村を歩き、北部にあるという鉱山の入り口に着いた。入り口は、コンクリート打ちっぱなしな部屋とその中に下に降りる階段がある、ぱっと見地下鉄の入り口に思える外観だ。
なお、ぶちこは子犬サイズで俺にだっこされてる。
「まずは受付からですわ」
リーリさんとベッキーさんが先導して階段を降りていくとすぐに兵隊さんの姿と妙齢のドワーフのおねーさんがいるカウンターが見えた。カウンターも石造りだ。そのカウンタ―の前を通らないと中には入れないし、外にもでられないようだ。
奥は岩肌がむき出しの通路になっていて、ところどころに明かりがあり、どこぞのアトラクションへの道に見えなくもない。
「こんにちはー!」
「ようこそエルエッサ鉱山へ。ここは初めてかい?」
ベッキーさんが元気に挨拶したのにドワーフのおねーさんは俺を見て話してくる。ベッキーさんとリーリさんは胸当てをしてるしサィレン君も肘膝にプロテクターみたいなのをつけてて、俺だけ水色のローブだからか。すみません、素人です。
「えっと、このふたりは来たことがあるけど俺と彼は初めてですね」
「じゃあ詳しいことはお嬢ちゃんらに聞いといてね。じゃあ身分証の提示を」
「身分証?」
え、俺、そんなのないんだけど。どうしようか。
「鉱山では事故を装った犯罪も起こりうるので、身分証がない人は入れないのですわ。はい、これは私とダイゴさんの身分証ですわ」
「ハイこれあたしの!」
「僕はこれです」
ドワーフのおねーさんは渡された身分証を黒い石板の上にかざしては返してくる。
「うんうん、変な記録はないね。出る時には採掘したものを確認するからね。そろそろワーム類が増えてくるころだから、気を付けるんだよ」
ドワーフのお姉さんはにっこり手を振った。
「じゃーしゅっぱーつ!」
ベッキーさんに左手を取られ、奥へと進んだ。通路とはいえ高さも幅もかなりあり、バスも並んで通れそうな程度は広い。壁と床はコンクリで固められてて非常に歩きやすい。道はやや下り坂でまっすぐ続いている。
「そういえばリーリさん、俺の身分証って……」
「あれはおじが作ってくれたものですわ。あった方が色々都合がいいだろうって、おじの商会に所属するものとして商業ギルドで発行した正式な身分証ですよ?」
「すっごく助かるけどそれは申し訳なくも」
「ふふ、でしたらおじの商会で取引でもしていただけたら、おじも喜びますわ」
「うわ、絶対それ狙いじゃん!」
やっぱあのイケオジヤクザは怖え。
「リャングランダリさんの親族さんは商会をお持ちなんですか?」
「えぇ、アジレラに着いたらサィレンさんを紹介するつもりでしたわ」
「それはありがたいです。商売の機会が増えるのは、とても助かります!」
サィレン君の弾む声が道に響く。
直線が終わり、下へ向かう広い螺旋階段に着いたあたりでぶちこを降ろす。今のところ誰ともすれ違ってない。やはり出遅れのようだ。
「この階段を降りると、そこからは迷宮ですわ」
「ダイゴさんは、はぐれない様に!」
引き続きベッキーさんに左手を捕獲されている。ぶちこが待ちきれず階段を降りてしまって姿はない。俺と違って迷子にはならないでしょ。
螺旋階段を降りてると、カキーンと鋭い金属音が聞こえ始める。
「……そういえば俺、掘るものを持ってない」
ベッキーさんは素手で掘りかねないし、それはリーリさんも一緒だ。サィレン君はいつの間にか小さなシャベルを手にしている。あんなので岩が掘れるわけはないから、あれも特殊な魔道具なんだろうか。
「昨晩、ローザさんから預かったものがありますわ」
とリーリさんが取り出したのは、見覚えのある青い刃のノコギリだ。
「それ、倉庫にあった聖ノコギリ? でもそれは木しか切れないと思うんだけど」
「あら、ローザさんはなんでも切れると仰ってましたわ」
「……まーじかー」
ローザさんが嘘をつくとは思えないし、本当なんだろうなぁ。はいと渡され右手に持った。
螺旋階段を降りるとそこは、薄暗い大空間だった。螺旋階段を含む大空間だけど、そこから出る通路がざっと15本。通路は固そうな土をくりぬいてできていて、道具があれば掘れそうな気がする。
それと、すえた臭いと汗の匂いが混ざって【ザ漢】という臭いが生成されてる。みなもそうなのか、やや険しい顔をしている。
「耐えられないからなんとかする……」
清掃と念じると、鉱山がわずかに光った。そして匂いが消えた。
「あれ、臭いが消えました?」
サィレン君が首を傾げてるけど種明かしはしない。さてこれでやる気が戻ってきたぞ。
さあ掘ろうって時に、ベッキーさんが手をくいくい引いてきた。
「昨晩ね、ローザさんがね、ちょっと前まで水神様がここにいたんだよって言ってた!」
「はぁ? 水神様、ここでなにしてんの……」
「土の神様と競争してたんだって!」
「なにやら色々なお宝を埋めて、どっちのお宝が人間を驚かせるかの競争の様ですわ。とうの神様方は飽きてしまっていなくなったようですけど」
「相変わらずフリーダムすぎる神様だ」
俺たちが来る前にここにいたとか、偶然にしてはだけど水神様だからなぁ。
「今日は、何かが見つかる気がしますわ!」
リーリさんも気合が入っている。やはり宝石か。女性は宝石に弱いのか。
「宝石が出たら、ほかの土地で高く売れそうです。僕も掘れればラッキーなんですけど」
ここにも宝石に弱い男がいた。神様が遊んでるとか不思議に思わないのかと聞いたら、もともとここは土の神様の遊び場なので採掘できるものも神様の機嫌次第ですからと言われてもにょるなど。
特定の場所に金属の鉱床があるわけではなく、本当にランダムに採掘されるとのこと。マジで一攫千金だ。
「わっふぅ!」
子犬サイズのぶちこが駆けてきた。走り回ったのか尻尾を振り振りとだいぶご機嫌の様子。お尻をつけて前足であっちあっちと指してくる。
「ここ掘れわんわん的に何かを見つけたのかなぁ」
「探す宛てはありませんので、行ってみましょうか」
「ぶちこちゃん、案内してね!」
「わっふぅ!」
駆けていくぶちこの後をついて歩き始めた。




