第八十二話 エルエッサ村
雲ひとつない青天の下、陽が傾き始めた街道をひた歩く。追いはぎを捕まえた地点から歩き続けてようやく次の村につくってところだ。
あいつらを入れた檻はぶちこが咥えて運んでる。ついでに言うとサィレン君も一緒だ。
次の村で事のあらましを説明するのに一緒にいたほうが都合がいいからだってのが理由。まぁ、行く方向は同じわけだし、旅は道づれだ。
それに彼が商品として持っていた「眠り香」というモノで追いはぎを寝かせているので、万が一切れた時のためというのもある
なんにせよ、ご同行願っているわけで。
「次はね、エルエッサ村だよ!」
俺の左手をしっかり握るベッキーさんが嬉しそうに告げる。そう、別れ道のない街道で迷子になるわけはないのに、俺はしっかり捕獲されていた。
右手はというと、すまし顔のリーリさんに握られていたりする。
たまーにすれ違う人たちからはぶちこと檻で仰天して俺に視線が移っては微妙な顔をされるという現象が起きてる。両手に華は嬉しいけどなかなかの罰ゲームだ。
「えーるえっさーえるえっさー、ほーればでてくるえるえっさー」
「運が良ければ宝石が、運が悪けりゃ砂トカゲ、土神さーまのご機嫌次第」
「「えーるえっさーえるえっさー」」
ふたりが謎の歌を口ずさみ始めた。
「エルエッサ鉱山節ですね」
俺の後ろを歩いているサィレン君がきいてくる。そんな曲があるのか。あー、そういや子供のころ盆踊りで炭坑節ってのがあったな。そっか、鉱山の村なのか。
エルエッサ村は人口5000人ほど。でも村なんだとか。村の北部に地下鉱山があり、そこの産出物が産業で住民のほとんどが鉱夫。どっかの村と一緒だ。
産出物は金銀銅鉄で、希にダイヤなどの宝石が見つかるでのトレジャーハンター的な人たちもいるらしい。
「えぇそうですわ。マーマイトでも知っている方がいたのですね」
「エルエッサの宝石は有名ですからね。エルエッサ産の宝石は気泡がないものが多い上に透明度も高くて、最上級扱いですから。売りだされると即完売されるほどです。僕も資金があれば仕入れたいんですけどアハハ」
「へー、宝石ねぇ」
俺には縁がないもんだな。元カノに安い指輪をあげたことがあったかなってくらいだ。金はあるし、掘り出し物とかあればワンチャン。なんてな。
「たまーにね、地下鉱山の討伐依頼があるんだよ! あたしたちも来たことがあるんだ!」
「炭坑に住み込んだロックワームや砂トカゲが鉱夫を襲うので、定期的に退治する必要があるのですわ」
ふたりは来たことがあるのか。だから鉱山節を歌えたのかな?
それにしてもだ。
「割と命がけだ……俺にはきついなぁ」
「その分、宝石を見つけた時にもうけが桁違いなので、宝探し気分で鉱山に入るハンターもいるくらいですわ」
「せっかくだから入ってみようよ!」
ベッキーさんが俺の左腕を抱きしめてニパっと笑う。
「そうですわ。小さくなったぶちこちゃんがいれば、まず安全ですわ」
リーリさんが右腕をぎゅっと抱いてくる。
むぎゅむぎゅと胸が押しつけられるんですが。
ふたりとも接触が激しくないですか?
もしかして宝石ですか?
やっぱり宝石ですか?
「あ、もし宝石を見つけたら僕に売って頂ければ、お安くですが」
「……サィレン君も行くんだよ?」
「ぼ、僕は普通のエルフですから」
「俺だって普通の人だって」
「ダイゴさんは普通じゃないですよ!」
「どう見ても普通のおっさんでしょ!」
げせぬ。さっきの出来事からサィレン君が俺を普通と認めてくれない。
そんな押し問答をしていたら石造りの壁が見えてきた。鉱山の街らしく、一個が巨大な石で積み上げられた厳つい壁だ。時間が夕方近いからか入る人が多く、その行列に並ぶ。周囲の視線が痛い。
「おいそこの、デカイ檻をぶら下げたデカイ魔獣を連れたお前! そうだお前だ!」
衛兵だろうか、明らかに俺を名指しで呼んでいる。なぜ俺なのだ。
「あの、何か問題が?」
「何か?じゃねえよ、何だこれは! こいつらはなんだ!」
衛兵さんが走ってきてぶちこが咥えている檻を槍で叩いた。
「えっと、追いはぎですかね。捕まえたので連れてきました。どこに持っていけばいいですか?」
「追いはぎぃ?」
「えぇ、俺たちも襲われましたし」
嘘ではない。ベッキーさんもリーリさんも頷いてる。
「む……警邏事務所へ行け」
「えっと、警邏事務所とは」
「門をくぐってすぐ右にある、ちょっと歴史ある建物だ」
「あ、どうもありがとうございます」
そう言われた後は放置だった。入る時にチェックとか忘れられてる。忙しいってものありそうだし、じゃあ言われた警邏事務所に行くことに。
「門を出てすぐに右……あーボロい、おっと言い過ぎた。歴史を感じる趣のある建物だ」
「うん、前に来た時よりも傷んでるね!」
「修繕費はないのでしょうか」
「僕が今まで見た警邏事務所の中でも指折りに古いですね」
皆の感想が散々だ。
突っ立ってても邪魔なのでぶちこを道の端に座らせ、代表でリーリさんが事務所に入っていった。ベッキーさんは当然のごとく俺の左にいる。もうそこが定位置になっている感。
数分後、リーリさんが数人の中年男性を引き連れて外に出てきた。
「なんだこの魔獣は」
「誰だ、こんな巨大な魔獣を中に入れたのは」
ぶちこは魔獣じゃないぞ。かわいいワンコだぞ。
「そっちじゃなくて檻の中を見てほしいんですけど」
ぶちこが咥えている檻を地面に落とした。ガシャンという衝撃で追いはぎどもが目を覚ます。
「な、なんだここは?」
「なんだてめえらは!」
「おぅおぅおぅ、俺たちは泣く子も黙るアッザム組だぞ?」
「わかったらさっさとここから出せ!」
自己紹介乙。いやあ、期待を裏切らないなこいつらは。
「アッザム組! あ、コイツ、アーレーアッザムです!」
中年男性のひとりが叫ぶと、檻の中のお頭がにやりとした。
「はっは! 俺も有名になったな! そうだ、俺が元2級ハンターの、アーレーアッザムだ!」
「さすがお頭!」
「有名人ですぜ!」
追いはぎどもがワイのワイの騒いでるけど、周りには槍を持った兵隊さんたちが増えてきた。
「……数年前からこのあたりで護衛を雇っていない商人や旅行者などが強盗被害に遭う事件が発生していた。捕縛しようと兵を向けるとどこかに隠れてしまうので捕まえることができなかったのだが、こいつらの可能性はある」
「……それ、情報が駄々もれなんじゃ?」
「うおっほん。彼らを尋問せねばいかん。本物だった場合は、確か懸賞金がかけられていたはずなので、君らにはそれ受け取る権利がある。ただ確認するのに2,3日かかるのでここで待機してくれ」
え、そんなに時間がかかるの?
「わかりましたわ。ベッキー、厄介なのを引きずり出しましょう」
「まっかせてー! あいつとアイツだね!」
リーリさんとベッキーさんがやる気みなぎる感じで檻の中に入って、魔法使いとお頭を小脇に抱えて出てきて、中年男性の足元にふたりを転がした。
これも宝石パワーなんだろうか。コワイ。
「ハイ、確かに渡しましたわ」
「お、おぅ。ねーちゃんたち、つええな」
「宿は……たぶん夜は野営広場にいますわ」
「魔獣がいるなら、そうか。わかった、用事があったらそっちに行く」
そんな感じで、追いはぎ引き渡しを終えた。あっさりしすぎな感じもするけど、こんなもんなんだろうなぁ。
さて、すでに時刻は夕方。宿を探さねばならないが。
「また野営広場で寝泊まりしましょう。宿よりも広いですし音漏れも気にしなくて済みます」
「あの部屋の方がベッドもふかふかだし、すっごい広いんだ!」
「あ、僕は単にお金を節約したいのであの箱で野営します」
満場一致で野営広場でした。
ぶちこがいるために宿泊を断られる可能性を考慮してのことかもしれないけど、悪いのは害をなす魔獣であり、賢く人の言うことを理解しているぶちこは害をなさないのに。表面でばかり判断されるのはツライ。
「ここの野営広場は、広いんだね」
村の端なんだけど、ざっと野球ができる広さはある。大声を張り上げても迷惑にはならないくらいだ。
「一獲千金を夢見る人は、お金がなかったりしますから」
「あたし達も、ここでテントを張ってたんだ!」
ふたりの顔は、懐かしいなという感傷的な笑顔ではなく、苦い思い出としての苦笑いだ。
苦労したんだろうなって察してしまう。
うむ、食事だけはうまいものにするぞと、改めて気合を入れた。




