第八十一話 ぶちぎれMYWAY
すみません少し長いです
モフモフに包まれて天国だけどそんな場合じゃない。こんな時はパンダだって「笹なんか食ってる場合じゃねえ」って叫ぶんだ。
えっさほいさとモフモフをかき分けて顔だけのぞかせる。デカい金属の箱とベッキーさんとリーリさんが見えて、その向こうに檻がある。檻の中では男たちがはしゃいでるのが見えた。
お頭ってのがよほどの強さなのか、ふたりが心配だ。
カーンと甲高い音がした。ベッキーさんが盾を動かして飛んでくるなにかに当てているようだ。
「はっはー! 俺たちは弓で遠くから獲物を狙うんだ!」
「俺たちは賢いからなぁ!」
「降参するなら今のうちだぜ!」
檻の中からご丁寧に教えてくれてる。実はいい人たちなんじゃ?と勘違いしそうだけどあいつらは悪者だ。
「その矢も限りがあるでしょうに」
ため息をついたリーリさんがふいに空中で手を握ると、その手には飛んできた矢が掴まれている。サィレン君の金属の箱にもカンカン矢が当たってるけど傷もつかない。たまにぶちこが前足を動かしてるのは、矢を払ってるんだろうか。ふわーとあくびをしてるから余裕なの?
遠くを見ると二足歩行の生き物にまたがって矢をつがえている人影が多数見えた。身を隠してないからバレバレだ。
「お頭は、剣術スキル持ちだぜ!」
「お前らなんかあっという間に切り伏せちまうんだ!」
檻の中はおおはしゃぎだ。
檻の皆さん情報ありがとうございます。いや本当にしゃべりすぎでしょ。
10分くらいたったころから矢が飛んでこなくなった。弾切れ、いや矢切れか。
「遠くにいるだけではわたしたちには勝てませんけど?」
リーリさんが逆に挑発を始めた。好戦的エルフコワイ。オババさんの血統は間違いなく続いてるよ。
「くっ、矢がなくなっても俺たちは短剣でやれるんだ!」
「お頭以外もすごいんだぞ!」
「そうだぞそうだぞ!」
檻の中からはくやしそうな声が。前向きなのは俺も見習うべきか。
「ではこっちからいきましょうか」
リーリさんが何もつげずに弓を引き絞って弦を離すと、ぼんやり光るなにかが高速で遠くの人影を跳ね飛ばした。
「なんだありゃ」
「魔法か?」
「遠くからなんて、ずるいぞオマエラ!」
「おい副頭、あんた魔法使いだろ、あれはなんだよ!」
「知らねえよあんなの!」
「なんだよ使えねえな副頭! だから4級ハンターなんだよ!」
「うるせえ、お前はハンターにすらなれなかったろうが!!」
「なんだとゴルァ!」
檻の中で殴り合いしてる。元気だなアイツら。てか、先に遠くから矢を射ってきたのはお前らの仲間だろうに。
でも遠巻きにいる追いはぎの仲間が近寄り始めた。結構な速度でこっちに走ってくる。
「人を転がす魔法を飛ばしているだけですわ」
無表情なリーリさんは次々に何かを射ってそのたびに近づいてくる人影を吹き飛ばしている。転がすっていうか当たり屋だ。
追いはぎの仲間の中でもひときわ長身の人影が長い剣を頭上に掲げるのが見えた。あれがお頭ってやつかな。
あ、なんか目があった気がする。
「ベッキー!」
「わかってる!」
長身の人物が俺に向かって剣を振り降ろすと同時に目の前にベッキーさんの背中が映った。
ベッキーさんからゴンと重い金属がぶつかる音がする。
「斬撃使いですわね。あれを抑えれば終わりですわ」
「よーっし、やっちゃうぞー!」
ベッキーさんが掲げた右手に巨大なハンマーがあった。えーいという気の抜けた叫びとともにベッキーさんがハンマーを地面に叩きつける。
ドドドドと地面が揺れ、あの長身の人物の真下からブシュワーっと水流が立ち上がる。
「な、ウグワー!」
長身の人物はそのまま花火のごとく5メートルほど打ち上げられ、重力のままに落下した。
「もういっかーい!」
ベッキーさんがまたハンマーで地面を叩くと再び水流が上がり、お頭の体がムーンサルトばりに大回転してこちらに飛んできてぶちこの目の前に落ちた。ドスンと鈍い音を立てて背中から地面に落ちたまま動かないけど、口がほえほえ動いてるから生きてはいる様子。悪いヤツだけど、ちょっとほっとした。
「お頭!?」
「じ、地面が揺れた! 神様がお怒りだ!」
「お頭がやられちまった!」
「もうだめだー」
檻の中が絶望一色になった。ちょっと、諦めるの早くない?
お頭がやられると崩壊は早かった。残りの立っている者は手を挙げてあっさり降参した。
先に捕まえた5人とぶっ倒れてるお頭とその他を合わせて20人もいた。結構な集団なんだと驚くしかない。よくライちゃんら3人は生きて芋の村につけたもんだ。コイツらが間抜けだったからかも。
「さ、はいってはいって!」
「や、やめウグワー」
ベッキーさんが追いはぎの足を掴んでぽいぽい檻の中に投げ込んでる。檻に20人は多いかもだけど、檻自体がデカいから窮屈ではなさそう。
「ダイゴさん、もう大丈夫ですわ」
リーリさんに言われるままぶちこのモフモフから離脱する。
檻の中で意識があるのは、頭と8人だ。あとは静かにお眠り中である。
頭と呼ばれているのは中年くらいの長身の獣人だ。耳が途中でちぎれてるので何の獣人なのかは不明だ。残りも獣人が多く、ドワーフもいた。二足歩行の生き物はダチョウみたいな生き物で、全部逃げてしまった。
「獲物発見の合図があったから来てみりゃドワーフもどきのデブとガリガリで売り物にもならねえエルフのガキじゃねえか。オマエらこんなのにやられやがって」
お頭が座り込んで悪態をついてる。
容姿について言われたからか、ベッキーさんがちょっとうつむいてる。リーリさんも目が険しくなった。
おデブさんとふっくらぽっちゃりさんを混同しちゃだめだ。
ガリじゃなくて、スレンダーだ。
ベッキーさんはかわいいんだぞ? にぱっと笑顔は俺の癒しだ。
リーリさんは何を着ても似合うモデル体型美人さんだぞ?
目が腐ってんじゃないの?
容姿についての言及は良いようにも悪いようにも、どちらでも言えるんだ。だからこそ悪しき様に言うのは、イラつく。
「あぁ、デブって言われて気に障ったかぁ?」
「ぎゃははは!」
「いっちょ前に傷つくのかよ!」
言いたいように言われ、ベッキーさんは平素な顔をしてるけど拳は固く握られたままだ。リーリさんは呆れている風だけど眉根が寄ってしまっている。
うむ。俺の頭の中で何かがぶっちーんっていった。
俺法廷の俺審判ではコイツラ全員ギルティである。有罪で結審、以上。
歩いてふたりの間に立つ。ベッキーさんが俺を見上げてくるので、跳ねている赤毛の頭を撫でる。
「おぉ、隠れてたヘタレチビが登場かぁ?」
ふむ、俺はチビだと思ってるからな。あのふたりに悪態つかなきゃ俺はどうでもいいんだ。
「さすがに見過ごせなくてね。スタンバイ塩。まずはこいつらを塩もみだ」
俺の宣言で、檻の上に大量の白い雲が出現、ふわりとそのまま降下して追いはぎどもを半分埋めた。
「おいおいなんだよこれは!」
「ぐは、しょっぺぇ!」
「塩じゃねえか!」
騒ぎ出す追いはぎ一行。うまいだろ、天然ものだぞ。
「そりゃ塩さ、俺が出したんだし。調理開始。まずは塩を刷り込もう」
俺の言葉が終わると、追いはぎどもの体がぐにょぐにょうねうねうと波打つ。
「おいなんでからだがああああしょっぺぇっぇ」
「めが、めがぁぁ!」
「傷に染みるぅ!」
「あぁん、そこはいやぁ」
檻の中は何かに揉まれて塩まみれになる追いはぎ達の爽やかな声で満たされてる。あのバカ頭は特に念入りにほぐしてやらないと。
「次は胡椒で味を調えようか」
檻の上には黒っぽい雲が現れて、そこから胡椒の黒い雪がしんしんと降り始めた。
「へくしょ、い、いきが、できね」
「目が痛てぇのども痛てぇ!」
追いはぎたちが檻の中で食材がごろごろと味付けされていく。ついでに酢もかけてやれ。
「無、無慈悲ですわ」
「うわぁ……」
背後からふたりの声が聞こえた。味付けしてるだけだよ?
「鍋で煮るのと鉄板で焼くってのはどっちがいいだろうか? そこのお頭さん、どう思う?」
檻の中のお頭に声をかけたけど、叫んでのたうち回るばかりで答えてくれない。
まあいい。先に用意だ。
檻そのものが入る大きさの五右衛門風呂と檻が乗っかるくらいの巨大な鉄板を用意して、超強火で急加熱する。数秒で五右衛門風呂はボコボコに沸騰し、鉄板の上の空気が歪み始めた。
でもいまだお頭はのたうち回るだけだ。うーん、一回水で洗うか。
「いったん水洗いだ」
檻の上には楕円の巨大な水滴がドーンと現れ、そのまま落下した。びしゃぁぁんと追いはぎどもが洗われていく。
「ぐわ、今度はなんだ!」
「ぺっぺっ、水かこりゃぁ」
「は、鼻に入ったぁ!」
会話が可能なようなので、魔法鞄から大きめな肉の塊を出して鉄板に投げ入れた。鉄板に触れた瞬間、肉から炎が立ちあがり数秒で炭になった。追加でもう一つ投げ入れて炭にすると、檻の中が静かになった。
「そこのお頭さん、熱湯の風呂と程よい熱さの鉄板と、どっちがいい?」
「……は? なにいってんだてめえは! どっちも拒否するに決まってんだろうがこのチビ!」
ずぶ濡れの頭が俺に突っかかってくる。
「俺をちびとか言うのはまあどうでもいいんだけどさ、うちのベッキーさんとリーりさんへの暴言は許容できないんだ。両方とも俺の大切な存在なんでね。容姿についてってのはどうとでも取れるのは仕方がないけど悪し様に言ってくれた落とし前だけはつけてもらわないと。大丈夫、死ぬ前に治して差し上げるからご安心設計ださぁ選んでどうぞ」
食材投入準備と念ずると追いはぎどもの檻がギシギシ軋みながら地面から浮き上がる。
「お、おい、何で浮くんだよこれ」
「ちょ、俺は言ってねえぞ!」
「言ったのはお頭だけだ、俺は言ってねぇ!」
「いやだぁぁぁl!!」
檻はそのままふよふよと巨大五右衛門鍋と巨大鉄板の上をうろちょろする。お頭の答えままだだろうか。
「早く決めてどうぞ」
食材から粉を落とすように檻を大きくぐわんぐわん揺らす。
「ぎゃぁぁぁおちるぅぅl!」
「湯気があちぃぃぃl!」
「く、空気が熱すぎてのどが焼ける!」
「イテテテ!」
ギャーギャー騒いで暴れるから余計に檻が揺れてる。
さてどうするかと思ってた俺の腰にベッキーさんが抱き着いてきた。右手がリーリさんに取られた。そしていつの間にか小さくなってるぶちこが足にしがみついてきた。
「あたし、もう、大丈夫だから!」
「わたしも大丈夫ですわ」
ふたりはちょっと引きつってる顔をしている。
俺はこんな顔を見たいわけじゃない。笑ってる顔が良いんだ。
笑顔が一番だ。
「…………ふぅ、なんか落ち着いてきた」
ドガシャンと派手な音で檻が落下したけど、そこには五右衛門鍋も巨大鉄板もなくなっていた。




