毒蜘蛛夫人と呼ばれています
タイトル通りの内容です。ハピエンです。
自分の美しさが、怖い。
鏡を見るたびに、映るのは。
年齢不詳の美女だ。
髪は、鴉の濡羽色。
瞳は、紫がかった灰色。
長いまつ毛が。
翳りを与え。
目元のホクロが。
目力を加えている。
笑みを浮かべれば。
誰もが圧倒される。
背は高く。
くびれたウェスト。
艶めいた素肌。
男性の視線は。
胸か腰か。
もしくは全部に。
釘付けになる。
比類なき美貌。
完璧なプロポーション。
……なのだが。
どこから見ても。
妖女だわ。
ミラーカは、ため息をついた。
子供に出会うと。
ギャン泣きされ。
生き血の入った風呂に浸かり。
若さと美貌を保っている。
などと噂されている。
外観年齢は、二十代後半。
もしくは、美魔女(年齢上限なし)。
そんなミラーカは。
16歳。
デビュタントのときは。
パステルカラーの少女の群れの中。
ボルドーカラーで悪目立ち。
目立ちたかったわけではない。
ダークカラーしか似合わないの!
それなのに。
なんでオバサンが混じってんの?
という視線の集中砲火を浴びた。
ついたあだ名は。
「毒蜘蛛夫人」
婚活は、全敗だ。
幸いにして。
家族仲は、すこぶる良い。
「お嫁になんか行かなくていいよ」
と、父は言い。
「美人すぎるのも大変だな」
兄は慰め。
「人を見る目を養う機会だと思いなさい」
母は、叱咤激励した。
夜会に出席するたびに。
「誰もダンスに誘ってくれないの」と。
しおれていく姿に。
家族は、胸を痛めた。
「この国の男どもは、クソだな」
吐き捨てるように。
父はつぶやいた。
「根性、腐ってる」
兄も、同意した。
ミラーカには内緒だが。
婚約の申込は、掃いて捨てるほどある。
それらは、すべて。
焼却処分されている。
ダンスに誘う勇気もないくせに。
他の男には、奪われたくなくて。
「毒蜘蛛夫人」だと。
貶めて。
近づくなよ、と。
互いに牽制しあう。
ミラーカの一族の紋章は。
蜘蛛だ。
最愛の家族を。
毒蜘蛛呼ばわりする。
そんな連中に。
託せるわけがない。
「妹のところに、遊びに行かせましょう」
母は提案した。
母の妹、マリーカの叔母は。
隣国で暮らしている。
「叔母様!」
「まあ、マリーカ。なんて美しいのかしら……」
「美しいと言ってくださるのは、家族と叔母様くらいのものですわ」
「なんですって?」
「わたくし『毒蜘蛛夫人』と呼ばれておりますのよ」
叔母は、激怒した。
そんな国に、マリーカを戻す気はない。
このまま、永住してもらおう。
歓迎パーティが開かれた。
「秘蔵の宝石をお見せします」と。
叔母は、マリーカを紹介した。
「目も眩むほどの美しさですな」
「本当に……」
出席者は、叔母が厳選したメンバーだ。
良識のない小娘や、青二才は省いた。
マリーカが、最年少だ。
ここには、誰も。
マリーカを無視する者はいない。
目が合うと、微笑んでくれる。
腰や胸に、粘っこい視線を向ける者も。
これ見よがしに、ヒソヒソ話を始める者も。
皆無だ。
パーティで、苦痛を覚えないのは。
初めてのことだ。
ダンスの申し込みを受けるのも。
マリーカは、ダンスの合間に。
グレンと名乗ったパートナーを垣間見る。
半白の髪。
穏やかな雰囲気。
見かけは、四十代のイケおじだ。
それでいて。
表情や肌は、若々しい。
この人は、もしかして……
お若い方なのではなくて?
遠回しにたずねると。
「よくおわかりになりましたね。実は、21歳です」
相手は、破顔した。
「友人達からは、『若年寄』と呼ばれています」
「わたくしは、毒蜘蛛夫人』と呼ばれておりますわ」
ため息混じりに、告白する。
「デビュタントのときに、ついたあだ名ですの」
「幼稚な輩がいるものですね」
相手の声に、怒りがこもる。
「私は『若年寄』で得したこともあります。
父が体調を崩したので、後を継いだのですが。
『この若造め!』と言われたことは。
一度もありません……
挨拶回りに行ったときも。
領民の大部分は。
代替わりに、気づいてすらいない状態で……」
黙っていると。
落ち着いた方に見えるのに。
お話しすると。
明るくて、楽しい。
苦労も、おありだろうに……
そんな様子も見せずに。
素晴らしい方だわ。
マリーカの好感度は、爆上がりだ。
一方のグレンは。
絶世の美女に見つめられて。
テンパって。
話が止まらない状態だったのだが。
結果オーライであった。
仕事上は、役立つ半白頭だが。
女性には、不評だった。
おじいさんと結婚するのは嫌だと。
縁談を断られた話は。
マリーカも、憤慨した。
「年相応に見られない」という共通点が。
二人を結びつけた。
叔母の采配が当たり。
婚活は、終了した。
笑顔を取り戻したマリーカに。
家族は安堵し。
女主人を待ちわびていたグレンの館は。
吉報に沸いた。
マリーカのいない夜会に。
落胆する者もいたが。
自業自得だ。
新婚ほやほやであったが。
長年連れ添った夫婦にしか見えない。
「年相応」に見られるまで。
二十年ほどかかり。
「時を止めた夫妻」と噂されることを。
二人は知らない。
お読みくださり、ありがとうございました。