その8 将軍?
その8
お昼を済ませた私は、ある作戦を決行すべく軽く空を飛んで使えそうなポイントを探した。
高さ4メートル、横幅は6メートルほどの大きな岩を森の外周部中程に見付けたので、その上に降り立った。
ある程度大きな岩とかあると、木々がぽっかりと無くなるので空からの方が探しやすい。
岩の上は多少凹凸があるもののほぼ平坦で、所々に苔が生えていた。
安宿の個室より広いね。
私は収納魔法で角兎を取り出すと、ナイフで角を切り出し、胸を大きめに開いて魔石を取り出した。
ついでに腹も切ってから岩の下に投げると内臓や血液がべシャッと地面に広がった。
今度は森魔狼の牙や爪、魔石を抜いてから、先程同様地面に放る。
コボルトも魔石を抜いて同様にしてから、風魔法で微風を生み出し広範囲に血肉の臭いを拡散させた。
そう、私の作戦とは撒き餌だった。
やっとオークを見付けたものの、単体か多くて3匹ほどで動いていて、個別に狩るのが大変そうだったのだ。
最高で30匹と言う事は1匹でも構わない訳だけど、それだと流石に稼ぎが低過ぎるし。
以前雌のオーク(実はオークメイジだった)に攻撃されたり、別の森でゴブリンアーチャーに狙撃された事もあるので、強めの風の壁でドームを作り防御を固める。
こちらはオーク狙いだけど、空からの敵だってあり得るからね。
案の定臭いに釣られてオークたちが姿を見せた始めた。
オークはあまり賢くないので、怪しむ事もなく落ちている肉や内臓を貪り食う。
同様に森魔狼なんかも近くに来たけど、オークが群れているのを見て去って行った。
狼の方がオークより賢いんじゃないかと思える瞬間だった。
オークが10体ほど集まった時点で攻撃を開始する。
「貫く氷槍!」
「風の刃!」
見えない10の刃と回転する10の氷槍がオークたちに襲い掛かる。
あっという間に倒せたけど、死体を回収する間もなく、その血の臭いに誘われて再びやオークたちがやって来た。
再び魔法で倒すけど、またもやオークが集まってくる。
あれ?これって駄目なやつじゃ?
そう思った時、ヒュッと音がして何かが風の壁にぶつかり落ちる。
目を向けるとちょっと粗雑な作りの矢だった。
顔を上げて見回すと、すぐ近くの草むらから再び矢が放たれる。
それと共に火炎の矢と石の矢までが飛んできた。
「氷壁!」
普通の矢や火炎の矢ならともかく、そこそこ重量もある石の矢は、属性的に見ても風とは相性が悪い。
「氷塊!」
普通のオークたちより確実に面倒なので、草むらに向けて足元にある岩と同じ位の氷の塊を作り出し氷槍並みの速さで放った。
かなり重量のある氷が高速で草むらに突っ込み、衝突する音と氷が砕ける音、それに紛れて悲鳴のような声が辺りに響いた。
魔力を探ると反応が消えている。
万が一があるので氷壁を維持したまま、再び足元のオークたちに氷槍や風刃を放って仕留めていった。
そろそろ30匹は倒しているし、どうにか死体を回収してここを離れないと。
そう思っていたらカン!ガキン!と言う音が聞こえた。
大き目の武骨な剣を持ったオークが私の魔法を切り落としたのだ。
そのオークは明らかに他のオーク達とは違っていた。
身の丈は3メートル近くあり、革で作った鎧のような物を身に着けている。
猪の様な牙も太く、ややぼてっとした体型のオークたちと違い、筋肉がはっきりと見て取れた。
手に持つ剣は刀身だけでも2メートル近くはあり、金属製と言うよりは、骨か石を削り出した様に見えた。
距離はまだある。
鑑定!
名称:オークジェネラル
レベル:59
解説:オークの上位種。
オークの戦士系の中では最上位に当たり、低位の巨人の様な体格をしている。
戦士系スキル持ちとしても有名。
その皮膚はかなりの防御力を誇り、大きな見た目に反して機敏である。
これは不味い。
オークジェネラルは私を威圧する様にノシノシと歩いて近付いてくる。
他のオークは死ぬか怪我をしていて戦力外と見て良さそうだけど、臭いでまた寄ってくるかも知れない。
戦士としての腕は確実に向こうが上。
私の持つ汎用武器戦闘はほぼ全ての武器を扱える代わりに、強打や受けの様な基本的な技しか使えない。
身体強化も元々魔力以外平たい能力値の私じゃ、こんな化け物相手には焼け石に水だ。
どうする?
どうすれば勝てる?
必死に頭を働かせるけど、オークジェネラルが相手だと有効打になる物が見付からない。
いや、原初の冬フラナヴァータが宣言通り力を貸してくれるなら、勝てる可能性もあるかも知れない。
でもそれは危険な賭けすぎる。
MPもそれなりに減っている今、簡単に呼び出せる存在でもないしね。
何かを忘れている気がした。
でもどうしても思い出せない。
オークジェネラルは逸る様子もなく確実に近付いていて、右手に持った剣に魔力を溜め込み始めたのを感じた。
斬撃系の技か?!
「氷壁!岩壁!」
複数の氷と岩の壁が私の目の前に生まれたけど、その2秒後には大きな風切り音が聞えた時、粉々に砕け散っていた。
私は咄嗟に空へと逃げて距離を取る。
通常の剣術スキルにも、この手の技はある。
射程こそ魔法よりも短いけれど、それでもあの大きな剣と膂力を考えると、どれだけの距離を取れば安全と言えるのか全く分からなかった。
気が付けばオークジェネラルが豆粒に見えるくらいになるまで高く飛んでいた。
恐怖からそのまま逃げてしまえと囁く私がいる。
でも駄目だ。
冒険と無謀は違う。
化け物は私にジッと視線を向けたままなのが何故か分かった。
ゴッ!!
何かが物凄い勢いで私に向かって飛んで来たので、慌てて回避する。
それは人間の握りこぶし2つ分はありそうな石だった。
魔法を使ったわけじゃない。
落ちている石を拾って無造作に投げてきたのだ。
下手な魔法では防げない程の石だったけど、空は私達天人のテリトリーだ。
旋回したり速度の強弱をつけたりして、次々と飛んでくる石を躱していく。
私は回避運動をしつつより高度を上げた。
ヤツの目でも追えず、その怪力であっても届かないほどの高みへと。
悔しかった。
〈ううん、これで良いんだよ〉
もう一人の私が今の逃避をそう肯定する。
「違う、こんなの違うんだよ!」
何故だが分からないけど、物凄くもどかしい気持ちが沸々と湧いてきて私を苛立たせた。
〈違わないよ。
だから私はこうなったんだもの。
前だって戦うことを恐れて逃げた癖に、今更何を言ってるの?
良いんだよ。
逃げようよ。
逃げて逃げて、全部忘れてしまえばいいんだよ〉
諭すように、それでいて責めるような声で私が私に言い募った。
「何の事?私は逃げてない!
絶対に逃げてなんか居ないんだから!
覚えてなくてもそれだけは分かる。
だから…」
何かが変だ。
言葉が勝手に口をついて出る様なそんな感覚。
私は何故拘っているんだろう?
何に拘っているんだろう?
良くわからないし分かりたいとも思わない。
目に、口に、体そのものに良くわからない力が溢れてくる。
〈また繰り返すの?
私は貴女、貴方は私。
どうせまた逃げる癖に〉
駄目だ。
溢れる力を抑えきれない。
私は力に流されるままに叫んでいた。
「これ以上私の邪魔をしないで!」
それは正に力だった。
意味を乗せた雄叫びにも似て、それは世界へ放たれた。
言霊、現在私の持つ2つのギフトの1つ。
何故か使う気にはなれなくて、使おうとも思わなかったその力は、いま確実に放たれて私の中の私を縛り付ける。
〈馬鹿な私…〉
もう一人の私はそれだけ告げると完全に沈黙した。
高揚感と全能感が私を満たした。
「オーク如きがっ」
私は唾棄する様に眼下を睨みつけ、ゆっくりと高度を落としていった。
その先にいる化け物を屠る為に。
オークジェネラルのレベルを入れ忘れていたので加筆しました。