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その7 精霊魔法

その7


D級冒険者となった私はその位階に相応しい仕事としてオークの討伐依頼とトレントの討伐採取を受ける事になった。


押し付けられた様な気もするけれど、それはきっと気のせいだ。


ちなみに昨日はマーレンさんの件で疲れたので鍛冶屋さんには行かなかった。


「よろしいですか?

オークは30匹まで、トレントは10体までです。

あとは襲われた場合や出会った群れが少し多かったなど特殊な状況以外は狩らないで下さい。

余分に探し出して狩るのは止めてくださいね?」


と、私の担当受付となったリューネさんに何度も念を押された。


普通はB級以上の人に担当が着くそうなのだけど、私は特例らしい。


いや、分かってるよ。


悪い意味での特例だって事くらい。


リューネさん、がんば!




数日ぶりの魔封じの森はそんなに変わらなかった。


やっぱり東西南の森よりも鬱蒼としていて薄暗く、土地の影響なのか魔力的な何かも濃厚な気がする。


足を踏み入れてすぐに角兎が襲って来たので、メイスで瞬殺してそのまま収納した。


まだ午前中なのに薄暗い上に木の根なんかで足場も悪い、探索には向かない環境ではあるけれど、それはそれ。


魔力感知の範囲を最大まで広げて、感知する魔力をE級冒険者や魔物位の高さに絞り込めば、半径500メートルくらいは索敵可能だ。


人種もレベルの上昇に釣られて上がるから、レベル20なら普通に魔力値が30前後にはなる。


魔法寄りや魔法特化だともっと高いしね。


幾つか反応があるけれど、何となく人種と魔物の区別はつく程度でどんな魔物が居るのかまでは分からない。


私の近くに人は居ないようなので、出来るだけ気配や足音を消して森の中を歩いた。


森に踏み込んでから一時間ほど、依頼の魔物には出会えず、群れからはぐれたらしい森魔狼や犬顔の人型魔物のコボルト数匹を倒す事になった。


森に入って約2時間後、すぐ近くに強い魔力と気配を感じて私はその場を飛び退いた。


木の上から体長20メートルくらいある大きな蛇がさっきまで私の居た場所に落ちてきた。


「あっぶねぇ!」


隠形系のスキルを持つ魔物がいる事を忘れていた。


仕組みはよく分からないけど、気配だけじゃなくて魔力や臭いなんかも巧妙に隠せるのだ。


大蛇は黒にも見える濃い緑色の鱗に覆われていて、胴体部分はその辺の男性の腹部くらい太く、チラチラと先の割れた舌を出している。

 

シュルシュルと微かな音を立ててとぐろを巻き、こちらをじっと見つめていた。


あんなのに巻き付かれたらひとたまりもない。


形状的に頭突きや噛み付き、尾での攻撃に巻き付き辺りが主な攻撃手段だろうけど相手は魔物だ。


毒の霧とか何かしらの攻撃手段を複数持っていても不思議じゃない。


こんな時こそ鑑定をって思うかも知れないけど、敵の襲撃受けてて説明文をちゃんと読むとか危険過ぎるので普通しないよね。


「風よ、我が身を守れ」


私は風を身に纏い警戒しつつ、メイスを構える。


この手の魔物は異常なレベルの生命力を持っているけど、冷気や火には弱い。


私は火属性の魔法を持っていないので、小規模なものか条件付きでしか火の魔法を使えない。


例えば生活魔法の着火とか?


と言う事で冷気も含まれた水属性の魔法を使うことにした。


下手な金属より硬そうな鱗的に氷の矢や槍は効果が薄い。


よし、とりあえずアレから行こう!

 

魔法を発動させようとした瞬間、それを隙きと感じたのか物凄い勢いで飛び掛かってきた。


回避スキルの見せ所である。


私の体が音もなく動き、難なく左側に避けて大蛇の頭突きを躱した。


と思ったら、まだ宙を突き進む大蛇がこちらを向くと、パカッと口を開き何かを吐き出した。


「うほっ?!」


子供の頭くらいはある濃い緑色の塊だった。


ジュワッ!


塊は液体だったらしく、地面に勢いよくぶつかって辺りに飛び散り、木の根や草を焼いた。


毒は毒でも酸みたいなものだろうか?


バックステップで直撃は回避したけど、流石に飛沫までは避けれない。


私を守る風が無ければ、そこそこのダメージを食らっていただろう。


直撃なら防ぎ切れないだろうし。


ちょっとした矢やブレスくらいなら平気なんだけど。


大蛇は酸を吐いた直後には体勢を整えて、地面に激突する事なるズズズっと音を立てて勢いよく地面の上を滑る。


途中その巨体が木々や根に当たるけど、大したダメージは受けていないだろうね。


次は私の番だね。


「風よ、水よ、厳しき冬をこの地へ招け。厳冬」


先程使おうと思ったアレだ。


大きな木にぶつかって止まった大蛇を中心にして、かなり急な勢いで気温が低下して行く。


その範囲は半径25メートルほど。


風が膜を張り外気の影響を防ぎ、逆に内部の冷気を閉じ込める。


と言うか効果範囲の中にいる私もかなり寒い。


すでに気温はマイナスになっていた。


レベルによる高い耐久力や、高速で大空を飛ぶ種族としての耐性が身を守ってくれている。


これでヤツを倒せるとは思っていない。


魔物なので冬眠するかどうかも分からないからね。


動きがかなり鈍った大蛇は、ゆっくりととぐろを巻いて急に訪れた冬の寒さに抗っていた。


やはり寒さには弱いらしい。


動きを鈍らせるには十分だったけど、そもそもそれもオマケでしかない。


あくまでもこれから行使する力の為に、場を築いただけなのだから。


「凍てつく冬の精霊よ、白き衣をなびかせ舞う乙女たちよ。

我は招く。

我は命ず。

我が敵は汝等の敵。

我が呼びかけに応え、その権能を示せ!」


魔力を込めた言葉に精霊たちが反応して、予想の数倍ものMPが奪われて行く。


ただでさえ寒かった気温がより急激に下がり、季節を無視して冬を体現する精霊たちがその姿を現した。


天人、天女に似た美しき乙女たちは白い衣を身に纏い、気怠げな表情でチラリと私を見た。


休みだから昼寝してたのよ。

何急に呼び出してんの?

馬鹿なの?


とでも良いだけな様子の十数体居る精霊たちの視線に、一瞬で全身が凍り付くような悪寒が走った。


やっちゃった?


私ってばもっとやばい敵を呼び込んじゃった?!


少し焦ったけど態度には出さず、すっととぐろを巻く蛇を右手で指差した。


氷で出来た仮面にも似て、表情の乏しい美貌が私の姿を認めて歓喜の表情を浮かべる。


うふふ


あはは


おーっほほっ


辺りに声ならぬ笑い声が響き、白い乙女たちが舞う。


何か一体変な笑い声を上げていたけど気にしない。


白い乙女達は大蛇を取囲み、舞い踊りながらフッと息を吹きかける。


舞ってはフッ、舞ってはフッて何か集団で囲んで嫌がらせしている光景にも見えた。 


てかもっと素早く倒せるよね?


蛇は身じろぎして酸を吐き出したけど、そもそも実体のない彼女たちには何の効果もなく、地面や草木を焼くだけだった。


うふふふふ


きゃははは


おーーっほっほっほっ!


嬉しげな笑い声が辺りに響き渡る中、大蛇は頭を垂れて全身が真っ白に凍り付いていた。


乙女達は満足した様にクルクルと舞うと、その姿が一人また一人と消えていく。


最後に残った冬の精霊はすっと地面に舞い降りると、左手を胸に当て右手を肩の高さまで上げ、深く腰を落として頭を下げた。


舞踏の後の挨拶にも見えたけど、どちらかと言えば臣下の礼の様な恭しさを感じた。


〈我らが主サラストリー様。

お会いしとうございました。

我等原初の冬一同、主様のご帰還をお喜び申し上げますと共に、再びの忠誠を誓わせて頂きます。

どの様な些事でも構いませぬ故、何卒我等をお呼び下さりますようお願い申し上げます〉


完全に臣下の礼だったらしい。


いや、待って?


何かこの精霊、私の知り合いっぽいけど、全然記憶にない。


そもそも精霊魔法は精霊の力を借りる魔法だし、ある意味一時的な雇用関係みたいになるのかも知れないけど、普通こんなんじゃないよ?


普通精霊ってやる事やったらサッサと帰るものだし、挨拶なんてあってもちょっと手を振るとか、軽く会釈する程度のはず。


関係性で言えば友達とかちょっと先輩後輩みたいな感じで、いいよー、任せて〜みたいな感じだ。


呼び出した精霊の格によっては精霊の方が上で、仕方ないから力を貸してやるかみたいな物になるけども。


なので主様とか言われる事はまずあり得ない。


そもそも普通の精霊はこんなに話さないし、話せない。


大体原初の冬って何?


その辺の冬の精霊を適当に呼んだだけのはずなのになんかヤバいの来てるじゃん。


町娘呼んだらお姫様が来たくらい意味不明な話だよ。


私がポカンとしていると、冬の精霊は音もなく頭だけを上げた。


〈あぁ、刻限が迫って参りました。

私めは精霊界へ戻らねばなりません。

主様は何やらあられたご様子。

お耳汚しとは存じますが何かございましたらどうぞ私めを、このフラナヴァータをお呼び下さい。

何があろうとも主様の元に馳せ参じます故…〉

 

冬の精霊、フラナヴァータは一方的にそう告げると、姿どころか存在感そのものが薄れてあっという間に消えていった。 


おーっほっほっほ!


という高笑いと共に。


完全に精霊界へと帰ったのだろう。


なのに何故か見えない何かが、全てを越えて何処かの誰か、ぶっちゃけフラナヴァータと縁が築かれているのをはっきりと感じる。


「名前持ちに名乗られちゃったよ。マジか、ヤバいよ」


精霊魔法。


それは低レベルであっても絶大な威力を発揮する強力な魔法だ。


精霊は一般的に神々の使いと言われてて、それぞれの属性を司る存在なんだけど、上位の精霊にもなると土地神みたいな扱いになる程の力を持つ。


使用条件があったり、精霊との相性や地縁も影響するしと使い勝手はかなり悪いし、何なら超常的かつ意思のある存在にお願いするものなので、危険度もあったりして覚えようとする人は少ない。


さっきだって何かしら間違ったり精霊の機嫌を損ねたら、私も一緒に踊ってフッをされちゃうくらい危険でもある。


そもそも扱いの難しい上位の精霊、原初の冬とかそんな大物ではなくて、その辺で休んでそうな扱いやすい低位の精霊を呼んだはずなんだけど。

 

そして極めつけは名前持ちの名乗りだ。


これが中々に難しい。


名前持ちとは冒険者で言えば上位の二つ名とか異名持ちみたいなものだ。


ほいほい呼び出して良い相手じゃない。


呼んだ瞬間フッされちゃうかも知れないのだ。


その癖呼ばなきゃ呼ばないで気分を害してしまう事もあると言う、滅茶苦茶面倒な相手に目を付けられてしまったような状況になったのだった。




お家帰りたい。


そう思いつつも依頼を達成させるべく、大蛇を収納した後再び探索を開始した。


MPを確認したら7割以上無くなってたので慌ててマーレンさんにもらった中級MP回復薬を2本飲んだ。


魔境で魔力枯渇とか死ぬ以外の未来が見えないからね。


魔法薬はすぐに効果が現れて、現MPは7割くらいまで回復した。


天人の物なら今ので全回復してるはずなので、やはり効果の差はそれなりにあるのだと実感した。


一本の回復量は初級で1割ちょい、中級で2割ちょいって所かな。


もう1本飲むか少し考えたけど、軽く休憩すればある程度自然回復するはずなので、魔力感知と斥候術で安全そうな場所を探して休む事にした。


先程の大蛇同様、隠れることに特化した魔物相手対策で風と氷のドームを作るのも忘れない。


MP回復する予定がMP使っているという不思議な状況に目を逸らし、適当な大きさの石に座ると収納魔法から買い溜めした串焼き肉と野菜串を出して食べるのだった。

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