4 プロットを立てることって?
すみません、こういうタイトルにはしたのですが。実はこれについては、私に言えることはほとんどなくてですね……。
ご存じのかたはご存じですが、私は毎日更新なんてやってるにも関わらず、ほとんどきちんとしたプロットは立てない書き手なのです。なにしろキャラ先行型でして。
むしろそれをきっちり立てると肝心のキャラクターがどこかしらでうまく動かなくなって、ストーリーが途中で頓挫しがちな書き手なもので……。よく言われる「パンツァー」型ですね。典型的な。
あ、いえいえ。
でも、プロットをきちんと立てて書かれる、いわゆる「プロッター」または「アウトライン派」のかた、素晴らしいと思っておりますよ? 少なくとも私には真似のできないことですし。
結局はそのほうが、最終的に矛盾のない、隙のないつくりの物語になるでしょうし、迷いなく書けてよいでしょう。また後々、全体の構造を変更させる、といったような大々的な推敲もやりやすいでしょう。そういう意味で、とても羨ましいなあと思っております。
具体的なプロットの立て方については、世の中にはすでに、かなりよさそうな資料が色々と出版されているようです。
「ラノベの書き方」や「文章の書き方」「プロットの作り方」などなど、適当なキーワードを放り込んで本を探してみてください。お金に余裕がないときは図書館で当たってみるのもおすすめです。図書館、涼しいですしね!
実は以前勤めていた図書館で入れた本で、特にラノベというか、ネット小説の書き方でとても面白くて実用的なのがあったので、一冊だけ紹介しておきますね。
○「絶対誰も読まないと思う小説を書いている人はネットノベルの世界で勇者になれる。 ネット小説創作入門」
榎本秋・榎本海月・榎本事務所・著 / 昭和システム(2017)¥3100
こちらの本は、ネット小説を公開していていやな感想が来た時の考え方、対処法なんかも載せていて、色々とうなずかされることが多かったです。お勧めですよ!
さてさて。
具体的なプロットや設定の練り込みについてはこちらをご紹介。
知人の中には、キャラクターの時系列がわからなくなってしまわないよう、キャラクターと年月をExcelの表にして、出来事を書きこむというのをなさってる方があります。
また、起こる事件をひとつずつ付箋に書いていって、前後を入れ替えてみたり削ってみたりとぺたぺたやって全体の順序を決めてから書く、という方も。
ただちょっと気になるのが、プロット通りに書こうとしすぎて、その場面でのキャラクターが不自然な動きになったり、魅力が削がれてしまっているような場合。私は自分がキャラクター先行型なもので、そういうところが特に気になるようでして。
そんな場合は、プロットの方を弄ってキャラクターがより動きやすい状況にしてあげるほうが、読み手としても違和感なく読み進められる物語はこびになるのではないかなと思っています。
さらに、ストーリーが作者も思ってもみなかったような展開へなだれ込んでしまう場合。
これはもう、そっちの流れに乗っちゃうほうがいいと思います、個人的に。
プロットを作った段階でどんなに「素晴らしい展開!」と思っていても、恐らくそのまま書くだけでは心の踊るストーリー、ワクワクする世界が広がる展開にはなりにくい。むしろ、ちょっとこぢんまりしたつまらないものが出来上がってしまうかもしれない。
だったらそこでぽんと飛び上がって、ひとつ上の次元を目指すほうが、新しい物語に出会えるかもしれない。私はそう考えます。
そういえばスティーブン・キングもパンツァーだったようですね。彼はかつて「すべてをキャラクターに任せている」というようなことも言っているそうです。私もほぼそれ。
日本の作家では、あの「精霊の守り人」シリーズの上橋菜穂子先生がそうだったかと思います。まあ出来上がったものを比べられるのは悲しいのですが、プロの有名な作家の中にもパンツァーはしっかり存在するよ、ということで。
ちなみに私は常々、小説は「人の感情を描くもの」だと思っています。まあジャンルによってはかなりその辺が薄いものもあるでしょうけれど、やっぱり人間が書くものであり、人の感情を揺さぶろうとする媒体である以上、感情をほっぽりだして語れる媒体ではないな、と。
プロットにこだわるあまりにストーリーを強引に進めてしまい、その感情のところをあまりにおろそかにしてしまうと、キャラクターが作者と小説のために作られたロボットやマリオネットのように見えてきて、物語そのものが味気ないものに感じられることもしばしば。
やっぱり、バランスは必要ということでしょうか。
SNSにいると、ときどき「プロットを作らないなんてありえない! 間違っている!」というような強い言葉、大きな声で持論を主張している人を見かけます。
でも、小説の書き方は人それぞれ。
その人にとって最も書きやすい方法、続けやすい方法が最善であるに決まっているのです。
「こうでなきゃダメ、こうしないのは間違い!」と誰かの方法を否定するようなことを言い切ってしまうのは、本来自由であるはずの小説という媒体、小説の世界を自分からどんどん狭めていく行為でしかないと思っております。




