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シニスター・エデュケーション // 亥刀刹那

 ゾンビ系見習い忍者、落合(おちあい)出海(イズミ)には鬼門がある。


 表は亥刀(いわき)瞬間(シュンマ)。義妹の刹那(セツナ)を溺愛するあまり、彼女と付かず離れずでいなければならない身の上の出海を、理不尽にも激しく敵視している。

 でも当の刹那が「シュン兄ウザい」と一蹴してくれるので、それはそこまで苦痛ではない。また彼は訓練教官としては優秀であり、尊敬できる面もある。


 問題は裏。鳥渡(とわたり)一寸(かずき)、通称イッスン。

 科学部隊・鳥渡に所属し、出海を実験動物(モルモット)と認識している、朗らかメガネのサイコなマッドサイエンティストである――。


「やあ、よく来たね」


 いつ見てもイッスンは愛想がいい。整った顔面に人好きのする柔らかな微笑を浮かべ、センスのいい洒落た柄シャツの上に、……なんだかわからない多色の液体に汚れた白衣を纏っている。

 刹那はもう慣れているので「こんちわー」と平生どおりのテンションで接するが、出海はその汚れの正体を想像するなどして勝手にゾッとした。

 何しろ実験体認定されているのだから、そいつを飲まされる危険がある。本能的恐怖である。


 しかし、次にイッスンが発した言葉は出海の予想とはまるで違っていた。


「出海くんはそのへんでリラックスしてていいよ。用があるのは刹那だけだから」

「……え?」

「私? なんで?」

「出海くんが驚異的だからさ」


 ???

 まったく要領を得ない言動に、出海と刹那は二人して頭の上でハテナ畑を栽培した。イッスンはそれくらい承知ですよという顔ですぐさま収穫を始める。


「君が生ける屍(トコシエ)になって約半年が経過したが、肉体にも精神にも崩壊の兆しがない。生気の供給源、つまり刹那も健康に問題はない。

 ――それって異常なことだよ。なぜ君はまだ腐ってないし、正気を保ってるんだろう?」


 ぺらぺらと話しながら、イッスンは布を被せた箱のようなものを持ってきて、作業台の上に置いた。けっこう大きくて、引っ越し用の段ボール箱くらいの大きさがある。

 しかもガサゴソと妙な音もする。なんだかとても嫌な予感がした。


「ちょっと解剖したいくらいだね」

「勘弁してください……」

「いや必要ないよ。忍術鍛錬の副次作用に加えて、直近三ヶ月はこちらも食事内容に口出ししているからね。日頃の生体計測の結果でだいたいわかる。

 ただそれは肉体の保全に限った話で、本当に興味深いのは精神の安定性だ。僕はその要因が刹那にあると考えている」

「……はあ」


 刹那はよくわかんないな~という顔だ。出海が内心ハラハラしながらそれを眺めていると、視線に気づいた彼女もこちらを見て、苦笑いしながら肩を竦めた。

 その瞬間、止まっていた出海の心臓が、ことりと揺れる。そうして実感するのだ――ああ、今日も刹那に生かされている、と。


 おかしな話かもしれない、だからあまり考えないようにしてきたけれど、こういう瞬間がすごく幸せだ。

 生きていたころの出海の人生には、こんな喜びはなかった。ただのいち高校生のままなら、世界は単純で平和だったけれど、特別な何かが得られていたとは思えない。

 複雑で暴力的でも、今の暮らしのほうが遥かに豊かだ。たしかに出海は()()()()()


 願わくば、いつかはこの気持ちが刹那にも伝われば――……。


「より正確に言うなら、刹那が行った蘇生の行程にその秘密を解く鍵がある。というわけで今から()()してくれるかな」


 聞き捨てならない言葉とともに、イッスンは布をはぎ取った。置かれていたのは箱ではなく小動物用の(ケージ)で、中にはふっくらとした白毛のハツカネズミが一匹、自分の運命も知らずにもぞもぞ動き回っている。

 ……意味がわからなかった。

 言葉が出ないのは刹那も同じ。沈黙する高校生たちを前に、科学者は雑談と同じトーンですらすらと続ける。


「君が使った疑似蘇生忍術は(こう)仕込みだろう? 出海くんの経過を見るに、我々の知るそれとは一線を画している。その差異を知りたいんだ」


 その名を聞いた刹那はびくりと肩を震わせた。


 刻衆の宿敵〈非時(トキジク)〉――人を襲って永遠を生きる屍たち。

『劫』は彼らを率いる王の名前だ。擬似蘇生忍術の考案者にして、最初の被験者であり、すべての(トコシエ)の始祖たる男。

 出海はその本人に会ったことはないから、話はすべてシュンマからの又聞きだけれど。


 かつて劫とその()は、一般人の夫婦を殺し、奪い取った幼い子どもを自分たちの娘として育てた。

 ――それが、刹那。


 つまり刹那にとっては、彼らは両親の仇であり、育ての親でもある。

 普段、彼女はその話をしたがらない。そしてスカートをはじめとして、ロリータ趣味の養母を彷彿とさせる可愛らしい衣服を避けている。

 だから詳しい事情は知らなくても、過去を振り払おうとしていることだけは、出海も察していた。


「……実演、てことは……まず、この子を殺すところから、やんの」

「そうだね。もちろん大きさが違うんで完全な再現とはいかないけど、なるべく出海くんにしたのと同じようにしてくれよ。ほら、ハツカネズミの頸動脈はここだ」

「ちょっ……待ってくださいよ! そんなのいくらなんでも――」


 ――ひどすぎる。

 そう言いかけた出海に、刹那が振り返って、ぐしゃりと歪んだ笑顔を向けた。


「……ズミは、廊下で待ってて。さすがに見てるの嫌っしょ」


 何も、言えなかった。何も。

 そんな顔で笑われたら。


 イッスンも「そのほうが良さそうだねー」と普段どおりの朗らかな声で言いながら、出海をさっさと実験室の外へ連れ出す。

 抗えなかった。呆然としていたこともあるが、腕を掴まれていたせいもあったと思う。それほど強い力ではなかったが、何かの急所(ツボ)でも押さえられたのか、身体に力が入らなかったのだ。

 ほんの数秒の動きで感じ取れた。研究畑といっても彼も忍者の一員で、その体捌きには確かに刻流体術が仕込まれている。


 目の前で扉が閉められてから、やっと出海は我に返った。


「……セツ!?」


 飛び付いてもびくともしない。施錠された。

 忍術が使えたらこじ開けるのは簡単なのだろうけど、まだ見習いの出海は何もできない。


 ――やめろ。やめてくれよ。


 まるで動物を玩具みたいに。

 まるで刹那を道具みたいに。


 いつだったか、彼女が泣きながら出海に謝ってきたことを、イッスンだって知っている。その場に居てすべて聞いていたのに。

 刹那がどれだけ出海のために抱いた罪悪感で苦しんできたか、彼もわからないはずないのに。

 実演? 再現? もう一度殺してみろ、だって?


「……ふっざけんな……!」


 叫んだところで、扉を殴りつけた拳が痛むばかりで、目の間の現実は何一つ変わらなかった。



【Princess of deadman's Sinister education:生ける姫君の英災教育】



 ……おかしいよな。

 死んでるんなら、手だって心だって、何も感じるはずがない。


 だから、刹那。俺はもう死んでない。

 生きてるよ。

 それじゃ、……それだけじゃ、ダメなのかよ。



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