恐怖のテラダマンション
この作品、供養させてください!!
「ねぇ、多田野くんの家ってあのテラダマンションの近くなんでしょ? 行ったことある?」
クラスの女子、苗字はなんだったか? ショートカットでスラリと背の高い子が話し掛けてきた。高校に入学して五日目にして初めての女子との会話だ。この機会を無駄にしてはならない。
「……何度もあるよ」
早口にならないように、ゆっくり溜めてから声を出す。
「私、あーゆー変なの大好きなんだよねー!」
「……建築好き?」
「というか、カルト・サブカル全般かな?」
「……意外だ」
いかにも活発で眩いオーラを纏う女子がカルト好きだなんて。もう既に惚れそうだ。やばい。
「ところで多田野くん、明日暇?」
うおおおおおお!! なんだ、この展開は!? もう俺は死ぬのか? どうする!? 明日は幼馴染の真鍋とボドゲをする予定だ。もう一週間以上も前からの約束。だが、このチャンスをふいにしてよいのか!? いや、しかし先約は先約……。
「……空いてるけど」
すまん、真鍋。俺は苗字すら覚えていない女子の誘いをうける。
「じゃー、テラダマンションを案内してくれない?」
「……いいけど、ちゃんと準備はしてこいよ」
「わかってるってー! じゃ、LINE交換しよ」
「……おう」
母親と妹に次ぐ三人目の女性としてLINEに追加されたのは【竹鶴園子】という、随分と古風な名前だった。
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ウチのすぐ近所にある【テラダマンション】は日本最大級の違法建築物だ。違法建築といえば高知県にある沢田マンションが有名だが、規模でいえばテラダマンションも負けてはいない。西の沢田、東のテラダというのは日本の違法建築物界の二大横綱だ。そんなカルトスポットに竹鶴園子は行きたいという。
「……遅いな」
待ち合わせ時間の30分前になったというのに、駅の改札から竹鶴園子は一向に現れない。居ても立ってもいられなくて2時間も前に家から出てきた俺が阿呆みたいではないか!? 最低でも一時間前ぐらいには来ると思っていたのに……。
「おっ、多田野くん早いじゃん!」
待ち合わせ時間15分前にやって来たのはオーバーサイズのスウェットにハットをかぶった竹鶴だった。
「どう? これなら男に見えるでしょ?」
「……うーん。大丈夫かな?」
「マンションに入るときはマスクとサングラスするから大丈夫だって!」
「……それはそれで怪しい」
「ハハハッ!」
豪華に笑う様子はギリギリ中性的な男子? に見えなくもない。身長も俺と変わらないし、いけるかな。
何故、竹鶴園子が見た目を気にしているかというと、テラダマンションのオーナーである怪人テラダが大の女嫌い、女を憎んでいるという噂があるからだ。
沢田マンションは素人夫婦が作ったマンションとして有名である。一方のテラダマンションは、妻に逃げられたテラダが親から引き継いだマンションを一人で出鱈目に増改築したものだ。もう80歳を超えるテラダだが、未だに天気の良い日はマンションを大きくしている。行政指導なんてどこ吹く風だ。
「……まぁ、最上階に行かなければ問題ないよ」
「じゃ、案内ヨロシク!」
元気よく歩き出した竹鶴を追いかける形で、テラダマンションの探索は始まった。
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「写真よりも成長している……」
竹鶴はテラダマンションを見上げ、呆れたように言った。怪人テラダの力を舐めていたようだ。元々は五階建てだったマンションは今や十階を超えているからな。
「店、やってるの?」
「……当然だ」
マンションの一階には一軒だけテナントが入っている。メンチカツが美味しい出口精肉店である。ウチの食卓には週一でここの惣菜が並ぶ。
「……食べるか?」
「え、多田野くんのおごり? やったー!」
真鍋ゴメン。俺は今、女子と楽しい土曜日を過ごしている! 体調が悪いと嘘のLINEをした罪悪感なんて、竹鶴の笑顔で吹き飛んでしまった。
300円払って店主のオヤジから揚げたてのメンチカツを二つ受け取った。オヤジが一瞬、鋭い目つきをしたような気がしたが、気のせいだろう。
「わっ、うっま!」
「……だろ?」
肉汁と一緒に幸せを司る物質が脳内に溢れた。……こ、これが青春。まさか俺の人生にこのような瞬間が訪れるとは……。
「ちょっと、多田野くん! 顔がやばいんだけど、どうしたの?」
「……すまん」
「もう、しっかりしてよ! さっ、早く中に入ろーよ!」
あっという間にメンチカツを食べ終えた竹鶴は、用意していたマスクとサングラスを装着してエントランスへ向かって歩き始めた。
【テラダマンション】と書かれたアーチを潜ると、そこはもうマンションの敷地内だ。「関係者以外は覚悟しろ!」という張り紙はあまりにも有名である。
「……住んでる人、いるの?」
竹鶴は薄暗い通路で声を潜めた。
「……いるよ。五階までは普通に賃貸マンションとして入居出来る。ただし、男だけだがな……」
マスク越しにも息を呑む様子が伝わってくる。スウェットの袖口を掴むほっそりとした指が緊張していた。あぁ、お化け屋敷デートをしている気分だ。
「……エレベーター、壊れてる」
開きっぱなしになったエレベーターの中には人の乗れるようなカゴは無い。竹鶴が恐る恐る首を突っ込む。
「えっ、空が見えるよ」
「……吹き抜けになっているんだ。資材なんかをそこから引き上げるらしい」
「テラダさんが?」
「……他に誰がいるんだ?」
「もうおじいちゃんなんでしょ?」
「……怪人だから」
竹鶴はギョッとした様子でエレベーターから離れ、背筋を伸ばす。とはいえ本気でビビっているわけではなさそうだ。まだまだ好奇心の方が優っているらしく、階段を登り始めた。
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「……ここからが本番だ」
六階からはいよいよ本格的にテラダマンションが始まる。ここから上には誰も住んでいないと言われている。ただし──。
「ブヒイイイイイ」
「えっ、ブタ!?」
なんだ。知らなかったのか。テラダマンションの六階がマニアの間では畜生道と呼ばれていることを。様々な豚が飼育されていて、とても臭い。
「わっ、イノシシみたいなのまでいるよ!」
「……さっきのメンチカツ、美味かったか?」
「えっ! まさかここの……」
「……そういう噂もある」
「ええええ! テラダマンション、どうなってるのよ!!」
「……静かに。騒ぐと豚が襲ってくる」
「……」
「行こう」
辺りを窺いながら慎重に歩を進める。なんとか無事に畜生道を抜けると、やっと空気がマシになった。家畜のおかげで風の強い日は、ウチの家は窓を開けられないからな。全く、なんとかしてほしいものだ。
すっかり無口になった竹鶴を連れてどんどん進んでいく。七階(餓鬼道)、八階(地獄道)、九階(阿修羅道)、十階(人間道)までやってくると流石に疲れてきた。普通の階段を登るのならわけないが、テラダマンションは手造りだ。真っ直ぐなところはなく、歩いているだけで想像以上に堪えるのだ。
「……大丈夫か?」
「うん。ありがとう」
「……さて、この上は最上階だ。テラダがいるかもしれない。そろそろ引き返そうか」
「えっ、ちょっとだけ見てみようよ!」
どうする? 俺も十階までしか来たことがない。正直、上がどうなっているのかは気になっている。しかし、女が立ち入ったことを知ると激怒するのではないのか?
「……俺が様子を見てくる。大丈夫そうだったら呼ぶ」
「絶対よ」
竹鶴を残して歪な階段を登る。一歩ごとに異界へと近づいているような気分だ。徐々に見えてきた──。
──そこは天井もなく、ただ空へと繋がる空間だった。今までのテラダマンションとは全く違う。ピンと張り詰めたように全てが直線で形成されたオブジェが天に向かって伸びていた。そして、裸で転がっているのは怪人テラダその人。どうやら、寝ているらしい。今がチャンスか。そっとスマホを取り出す。
『テラダは寝てる。そっと上がってきて』
『了解!』
滑るように上がってきた竹鶴は、最上階をみて震えている。神々しい造形に感動しているのだろう。しかし、ゆっくりするわけにはいかない。いつテラダが──。
「──多田野! 狡いぞ!! この嘘つき野郎!!」
ま、真鍋!! 何故ここに!!
「おかしいと思って家電話にかけてみたら出掛けたっていうじゃないか!! 妹さんがテラダマンションじゃない? っていうから来てみたら、一体どういうことだ!!」
「しっ、静かにしろ! テラダが起きるだろ!」
「別に起きたっていいだろ! ……まさか!!」
真鍋が竹鶴に駆け寄る。そして鼻をひくつかせ──。
「この匂い! 貴様、女だな!!」
ピクリ。テラダが動いた。
「女だ! テラダ! 女さんがいるぞ!!」
ムクリ。勢いよくテラダが上半身を起こす。筋肉がみるみる盛り上がり、とても八十歳を超えているとは思えない。
ォォオオオォォオオオ!!
テラダの絶叫に大気が震えた。起動したテラダがこちらを睨む。
「竹鶴、逃げろ!!」
「……やだ、動けない」
ダメだ! 完全に飲まれている!!
「多田野ー。女さんなんて放っておいて、ボドゲやろーぜ! ほら。俺、もって来たんだ」
そう言って真鍋が背負っていたリュックを俺に向ける。……こいつ、嫉妬で目が濁ってやがる!
──ダンッ!! テラダが竹鶴に向かって走り始めた。
「どけ、真鍋!!」
俺は差し出されたボドゲを弾き、竹鶴のそばに駆け寄る。
「舌を噛むなよ」
「──えっ」
サングラスの向こうで目を丸くする竹鶴を横抱きにし、脚に力を込める。インドアで鍛えたインナーマッスルが唸る。
「うおおおおおおおー!!」
急げ走れ駆け抜けろ!! テラダはテラダマンションの外には出て来ないと言われている。つまり、敷地の外に出てしまえばセーフなのだ!!
水平を無視して固まったコンクリートに足を取られそうになるが、それはテラダも同じ。さっきまで眠っていたせいでまだ動きが悪いらしい。家畜の糞に足を取られて地面に転げている。チャンスだ! このままいけば逃げ切れる!!
寝転んだままのテラダが笑い始めた。なんだ。何がおかしい。あまりの異様さに足を止めた。一体……。
──ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォ!!
「えっ、地震?」
「デカい! テラダマンションが崩れるぞ!! 早く五階に行こう!」
五階から下は普通のマンションだ! 完全に倒壊するとは思えない! やっと走れるようになった竹鶴と階段を飛び降り、下へ下へと。集中して視界が狭くなり、足元しか見えなくなる。音も完全になくなり、自分の身体がスローモーションで再生され──。
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教室の人影がまばらになった金曜日の放課後。もう帰ろうかというタイミングで、竹鶴が俺の前の席に座ってこちらを向いた。特に用があったわけではないらしく、最近見つけた"変なもの"について取り留めなく話す。
「……そういえば出口精肉店、閉店するらしい」
「ええー! もう一度食べたかったなぁ。メンチカツ」
「……店主は歳だし、移転する元気はもうなかったんだろうな」
震度6の地震でテラダマンションの上層が崩壊したあの日。俺と竹鶴、ついでにいうと十一階のオブジェにしがみついていた真鍋も無事だった。俺は足首を捻挫してしまったが、竹鶴なんて全くの無傷だ。これが運動神経の差である。
「……テラダさん、死んじゃったね」
「……ああ」
災害派遣でやってきた自衛官がテラダマンションの六階で見つけたのは、豚に食い散らかされたテラダだった。上半身は骨しか残っていなかったらしい。そして問題は波及する。
テラダマンションの残骸からはその住人の数を遥かに超えた白骨遺体が見つかったのだ。震災の中、前代未聞の猟奇殺人として取り上げられ、今も多数の報道陣が訪れている。ウチにも何度取材が来たか分からない。
「ねえ、テラダさんが殺したのかな?」
「……テレビはそう言ってるな」
白骨遺体のほぼ全てが女性であったこと。テラダが女性を憎んでいたことが結び付けられ、今回の大量殺人は怪人テラダの仕業だと報道されている。
その一方で、テラダマンションの住人の大半がヤクザものや半グレだったという情報もあり、怪人テラダを隠れ蓑にした組織犯罪だ! なんて説もネットには転がっている。
「本当のところ、多田野くんはどう思っているの?」
竹鶴が真っ直ぐ俺を見つめた。危ういほど、好奇心旺盛な瞳だ。
「……さあな」
……真相はきっと豚達の腹の中だ。そして下手すると、俺や竹鶴の中にも、眠っているかもしれない。