第六十五話 尻拭いとお叱り
生態系の成り立ちには理に適った合理的な順番がある。説明すると微生物がその頂点に立つ大型の動物の亡骸を腐敗させ分解するところから生命の循環が始まる。
そこから順に弱肉強食の理に沿って命は同じ方向を目指して集約する。そしてまた振り出しに戻り回転する輪のように共存関係が出来上がるのだ。そう言う流れが最も大事である。
「深緑の苗」は再生の第一段階を終え次の作業に移行する。決まったカプセルが根っこの足を生やし四方八方へ歩き始めた。それは植物の種や肉眼では見えない微細な生物を宿したモノ達だ。それらが大樹の影が差した線を超え日光に当たると生やした触手で膜を貫通して少しずつ中のモノを掴んだ。それを地に撒いていく。手動で生態系を再現する作業が始まった。
まるで時間が早送りで再生されているかのようだ。背の高い草が伸び伸びと育ち辺り一面を広く覆い尽くした。かと思うとその草は直ぐに穂を実らせて枯れる。そして落ちた種からまた再生を繰り返した。積み上がった枯れ草は細菌の働きによって繊維質な腐葉土に変化する。それは凡ゆる微生物の住処になるだろう。
頃合いを見て次のカプセルが歩を進めた。中には虫が宿っている。それらを出来上がった草原に放った。お腹を空かせた虫達は青い葉を食べ、枯れ草を食べ、草の根を食べ、或いはその虫を食べて糞をした。それは団粒化した土となる。やがて背の高い草ばかりの環境に変化が訪れた。
クローバーのような背の低いタイプの植物が姿を見せ始めたのだ。小さな葉と花を付け所々に集まって分布した。それは環境に多様性をもたらす。その花に飛ぶ虫がやってきて蜜を吸い花粉を運ぶ。植物は虫を使い広範囲に子孫を運ぶ準備ができた。
そして次に現れたのは樹木類である。どの草よりも逞しく育ちやがて大木が幾つも点々と並んだ。幹の付け根は常に影が差し木の葉が日光を和らいでいる。木漏れ日の下からこれまでになかった芽が顔を出す。それは双葉ではなく渦を巻いたゼンマイのような植物だ。環境は更に多様性を増していく。
地面にドングリやトチの実が落ちた。生態系は、より先の段階に移行する。いよいよ動物達の出番である。リスのような小動物や小鳥が放たれた。それによって増え過ぎた虫達の数が安定する。
ここで食物連鎖の流れが一部完成した事になる。再生作業の山場を遂に越えた。「深緑の苗」は最後の一匹を解放するまで止まりはしない。これより高度な生態系を控えている。海もまだ手付かずだ。けれど後はほっといても自然本来の力だけで世界は緑豊かな土地に戻るだろう。
緑の魔法使いシータは感慨深い気持ちで故郷が息を吹き返す姿を眺めていた。そして別れの時が訪れる。最後にひとつだけ伝えてほしい事があった。シータはマサヤを近くに呼び話しをする。
「マサヤさん。貴方にお願いがあります。どうか鬼の夫婦にお伝えてください。この世界をどうぞよろしくお願いしますと」
言葉に力がこもる。けれど多くは語らない。ただ反省はしてほしい。この世代は彼らの時代だ。死んでしまった者があれこれ言うものでもない。シータは彼らが自分の存在を知り「お前達の尻を拭いてやったぞ」とそう言いたいのだ。けれどこの奇跡をどう捉えて未来に生かすかは生き残った者の責務だ。そして限界が来て少年は意識を取り戻した。
今まで皆を浮遊させていた力が唐突に失われた。全員が「え?」という理解を超えた時の反応をする。案の定、臓器が持ち上がるような感覚と共に地面へと真っ逆さまに落下した。
少年とカエデは心の悪魔であるガオウとニーナを呼び出そうとするが館内ではないため出現できない。マサヤは手からワイヤーを打ち出して「深緑の苗」にぶら下がろうとするが間に合いそうにもない。ミネコは撃つ手が無い。ただモトコだけは何かが出来そうな気がしていた。
モトコは自分の中で何かが生まれる感覚を覚えた。それは現在のようにピンチが訪れるのを待っていたようである。そして彼女を中心に透明な膜が展開され皆を包み込んだ。それは紛れもなく巨大な心の悪魔だった。けれど何をするわけでもなく。落下は止まらない。その異変に気付いたのはカエデと少年だ。
先程まで待ったをかけられていた。ガオウとニーナが勢いよく飛び出す。そして急いで皆を体全体でキャッチした。間一髪。あと数秒遅れていたら地面に激突していただろう。
後からゆっくりとモトコとそれを包む心の悪魔が降りてきた。腕を組んで余裕の眼差しで見てくる。そして少年に「何か言う事ないの」と言うと彼は慌てて「すみませんでした!!」と皆に謝った。
「まぁまぁまぁ許してやろう」と言いたくなる雰囲気ではあるが流石に肝を冷やした。少年はこの後、初めて母親というものに叱られる経験をしたのであった。




