第六十一話 大王と罪
灼熱の裁判所。炎の大王は彼の罪を問う。与える罰は火による燃焼のみ。燃え尽き清められる事で全ての罪から解放される。法廷の被告人席に座るのは少年。原告が涙ながらに語る。
「この小僧は忌まわしき魔法使いの血筋。古来より罪なき我らの同胞を弄び欲望のままに利用し命を奪った。嗚呼どうか!どうかこの者に償いの機会をお与え下さい」
大王は再び問う「それは誠か」と。少年は発言を許されない。代わりに弁護人が答える。
「確かな事実にございます大王様。魔法使いは理を歪め神の領域に踏み込んだ。愚か者にございます。更にその罪を逃れようとその魂を地上に縛り付け大王様の手を逃れようとする逃走犯。重ねた罪は数知れず…」
腕を組み思見る大王が深い唸り声を漏らす。何か違和感を感じていた。少年は事の次第を黙って見ている。澄んだ目でこちらを見つめ瞬き一つせずただ真っ直ぐ視線を送る。そんな少年に興味が出てきた。大王はとても忙しい。罪人を一人ひとりを裁く時間は一瞬だ。けれど今回の裁判は長い。容易に判決は下されない。少年の発言に異例の許可が出た。
「…僭越ながら言わせていただきます。現在まで私の罪を何一つ耳にしていません。祖先の過ちをその子孫が償う根拠は何処にありますか?」
なるほどそう来たか。原告と弁護人はそう思った。だが、そんな言い訳を聞くつもりはない。発言が許されたのは異例だがそれは単なる気まぐれである。ここで少年を許す判決は決して下されない。この裁判は罪人を断罪することを第一の目的としている。償われなかった罪を赤の他人が背負うことはない。だがらその子孫が背負わなくして誰が救われようか。けれど会話は続いた。
「根拠と言ったか。そんなものは必要ない。お前がこの場に召喚された。それは神が汝を罪人だとお認めになったからだ。例外は存在しない。話はもう終わりである。判決を下す!」
少年の口は再び封じられた。大王は「単なる気のせいであったか」と気持ちを切り替える。判決は間違いなく極刑だろう。少年の魂の消滅によってどれだけの罪が許され。どれだけの者が救われるか。それは歴代でも一二を争う大判決になる。そしてそれは下された。
「汝リクトを極刑に処す!!」
被告人席は炎に包まれた。少年の存在が消え失せると次の罪人が現れる。いつも通りの正しい流れだ。この場の誰もがそれを見届ける。しかし長い。稀に見る膨大な罪はこれ程までに長く燃えるのか。次第に炎は少しづつ弱まり消える。そして次に現れた罪人は又もや少年だった。
大王含めそこにいた全員が目を見開く。これが違和感の正体だったのか。少年は断罪された。それは確かだ。けれど罪は消えなかった。少年の口が開く。発言は今尚許されていないはずだ。
「大王様。あなたは僕を裁くことは出来ないでしょう。僕は自分の意思でここに来た。神は一切干渉などしていません。僕がこの手に持っている罪を当てて見て下さい」
なんと言うことだろうか。これは正当な裁判ではなかったのか。少年の罪は一つ残らず暴くことできる。だが裁くことは出来なかった。おかしい。その後もあらゆる罪を被せ。少年を幾度となく燃やした。けれど被告人席からその姿が消えることはなかった。大王は憔悴していく思考の中で違和感の正体に触れる。そして彼の罪を再び問う。
「汝は罪人では…無いのか。では誰が…」
大王は一つの真実に近づいた。罪とは何なのか。己が任務を全うしてきた根拠は何だったのか。長い年月で忘れかけていたものを思い出した。
「そうか罪人などいない。罪だけがそこにあったか」
罪とは何なのか。人殺しは罪だ。ならば虫を殺す事は。人の世では罪にならない。では虫の世は。そんなものは人知れない。罪の数など無量大数だ。罪なき者など存在しない。それを全て裁こうとする事に意味はあるのだろうか。
少年は問われた罪の数だけ自責と他責を自問自答し自らの判決を下した。ガオウの力によってその想いを取り出し原告に献上する。裁かれるべきはその心だった。
この世界は正義を体現した。悪意を世の中から一掃するために罰は設けられたのだ。そしてその因子を一つ残らず消す。それがこの異界の末路だ。
全ての罪を裁いた結果。生きとし生けるもの全てが塵に帰った世界。大王は忘れていた歴史を思い出す。原告や弁護人はおろか傍聴席にも誰もいなかった。それは全部自分が用意した人格だ。他者の全てを暴き断罪できる力を与えられた自分は大王などではない。生みの親である神は自らの手で断罪した。
最後に断罪されるべきは自分だった。少年の事などもうどうでもいい。彼を無視して裁判が始まる。その罪は罪人を断罪した罪だ。大王は判決を宣言する。けれどその願いは叶わず電源は切れ停止した。虚しく残される断罪装置。そして再び再起動を始める。
同じくして現れたナオスケが手にランタンを持っていた。それがこの異界の秘宝「断罪の火」。少年はカエデの連絡を受ける。時間稼ぎはもう必要ない。目覚めた大王は何もかも忘れて再び同じことを繰り返すだろう。けれど僕らにできる事は何もなかった。




