第六十話 万物の霊長と旧人類
万物の霊長。それが人間である。凡ゆる生物の頂点に君臨するには力だけでは足りないのだ。百獣の王であっても最も霊妙ですぐれたモノの前では膝を折り屈するしか無い。そんな彼らを超えるにはより尊く神秘的な神に近い存在になれば良い。
森は人間の文明が発展する前から世界に存在し分け隔てなく全生命を育んできた。そんな母性のような命そのものを司る神は悪童の誕生を敏感に察知する。本来ならその営みに大きく干渉するのは良くないと理のようなモノが存在していた。それをただ静かに見守るのが有るべき姿だ。
けれどこの世界の神は異常だった。理よりも調和を大事にしたのだ。それを乱し様々な手段で天敵を下す存在に増長して際限のない業を撒き散らす人間。そんな生命を強く憎み迫害へと舵を切った。
人間という狂気の存在に匹敵する、より霊妙な天敵が生態系には必要だった。だからそれは生み出された。人をご馳走とし家畜のように管理できる思慮深い生命体。今回のターゲットはそんな彼らの最も大事にするもの「森の意思」。それがこの異界の秘宝だった。
ナオスケはこの試練を買って出た。秘宝の形状を知っている事が今回は大事である。この異界で時間をかけて攻略するのは最もタブーとされていた。何故なら植物というものは時間をかけて際限なく成長を続ける特徴を持つ。それが最終的に何に成るのかは身をもって知っていた。そしてそれは一体ではない。鈴なりになって獲物を追い詰めるハンターの誕生を敢えて待つほど戦闘には興味はない。
森に降り立ったナオスケの存在はその足元の草を伝ってすぐに全土へと知れ渡った。もとよりこの世界に森でない場所などないに等しい。最短で秘宝に手が届く位置に転送して迅速な行動を優先する方が得策だと判断されたのだ。
秘宝は必ずこの辺りにある。カエデはそれを察知して父に知らせている。けれど一つも見当たらない。時期を見誤った可能性がある。だが諦めるのはまだ早い。ナオスケは草刈りをするかのように回転する電光刃を振り回し鬱蒼とした森の中を切り拓いた。
草も木も見境なく切り倒される。その間にも敵は成長を始めるだろう。その前に何としても見付ける必要があった。森からの報復など、はなから恐れていない。けれど敵も黙って見ているわけじゃないのだ。そろそろ家畜達が反撃に来る頃だろう。
予想通りその者達は茂みを掻き分けて現れた。目、鼻、耳など凡ゆる穴から蔓を生やし皮膚は苔で覆われている奇妙な人形。それがゾンビより俊敏に襲ってくる。ナオスケはその辺の草と同じように容赦なく刈りとる。
別れた断面から赤い血が流れる。けれど地面がそれをスポンジのように吸収した。亡骸は骨の髄まで森に食われる運命である。元は人間だったのだろう。けれどあの姿になってしまえば全ての感覚が植物に乗っ取られる。ただ良いように使われる操り人形だ。それが赤子の頃から始まる。もはや万物の霊長たる姿はどこにも無い。この異界の人類はもう敗北した世界だった。
吸収した血が草から草へと渡る。緑から赤へと変色する様子から何処へ運ばれているのか明らかだ。ナオスケはそれを追う。この血の栄養を奴らに渡すわけにはいかない。それが一つのボーダーラインとなる。装備の力で脚力は何倍にも跳ね上がる。息子マサヤのようにアクロバティックな動きは流石に出来ないがただ走るだけなら造作も無い。
その間も草木は切り倒される。道を作らねば先に進むのが困難になるからだ。そのお陰で血の動きが良く見える。そしてそれはある地点で複数に分散した。全部で十。つまり10個の秘宝がこの近くにある。その中でひとつだけ迷いなく目星を付け。血の流れを追い抜きその方向へと駆け出した。
草を刈り広げたところにクルミのような実が落ちている。間違いなく「森の意思」だ。血はこれに向かって渡っているのだ。ナオスケはそれを急いで拾い上げた。地面から実を取り返えさんばかりに根が伸びて手に絡みつく。血が追い付いてきた。根を流れ実に届こうと必死に伝える。けれどその寸前でナオスケにより切り離された。伸びた根は無念を表現するかのように萎れて枯れた。切った断面から血を無駄に垂れ流す。ナオスケの勝ちだ。けれど本当の追撃はここから始まる。
人間の血が無事に届いた秘宝達が芽吹いた。ものすごい勢いで成長を続ける。やがてそれは人間の真似事をするかのように上半身を人型に型取る。その者達こそこの世界の新人類。万物の霊長であった。それが9体でナオスケを囲んだ。余裕の笑みである。
けれどもうゲームは決した。秘宝を手に入れた今、これ以上の長居は無用。ナオスケは理解の出来ない彼らの言葉を聞きながら救出される。後味の良くない勝利であった。




