第六話 勇者と賢者
案外悪くない提案だと思った。少年の能力の片鱗を見た後では助手にする事に特段断る理由が見つからない。しかし何か引っかかるものを感じる。そこを指摘したくなった。
「わかったわ。助手にしてあげる。でも私の条件も聞いてちょうだい」
少年は舞い上がっていた。少女のためなら何だって出来る気でいた。だからどんな条件を出されても何とかするつもりでいたのだ。
「はい!ありがとうございます!」
「じゃぁリクト君。とある人って誰なのか私に会わせて頂戴」
背筋をゾワリとする悪寒が走った。少年は自分の覚悟の甘さを早速思い知る。
「それは…ちょっと…」
何がダメなのか少年自身にもわからない。もう既に隠すべき秘密はないし他に弱みを握られているわけでもない。しかしあの人を目の前にすると自分はまだカゴの鳥であると大人の世界を何も知らない世間知らずであると何故か知らしめられる。
「ダメなら助手にする話はなしね。これだけ頂くわ」
ハっと気付いた時にはもう手元になかった。なんたる失態。少年が苦労して手に入れた2冊の日記は軽く奪われてしまう。
「ズルイです!」
「何もズルくありません。これは私の図書館にあったものだし元々私が探していたものです」
少年は後がなくなった。もう迷ってる余裕はない。
「わかりました。会わせます。だから僕をカエデさんの助手にしてください」
待ち合わせ場所は大学近くの公園だった。そこに例のあの人が待っているという。カエデは実際に会って見るまであえてその素性を聞かなかった。何となく察しがついていたからだ。
「やっぱりリクト君は私の見込んだ通りの男だったわねぇ〜」
公園で待ち受けていたのは大学院生でカエデの幼馴染のミネコだった。
「やっぱりミネコだったのね。白々しい」
口調は怒った風を見せてもカエデの表情は穏やかだ。
「だってアンタいつまでも一人でやる気なんだもん。このままじゃ攻略する前にお婆ちゃんになってたわよ」
今のカエデにはもう言い返す頑なな意地は残っていなかった。ミネコが差し向けた少年はそれだけの事をしたのだ。
「リクト君が黒板の相手だった事も知ってたの?」
「まぁねぇ〜」
カエデの頬は少し紅潮していた。ミネコの前で口にした黒板の向こうのイメージ像がフラッシュバックして恥ずかしい気持ちが込み上がってくる。
「いつから知ってたの?」
「結構前かなぁ〜」
カエデは耳まで赤くなり両手で顔を隠す。小声で「信じられない」と呟く姿をミネコは満足げに見て笑っていた。
ミネコの作戦は大成功で事が進んでいるようだ。これで彼女の考えていたシナリオの全貌が明らかになる。偶然がもたらした要素も多く存在するが概ね順調だと思っている。
資格を持つ者はカエデで間違いない。勇者は仲の良い仲間という線もある。だがそこに偶然現れた少年はずば抜けて頭が良かった。彼が賢者で間違いないとミネコは思った。そして何とか細い運命の糸を引き寄せて二人を理想の形で合わせる事に成功したのであった。
「本当にこれで良いのかなぁ」
カエデには不安要素があった。まず勇者と賢者が何を意味するのか不確かなのと一族と関係ない者を立ち入り禁止区画に立ち入れさせて良いものかと疑問を感じていた。
「あのぉ」
ただ黙って着いてきた少年は機を見て質問した。
「今から何が始まるんですか?」
カエデの代わりにミネコが質問に答えた。現在3人は図書館に向かい歩いている。目指すのは隠し部屋だ。あの部屋にあった大きな本によれば謎に挑む条件として資格を持つ者と勇者と賢者の3人組が一つのチームとして参加できると推測している。今からそれが正しいか確かめに行くのだ。
本棚の扉は開かれ暗闇が待ち受ける。カエデは隠し部屋の仕掛けに驚く少年に幼少の頃の自分が祖父に連れられて同じような反応をしていた記憶を呼び起こしていた。
そんな余韻に浸る暇もなく変化はすぐに現れた。本棚の一冊が主張するように力が宿り光り始めたのを見た。カエデはその本に手を伸ばす。
それが試練の始まりであった。