第五十一話 大陸と豚王
海に囲まれた国と、大陸で繋がる国とでは大きく違った個性を持っている。前者は他国から侵略され難くその反面攻め出るのにも向いていない。資源や食糧に困らない国力を持つならば敢えて他国の侵略を国策として前向きに検討する事は考えずらい。そんな性質を持っている。
その一方後者はとても神経質である。常に侵略の恐怖に怯える歴史的背景があるのだ。攻め追い立てられる時代もあれば。発展により力を得て攻め滅ぼし追い返す側の時代もある。とにかく国力のある内に周辺国家を平定するという国民感情が強いのだ。その目的は干渉国家を作り攻められないための防波堤を持っておきたい心理状況にある。それが国民の安心に繋がるのだ。この世界の民は皆同じトラウマを抱えていた。
異界の門は閉じた。けれど未だ消える事なく戦の谷に顕在している。文官を日夜働かせて過去の歴史を調べさせた。一度現れた門は閉ざされると数ヶ月から数年で消える。もう取り付く島も無かった。
オークの王は状況を合理的に捉えた。作戦は失敗に終わったがそれでも問題は改善された。兵の5分の1を失った事で食糧危機は少し良くなったのだ。そんな事を考えていると文官が新しい情報を報告しにやってきた。
「陛下。お話が御座います」
門はもう消える。それは歴史的に見ても事実である。しかし記実によればその後にも歓迎出来ない奇妙な現象が起こりうる。そう言う話だ。なんでも門の使いがやってきてその時代の王の命を脅かすという。つまり殺害されるのだ。残った亡骸からは心臓だけが抜きちられて持ち去られる。オーク王は疑い深くその話を聞いた。
「それは誠か?」
己の命が危ぶまれている。そう解釈した。けれど取るに足らないと鼻で笑う。
「馬鹿馬鹿しい。朕はそんな話が聞きたいのではない。そちの話は終わりだ。下がれ」
文官は言われるがままに立ち去ろうとした。けれどオーク王はふと思う。そして呼び止めた。
「待て。その話が本当だと申すなら。その門の使いとやらをここに連れてまいれ。1週間だ。それまでに成果がなければお前は飢えた兵どもの餌にする良いな?」
文官は震え上がった。王の身を案じての報告のはずが自分の命が危険に晒されてしまう。後悔と共に焦りで汗が大量に噴き出る。拒否権はない。己が持つ全権を使って探し出す。それ以外に生き残る術はなかった。
その頃、転送されて来たナオスケ達は大きなフードで身を隠し完全フル装備で時を待っていた。できる事ならばアウェーな土地であの大群を相手にはしたくない。現王の姿を確認し殺す。そして秘宝の一つである「暴君の心臓」それを手に入れるのだ。そのために情報を集めていた。
訪れた都は見るからに廃れている。至る所に死に損ないが項垂れていた。そしてお互いに誰かが命尽きるのをヨダレを流して待っている。よそ者にも関心が強い。危害は加えてこないが常に見張られていた。とても情報を聞き出せる状況ではなかった。マサヤはカエデに王の位置を聞く。
「カエデ。王は何処だ?」
王はやはり城の中に居るようだ。けれど警備が厳重で近づけない。住民街が何層かに分かれていると思われる。自分達は最も外に面した最貧民の住居エリアにいるのかも知れない。これ以上嗅ぎ回るのは良くないと郊外に出る。そこは更に荒廃した大地が広がっていた。ナオスケはゴウザブロウの記録を思い出す。
「聞いた話とは随分と違うな」
過去ゴウザブロウが挑戦したときの話だ。自然豊かで資源の豊富な大陸に様々な国家がそれを巡って争い続けている。そこに君臨する王達は皆標的で誰の心臓を持ち帰っても秘宝と認識されるそうだ。けれど自然どころか世紀末のような有様である。国家らしき場所もここ以外にない。
カエデが示す標的の個体数は一体。つまりこの世界で王を名乗るのは1人しかいないのだ。それが城塞に立て篭もり出てこない。炙り出す方法を考えなくては。するとナオスケがマサヤに耳打ちする。
「つけられている。数は3体。私が合図をしたら一気に攻めるぞ」
マサヤは小声で「はい」と返事する。そして合図が出た。2人は左右に別々に駆け出した。物凄いスピードである。並みの人間の脚力ではない。お互いの手からピアノ線ほどのワイヤーが伸びて繋がっている。敵も尾行に気付かれたと動きを見せた。けれどどちらを追うか一瞬迷う。その隙にナオスケ達は敵の周りを何度も旋回した。手に持つワイヤーが3体の敵を中心に締め上げる。
戦場での迷いは命取りだ。油断を許した後悔は無意味である。今更遅い。敵は芋虫のように地面をうねる弱者に成り果てた。脱出の手段も彼らは持ち合わせていない。服従するしかない状態にされてしまったのだ。そしてナオスケが彼らに接近し対話を求める。手には貝殻のようなモノを持っていた。
「初めまして。私はあなた方と取引がしたい。もちろんただとは言わない。見返りはあなた方の命。安くはないだろ?」
尾行者達はナオスケの言っていることが脳みそに直接届きハッキリと内容が理解できた。けれどそれは異国の言葉だ。半信半疑だった上官の命令は本当だったと今なら信じられる。そして自分達はたとえどちらの立場を取っても殺される。究極の選択を迫らているのであった。




