第四十九話 美人と別人
絶命の刹那に見る走馬灯は死を確信した時に起こる心理現象だ。ギリギリまで生きることにしがみついた者。諦めの悪い者にそれは体験出来ないはずである。特に死んでもやり直せるという確信があれば尚更だ。
光る魔法陣の中にガタイのいい男が片膝を突いて微動だにしない。産まれたままの姿でそこに居る。熱く火照った体から湯気が立ち空気に溶ける。閉じていた瞼が開いた。力強く立ち上がり堂々と仁王立ちになるその姿は興奮でエキサイトしていた。
「作戦成功だ!うん大丈夫だ!」
とてもポジティブである。心配して損したミネコがその引き締まったお尻を力一杯引っ叩いた。乾いた良い音が部屋中に響く。その一瞬の痛みでマサヤまだ生きている事を強く実感した。けれど隠すべき処が隠れていない。それを指摘される。
「大丈夫じゃないから!着替え持って来たから。早く着替えて!」
そのやり取りに父ナオスケは耳を傾ける。幼い頃から変わらない仕草を現在のマサヤに見る。少し懐かしさに浸りながらリスポーンポイント装置を操作した。その作業が一通り終わると息子の活躍を労った。
「マサヤ。すまなかった。復活できるとはいえ辛い思いをさせたな。今後のためにもう一度作戦を練り直そう」
この一件で敵が一筋縄ではいかない事がわかった。特に長命に生きる個体はゴウザブロウが活躍した時代を生き抜いている。祖父が編み出した攻略法の数々は有効ではない可能性が出てきた。次の標的は「怒りの精霊」だったが後回しの方が良いだろう。ひとまず交渉による取引が可能な「妖精の園」に順番を切り替えた。その役目はミネコに託される。
「うわぁ。急に緊張してきたぁ」
それもそうだ。本来なら少年に行ってほしい案件だ。けれどここで彼を出す必要はない。詳しい話は行ってみればわかるそうだ。カエデが転送の合図を出す。
「ミネコ。準備が出来たよ」
ミネコは「よし!来い!」と気合を入れる。同じく光に包まれてこの場から姿を消した。彼女の目に海岸線が見えた。白くキラキラと星のように輝く砂浜が左右を見渡して広がっている。振り向いた先には森があった。何処を見ても不思議な要素の宝庫である。
花木は咲き乱れ白い綿が宙を舞う。至る所に色とりどりの宝石が地面から剥き出しにある。そしてキノコのテーブルとイス。そこに座るのは背が極めて低い髭もじゃのおじさんと白髪の美しい中世的な若者だ。彼が手に持つティーカップを掲げるとミネコの名を呼んだ。
「ミネコさーん!ここでーす!」
誰かはわからない。けれど雰囲気で何となく察する事ができる。ミネコはそこまでいくとその正体を確認した。
「リクト…くん?」
白髪の美人はニコリと頬を上げ「そうですよ」と日本語で答えた。彼は妖精たちと人間の間を取り持つ通訳としてここに居るそうだ。どういう状況か理解が追い付かない。それをここで説明してもらうのもめんどうだ。細かい事は気にしない。それがミネコの良いところだった。早速本題に入る。
「それで女王様には会えるの?」
美人の返事はNOだ。直ぐには会えないらしい。だからこの島の中でも森の一歩手前でお出迎えなわけだ。入るための条件がここで初めて伝えられる。そのために小さいおじさんが同行していた。話す言葉が違うため少年が通訳する。
「まずは身を清めることです」
一度に全ては教えないらしい。ミネコは焦ることなく冷静にその内訳を聞いた。この海岸線をずっと行った先に海と川が混じり合う汽水域がある。その水で3日体を洗い。世の穢れを落としなさい。そう言う話だ。
ミネコは「うそ…」と不安をこぼした。今までにない長期戦に突入したのだ。けれど美人から朗報がある。
「この世界は時間の流れが物凄く速いんです。だってほら。カエデさんの声もまだ届かないでしょ?」
言われてみればそうだ。けれどそれがどうしたというのか。そもそもこんな所で3日も過ごせやしない。けれどそれもこの美人が全力サポートしてくれるそうだ。立ち上がった彼がこの数日過ごす住居に案内する。
ミネコが見た背中は立派なものだった。マサヤにも引けを取らない。矮小で可愛かった少年の面影など何処にも無かった。何故かそれが残念でならない。1人勝手にテンションが下がってしまう。
そうこうしてるうちに砂浜の上に建つ立派なビーチハウスに到着した。外壁は色とりどりのサンゴを固めて築き内装は真っ白に統一されている。広さも一軒家ほどあり各設備も充実していた。一体何の不満があるのか。そう言わんばかりだ。ミネコは胸踊った。つい社交辞令で謙遜が口から漏れる。
「えぇ〜。良いの?こんなところに住んで。私1人には贅沢すぎるよぉ」
片方の手を口に当てもう片方でぶんぶん振った。しかしそれは否定された。
「そんな訳ないでしょ。僕も一緒に住むに決まってるじゃ無いですか」
ミネコは「へ?」と変な声が漏れる。知っているようで知らない男と2人っきり屋根の下。気まずさからか女性故の身の危険を感じたからか。少年を名乗る人物の美しい笑顔が逆に怖くなった。




