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少年とJKと不思議な図書館  作者: 喜郎サ
最終章 異界巡り編
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第四十六話 中と外



精霊の怒りは炎となって全てを焼き尽くす。悪意ある者に裁きを下す断罪の業火だ。罪は全て灰になり清廉潔白(せいれんけっぱく)の身に戻される。それは刑であると同時に救いでもある。始まりから全てをやり直すための再生の機会を与えるのだ。故に燃やし尽くすまで炎は消えることがない。とある方法を除いては。


ミネコは奇妙な本を見つけた。その他の本と同じように火に包まれて燃焼する。けれど段々と隠された中身だけが残って謎の石板が(あらわ)になった。そしてまた身を隠すように紙のベールで自らを偽る。不思議な本だ。間違いない。これはナオスケが言っていた最後の試練「石の世界」である。


本を手に取ると急いでカエデの元に走った。手筈通りこれを少女に手渡せば試練は無事にクリアできる。これまでの挑戦で最速の攻略スピードである。間もなくそれが実現する。


その頃、少年は廊下の奥を眺めていた。集合場所がここであるから敢えて動き回る必要もない。気長に待つだけだ。けれど誰も想定していなかったあの人物が入館口から入ってきた。


「リクト。あんたリクトでしょ!わかってるんだからね!」


振り返るとそれは義理の母モトコだった。状況が読めない。イレギュラーな事態の中でも最悪の部類である。想定される事態としてもう図書館の封印が完全に解けている可能性があった。世界の混沌を抑止するシステムの崩壊は試練どころかこの世の敗北を意味する。激しい動悸と冷や汗が顔の輪郭を伝う。


それを否定したのはガオウであった。始めからそこにいたかのようにヒョッコリと現れる。


「リクト。それは見込み違いだぜ。俺を実体化させている世界はまだ健在だ。この女をおかしくさせたのは別の要因がある」


少年は記憶を振り返った。そして変身を目撃された時の事を思い出す。もう一つ仮説を立てるならばあの瞬間に図書館はモトコを挑戦者と認識した。システムの穴を狙った横入り的参戦である。そしてここでハッキリしたのは他の住民と違ってモトコは致命傷を負えば死ぬという事だった。


そんなことも知らずにモトコはヒステリックに詰め寄った。けれど急に立ち止まって遠くを見る。挙動不審に辺りを見回して誰かを探し始めた。しかし何処にも見当たらない。まるで心臓を鷲掴みにされたかのような苦しさに胸を抑える。もう我慢などできない。だからこんな茶番は直ぐにやめさせるために彼女は叫んだ。


「何よ…。笑ってんじゃないわよ…。笑うなって!言ってんの!」


それでも声は聞こえる。こんな脅しが通用する相手てではない。無駄な抵抗だ。壊れたラジオのように何度も「笑うな!!」と言って両手で耳を塞いだ。そしてその場に蹲る。ガオウが「始まったか」と言って状況を傍観する。モトコは悪魔の囁きに苦しめられていた。


少年はそれを眺めた。とても苦しそうである。涙も鼻水も流してとても哀れだ。大人になればなるほど心の悪魔は猛毒になっていく。ナオスケがそう言っていた。


モトコは後どれぐらい耐えられるのか。知りたいようで知りたくない。出来れば自分の知らないところで痛い目にあって欲しい。そんな悪意が心の隙間に入り込む。


それを察知した怒りの精霊が少年の足元を燃やした。自分を叱りつけてくれるのか。そこに優しさを見つける。そう思いながらそのゆらめく火に視線を移した。少し澄んだ気持ちになる。こんな事をしている場合じゃないことは初めからわかっていた。取るべき行動は一つ。少年は震える母の肩に手を置いた。


「モトコさん。声は止みましたか?」


その一言は彼女を容易に勘違いさせた。まるで少年が囁きを聴かせていたかのような言い方だ。そんなつもりも無いが赤く冷酷な爬虫類の目は猟奇的に見える。モトコは恐怖でその手を払い除けた。


地面に尻餅を付いたまま後ずさる。パニックを起こしながら「ごめんなさいごめんなさいごめ…」と命乞い始めた。少年は一応弁明する。


「モトコさん。あなたは今すごく危険な状況なんだ。しばらくは僕と一緒にいて。もう少ししたらみんな来るから」


少年は手を差し伸べる。そしてモトコの頭に再び悪夢のような囁きが聴こえそうになると目を見開いて縋りついた。手を握るどころか腕に纏わりつく。これがこの人の本性なのかと少年は少しショックを受けた。


そして外に雨が降り始めた。それは勝利のサインだ。図書館を燃やし続けた炎は瞬く間に鎮火し燃えて無くなった後も修復していく。けれど平穏を取り戻したのは館内だけだった。外の木や人や建物など凡ゆるものが石化し始める。その様子を眺める少年に驚きはない。シナリオ通りだからだ。ただ一つ。見せたくなかった現象が入館口自動ドアのガラス越しに観察できた。


檻の中の実験体のようにガイアが携帯ゲーム機を持ったまま石化していく。本人にその自覚はない。見方を変えればグロテスクな光景だ。むろん一緒にいるモトコは黙っていない。


「ガイア!!き、ぎゃー!!」


少年を振り払って外へ向かって走る。それを直ぐに先回りされて取り押さえられた。


「離して!ガイアがぁ!」


気持ちはわかる。しかし挑戦者になった者があの雨を浴びて石になってしまえば。もう元に戻る事はない。魂は消失して永遠を石の状態で生きる事になる。可哀想だが我慢だ。


「モトコさん!モトコさん!」


抵抗が物凄く激しい。何を言っても聴かない。少年は思った。この想いが少しでも自分に向けられていたならばもっといい関係が築けていたというのにどうしようも無い人だと。けれど何一つ分かり合えない。そう思い込んでいた自分は少しずつ変わり始めている。ガイアの事は少しも可愛い弟と思った事は無い。それでも血の繋がっている以上助けたいという気持ちはわかる。


歪で壊れた親子関係を修復する必要はないし理解し合う必要もない。それは今でもそう思う。けれど今だけは認めてあげようと思った。試練が終わればまた罵り合うような関係に戻ったとしてもこの時だけは守ってあげよう。少年はそう納得するのであった。


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