第四話 隠し部屋と試練
聖ビヤンヴニュ学院の学生寮の食堂にミネコとカエデの姿があった。2人は朝食を食べながら何か話し込んでいてカエデが話しミネコが相槌を打っている構図だ。
「何でリクトくんはあんなこと言ったんだろう…」
「さぁね」
「ミネコ何か知ってるんでしょ。早く教えてよぉ」
「ん、どうだかねぇ」
カエデはあの少年が残した一言が頭から離れないようだ。ミネコは何か知っているとそう踏んで執拗に聞くが帰ってくる返事は要領を得ないものばかりだ。
「そんなことよりさ。あの子ずっと図書館に入り浸って何してると思う?」
少年が毎日図書館にいたのは知っているしそれに学生なら他にも沢山いる。そう珍しいものじゃない。しかしミネコが何か教えてくれそうな気がしたので黙って聞くことにした。
「あの子。図書館で勉強するのが日課なんだって、それも数学がすっごく得意みたい。それはそれは頭がいいんだぞぉ〜?」
ミネコの目は誰から見ても得意げであった。それが何を意味しているのかカエデなりに察していたしきっとアレの事だろうとため息を漏らした。
「はぁ。図書館の謎は私のゲームなんだから誰にも頼る気は無いの。それに頭がいいって言っても中学生でしょ。私とは対等に渡り合えないわ」
カエデの言う図書館の謎は彼女にとって最大の楽しみであり誰にも譲れない野望の一つであった。何処か遠くを見るその瞳の中には野心と共にちょっぴりの劣等感が写っている。
過去の記憶に想いを馳せて眉間に皺を寄せているカエデの本心を知ってか知らずかミネコは彼女の背中に優しく手を回して注意を引きつけた。
「もうアンタはいっつも意地っ張りで負けず嫌いなんだから。本当は助けが欲しいんでしょ?だから黒板であんな気まぐれなやりとりを今でも続けてるんじゃない?私はそう思ってた。違う?」
黒板に数式を書いたのは本当に気まぐれだった。これから数々の難問が自分を待っているんだと思うとカエデは少しでも賢くなろうとしていた。
だがそう簡単に解けるような問題でもなく黒板に書いてみたものの。結局持ち帰って続きは家で解こうとしたのだ。しかし翌日には自分がたどり着いた答えと同じ答えがそこに書いてあった。
しかも黒板の右下に手紙の返事のように応用問題が品良く添えられていた。大変美しい字で自分と同じように教養のある人物が書いたのだとすぐに確信した。
「あの人は別よ。確かに私とは相性がピッタリね。字も綺麗で品がいいわ。でも他人は巻き込みたくないの」
話はそこまででミネコは鈍感なところもお似合いだなと肩をすくめたのであった。
放課後にカエデは一人で図書館の廊下を歩いていた。目指すのは一般公開されている大図書館室ではなく奥まった部屋でそこはこじんまりとしていたが立派な本棚が壁沿いに並んでいた。
その本の一つを掴んで半分ほど引き抜いたところでガチャリと物音がして変化が起きた。本棚は棚一つ分後ろに下がって右にスライドして収納された。その奥には勿論続きがあってカエデは慣れたように暗闇の中に入っていく。
それは所謂、隠し部屋であった。カエデの背後の棚が完全に閉じたところで暗黒の世界に青白い火が灯る。それは両側の壁にある何かの輪郭を辿るように部屋の奥に進み突き当たりで止まると逆再生のように戻ってきて部屋全体を明るく照らした。
部屋の両側にあったそれは年季の入った本棚で収納された本はその他とはまるで違う存在感を放ち神秘的な背表紙が貴重な本である事をまざまざと教えてくれる。
そして奥の一段上がったところに書見台が置いてあった。台の上にはこの部屋のどの本よりも大きく立派な本が開いた状態でそこにあり普通に日本語の文字がぼんやりと光っていた。
カエデはその文字を指でなぞると自然と読み上げる。
「八の試練を超えしとき最後の扉が開かれる。資格を持つ者よ。勇者と共に賢者を探し真実を手に入れよ」
書いてあった内容以上のヒントはなくカエデは何となく少年の事を思い出していた。