第三十九話 門と異界
数百年に一度、戦の谷に異界の門が現れる。それは歴史的に何度も新天地へと案内したが向こう側にいるとされる守護者を滅ぼすことは叶わない。
ドクロで出来た悪趣味な椅子。そこに座る豚面の人型。それはオーク族の王である。力が全てのこの修羅の世界で知略と力で覇権を掴み他種族の国を全て属国に貶めた世界覇者だ。
門から少し離れたところに本陣を構え中へと出陣する兵どもを退屈そうに眺めた。言い伝えでは門の向こう側の世界に活きのいい人間が肥え太りうじゃうじゃと暮らす理想郷があると言う。それを考えている間半開きの口からヨダレが垂れていた。
傍で平伏する人間族を見る。もう何日も食事を与えられていない。ほぼ皮と骨だ。最近はこれでも贅沢な食事である。随分と食糧問題が悪化していた。一刻も早く手を打ちたいと思っている。そんな矢先。門が出現したのだ。女神が我に微笑んだ。そう確信したのである。
送り込んだ数は千を超えたはず。しかし未だ制圧したというの伝令が来ないのであった。王は苛立ちを覚える。側近を呼びつけて状況を確認するようにと怒鳴り散らした。敵に物量戦は通用しない。そう判断した参謀が精鋭部隊を派遣するように具申する。その許可が出る。
その頃、ミネコと少年は空中をゆっくりと降下して敵の様子と着地点を見ていた。まるで時が止まったかのようである。けれど敵は僅かに動いている。それはナメクジよりも遅い。その空間をふわりと漂いながら滑らかな動作で着地する。2人は左右の扉に向かって走った。まるで低重力の惑星に降りたったアストロノートみたいだ。真剣な場面だがそれと同時に楽しんでもいた。
扉は軽々と動いた。身長と体重の何倍もある物体をどうして動かすことができるのか。それが光の魔法使いゲレルの技だ。個人を強くするための単純な魔法ではない。もはや世の理に直接働きかけるタイプの魔法だ。大きさや重さの概念をどうでもよくさせる。ミネコと少年は黄色いスターを手にしたようなものだ。けれどそれには活動限界がある。それまで他の事は何も考えずやるべき事だけに集中した。
門の開閉範囲には化け物達もいる。そんな事はお構いなしに押し潰す。勢いよく扉は閉じた。ゲレルの魔法も同じタイミングで切れてしまう。だがまだ終わりではない。空中で控えていたガオウが限界まで力を溜め込んでいた。その姿には見覚えがある。体全体を捻り絞りいつでもあの技を繰り出す準備が出来ていた。
「ガオウ!!今だ!!」
「おう!行くぜ!!スーパーハイパートルネードアターック!!」
そんな技名だったかはさておき、激しい暴風と共に螺旋状の破壊が空間を支配した。それは敵の残党を高速でミンチに変える高性能な自在式ミキサーだ。突破できない障壁など何一つなく最も警戒すべきキュクロプス達も瞬殺である。
あまりにも鮮やかな手捌きで作戦は成功した。興奮したミネコが少年を抱き締めて振り回す。もうそんな事で喜ぶ歳ではないが別の意味で少年は耳を赤く染める。
ガオウがスッキリ爽快と言った風で戻ってきた。2人のはしゃぐ姿を笑顔で眺める。それからふと門を見た。隙間から布切れが挟まって揺らいでいる。嫌な予感がした。そしてそれは予期せぬ事態となって的中する。
閉じたはずの扉が少しずつ開き始めたのだ。パニックである。最初に気付いたガオウが急いで扉を全力で押す。ミネコも少年もそれに加わった。けれど段々と力が増していく。そしてとうとう向こう側が見えるほどの隙間が開いてしまった。
目が合った。それは狂気に洗礼された目だ。完全に出来上がっている。戦わなくても強敵であることがヒシヒシと伝わった。正直もう戦いたくない。けれど諦めるつもりもない。門が開けばまた怒涛のように敵が雪崩れ込んでくる。それも今までよりヤバい奴らだ。
もう一度、ゲレルの力を借りるしか無い。けれど今はクールタイムだ。間に合わない。扉はぐいぐいと押し戻してくる。敵の腕が隙間から飛び出していた。どうにかしてガオウの出力を上げたい。しかしどうすれば良いのかわからない。するとミネコがカバンを漁り始める。
「リクトくん!フェアリーの力を使って!」
ミネコが「妖精の園」を投げ渡した。少年はその意味を瞬時に理解する。迷っている暇はない。使う呪文は「分身」。フェアリーが危険回避のために使う技だ。それを何度も何度も唱える。後先など考えていない。自分が何倍にも分身する。その体積で扉を猛烈に押し返す。もはや押すというよりも圧力をかけているに近い。鮨詰め状態になった中に自分も取り込まれる。
やがて扉は完全に閉まる。少年は朦朧とする意識の中で「解除」を唱えた。分身は全て掻き消える。ガオウは空中にいてミネコを抱えていた。それが降りて急いで扉に何か挟まっていないかを念入りに確認する。けれど今度こそ大丈夫のようだ。ミネコは安堵した。ぐったりと横たわる少年に駆け寄る。「頑張ったね」と頭を撫でてやった。すると少年は弱々しく微笑みそのまま眠りに落ちた。こうして6冊目の試練に幕が落ちたのであった。




