第三十七話 運命と禊
あなたは運命を信じますか。人と人は出会うべくして出会う。物は壊れるべくして壊れる。それをロマンチックに。或いはオカルトのように表現した言葉である。
世界をミクロで見ると様々な物質が反応し研究者の仮説する通りに現象が再現される。それを数学や化学で説明されたことはあるだろう。そこからより離れた目線で見るマクロの世界は紙とペンでは書ききれない程の現象が複雑に絡み合っている。ふとそう考える事があった。
少年がこの時代に生まれこのタイミングでカエデと出会う。それを人は運命の巡り合わせ、シンクロニシティと表現する。どんな些細な事だろうが。目に見えない聞こえない無味無臭の役割だったとしても。残酷な事だったとしても。素敵な事でも。この世が存在するためには必要不可欠な要素なのだ。魔法使いはぼやく。
「因果なものだな」
期待していたわけではない。けれど悠久の時の中でその可能性に少しは思うところがあった。自分の子孫がいずれ救ってくれるかもしれないと。それがもうすぐ叶う。彼はすぐにでもここにやってくる。期待するには時期尚早だがそう思わずにはいられない。やがて扉が開いた。先導するナオスケがその隙間から顔を出す。
「お待たせした」
この一部屋に主要人物が全員集まった。皆残酷な現実の前で曲げられない信念を抱いている。カエデ達にとってこの試練はただ攻略したいだけの存在ではなくなっている。確かめることの出来ない世界の混沌と人類の滅亡をかけた崇高な行いに昇華していた。知ってしまった以上無視は出来ない。人間とはそういう生き物だ。誰だって守りたい生活がある。それを失わないために日々努力するのだ。それを全て否定してしまう大いなる変化など必要ない。そう願い信じている。
魔法使いは抵抗などしない。5冊目はそういうシナリオの試練だ。発見され本の中に戻される。それが攻略だ。少年にはそれをするように促した。
「さぁ、遠慮は要らないよ。早く終わらせてくれ。君はもうその言葉を知っているはずさ」
思い出そうとして思い出せなかった言葉を時間が経った後で思い出した。そんな冗談のような感覚である。少年は何を言えば良いのかすぐにわかった。もう自分は自分だけの体ではない。閉ざされた幾億の記憶が役目を果たそうと待っている。その一つが頭の中で立ち上がる。誰かはわからない。けれど僕が僕になる前に命のバトンを繋いだ尊敬すべきご先祖様。それだけはわかる。この身を一時的に預けても悪いようにはしない。そう確信できた。少年はミネコを見て話す。
「その本。借りて良いですか?」
ミネコは魔法使いの大きな本を抱えていた。使うことになるからとナオスケに準備させられていたからだ。拒否する理由はない。少年を借りた誰かはこの中で誰よりもそれを上手く扱うだろう。そう思い手渡した。
「ありがとう」
礼を言った後に少年は魔法使いと対峙する。とても悲しそうな表情だ。最後に少しだけ話をしようと思った。
「貴方はゲレルと言ったね。よくもまぁ私達の術をここまで押し上げたものだ。歴代で最高の功績だ。しかしやり過ぎだったね。反省はしてくれたかい?」
ゲレルは反省に反省を重ねてもうどれほど後悔しても仕切れない想いだったが自分のした事にもう後悔はない。ただ先祖の列に並ぶ事ができない現実が丁度いい禊になった。今はただ感謝するばかりだ。
「嗚呼したとも。あなた方には感謝している。そしてその少年が同じ過ちを起こさぬようこれからも見守っていくと誓うよ」
少年に返事はない。ただただ微笑みゲレルに慈愛の気持ちを込めて終わりの呪文を唱えた。光の魔法使いは最後に「これで私はお前といつまでも共にある」そう言い残して全ては巻き戻されていく。
再び図書館のあらゆる方向からけたたましいカラクリの作動する音が空間を満たした。内臓が浮き上がるような感覚がしばらく続きやがて止む。始まりの現象と同じだ。
マサヤが扉を開けて外を確認する。見知った間取りに無事戻っていた。よかったと皆が目線を合わせた。けれど安心するのはまだ早い。廊下の奥から化け物達の歓喜の叫びが木霊する。
彼らもようやく外に出られると大喜びにはしゃいでいるのだ。ナオスケを含めての5人は入館口から一番近い警備室にいる。雪崩れ込んでくる化け物達をここより先に出してはいけない。
皆は急いで廊下に出た。後ろは入館用の自動ドア。現在赤外線センサーの電源を切ってある。だから開くことはない。しかしそれを突き破るのに何の抵抗もない輩には無意味な対策だ。まさにここが最後の砦である。
自分達の問題に他の市民を巻き込みたくはない。必ず耐えてみせる。カエデ達はそう決意し6冊目の試練に挑んだ。




